7-22. 続・秘密の里
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蘇り人。人々から忌み嫌われる存在。理解の出来ない術を使い、敵を倒すと言われていたが、その実態は良く分かっていなかった。その名の由来は、死んだはずの人間がその中に混ざっているのが確認されたからとか。そして、それが住んでいるところ、つまり蘇り人の里には金銀財宝があるともされていた。市井の人々には、蘇り人を見付けたら、直ちに役所に知らせるように求められていたが、実際にその存在を見た者も、その里を見つけた者もいなかった。
でも、目の前にいる里長は、ここが蘇り人の里だと言った。
「ここが蘇り人の里。里長は、蘇り人なのですか?」
「お前たちの言葉の定義に従えば、その通りだ」
「篠さんも?」
「そうだ」
「私も蘇り人になってしまったのですか?」
「そうだ。そうしなければ、お前は死んでいたからな。それに、お前は巫女の力を受け入れた」
「巫女の力?」
「私がお前に流し込んだ、糸のようなものだ。お前はその糸を掴んで自分に繋げた。それをしなければ、巫女の力は使えるようにならないからな」
ああ、意識が朦朧としているときに掴んだ蜘蛛の糸が、実は巫女の力の糸だったのかと納得した。あの時は、生きるために必死だったのだ、仕方がないと思うことにした。
それから、私の三ノ里での生活が始まった。
私の役目は、里長や篠さんの手伝いだったが、読み書きや計算が出来なければ役に立たないと言われ、それらを篠さんから教わるところから始まった。
そして巫女の力の使い方や、それも含めた戦闘訓練。基礎的なことは里長や篠さんに教えて貰ったが、戦闘技術は二人とも不得手とのことで、他の里長が三ノ里にやって来た折に教えて貰っていた。
里の暮らしは、それなりに快適だった。米の備蓄があり、毎日白米が食べられた。野菜は、他の里で採れたものが貰えたし、山菜は自分で森に採りに行っていた。肉が欲しければ、森の中で、獲物を狩れば良い。戦闘訓練のお蔭で、私は一人で問題なく狩りが出来るようになっていた。小動物だけでなく、鹿や猪、最早熊ですら敵では無かった。小動物はその日のうちに食べきれたが、大きな獲物は、とても一日では食べきれない。でも、手早く血抜きをして解体した肉を巫女の力で凍らせ、小屋の地下の貯蔵庫の中で凍らせたまま保管しておけば、いつまでも美味しく食べられることを知った。里長も篠さんも小食だったので、食料の減り方は緩慢だったし、狩りの対象は里の周りに沢山いたから食で困ることは無かった。
そんな里だが、お金は無かった。そもそも三ノ里は、普通の人達との接点が無いので、お金を持っている必要が無かった。里は結界で囲い、許可されていない人が勝手に入って来ることはできなかったし、私に対しても、出歩く範囲は私が里を探知できるところまで、それに人と合わないようにとか、狩りをした獲物の血抜きも結界の中でやり、結界の外に蘇り人の痕跡を残さないようになど、守るべき事柄が色々示されていた。
だけど、それで窮屈を感じたことは無い。毎日やることがあったし、充実していた。他の里の人との交流もあり、その人達から外の情報を聞くことも出来た。
そうして過ごすうちに、私にも世の中のことが分かって来た。時の為政者達は私達のことを恐れていること。そのために、誰も私達と接点を持つことの無いよう、私達のことを忌むべき者だという話を広めていること。里長達もそれを十分に理解しており、治安の維持には協力することがあっても、国や政治には決して近付かないようにしていた。
そんな中、気にはなっていたものの、半ば諦めていた弟の消息を知ることが出来た。きっかけは、篠さんが髪に付けていた新しい髪飾りに気が付いたことだった。その髪飾りは、小さな花がバランスよく幾つも並んでいて、精緻でかつ美しいものだった。
「篠さん、その髪飾り、新しい奴ですよね。凄く素敵です」
「ありがとう。私もとても気に入っているの。五ノ里に出入りしている商人から分けて貰ったのよ。山吹の細工師の最新作」
「え?山吹って、川の上流にある?」
「確かそうだったと思うわ。良く知っているわね?」
「はい」
知っているもなにも、山吹とは、私が住んでいた土地を管理している領主の名前だった。領主の名前は、時に土地の名前にもなっている。つまりは、私の住んでいた土地は、他の土地の人から山吹と呼ばれていたのだ。そして、そこに住んでいる細工師など一人しかいない。
「篠さん、すみません。その髪飾り、良く見させて貰えますか?」
「良いわよ。どうかしたの?」
私に問い掛けはしたが、篠さんは、私の答えを待たずに髪飾りを外して渡してくれた。
「凄く細かい模様なので、近くで見てみたくて」
答えたことも事実ではあるのだけど、確かめたいことがあったというのが本音だ。受け取った髪飾りの表側を良く観察した後、ひっくり返して裏側も確認する。裏側もきっちり彫り込まれていて、手が込んでいると思ったが、一番確かめたいものは留め具のところで見付けられた。平らなところに、六角形の印が刻まれていた。霜馬の印だ。霜馬は、自分の作ったものには必ず六角形の印を刻んでいた。以前、どうして六角形の印なのかと聞いたことがある。その答えは氷の結晶の形だからと言うものだった。氷は、霜や雪に繋がる、だから六角形なのだと。実を言えば、私も髪飾りを付けていた。蝶の形をした髪飾りだ。まだ霜馬が細工の仕事を始めたばかりの頃のものなので、造りは粗いが裏側には同じように六角形の印が彫ってある。
「篠さん、ありがとうございました」
「いえ、どういたしまして」
確認が終わった髪飾りを返しながら、細工師が弟であることを明かそうか考えていた。しかし、外との交流を極端に嫌うこの里で、弟のことを伝えてしまうと逆に情報が来なくなるかも知れない。そう考えると、教えることは得策では無さそうだったので、黙っていることにした。
細工師の仕事は、髪飾りを作ることだけではない。三ノ里では、魔道具の製作をしていたが、その装飾だけでなく、機構部品を細工師に依頼することもあった。それらの依頼は、出入りの商人経由であったので、必ずしも霜馬に依頼が行く訳でもなかったが、六角形の印の付いた品を見るたびに、これも霜馬の仕事なのだと心が暖かくなった。
そうした里での生活に転機が訪れたのは、私が里に来てから一年半余りが過ぎた初冬のこと。五ノ里経由で商人から、里長が依頼していた細工仕事の納期が遅れるという連絡が入ったことによる。遅れる理由は、当てにしていた職人が流行り病で倒れたというもので、誰かと言えば、山吹の細工師との話だった。この時期の流行り病は質が悪く、既に何人かが亡くなったという噂もあり、私は弟のことが心配になった。黙って里を抜け出すことも考えたものの、里長に直ぐに見付かり連れ戻されるだろうことは容易に想像できたので、この時になって初めて山吹の細工師が自分の弟であることを打ち明けると共に、弟を看病したいと里長に懇願した。
私の願いを黙って聞いていた里長は、暫く考えた風だったが、私を哀れに思ったのか、幾つかの条件の下に許可してくれた。
勿論、山吹で蘇り人の里の話は出来ない、蘇り人であることも明かせない。私は、山菜採りの時に熊に追われて川に落ちた後、里よりもっと下流で助けられたが記憶を失っており、最近になって記憶を取り戻したので山吹に戻って来たという作り話をすることにした。潜入捜査などその手のことを得意とする二ノ里にも監修して貰い、助かった場所の地名や助けてくれた家族の構成や名前まできちんと考えるところまで念入りにやった。他にも準備することはあったが、弟のことが心配だったので可能な限り手早く済ませ、私は一人山吹に向かった。
山吹に着いた後、弟に会う前に人に阻まれるのが嫌だったので、私は夕方暗くなってから山吹に入り、弟と住んでいた小屋に向かう。探知を鍛えていたので、周りが暗くても歩くのに支障はない。私は小屋に辿り着くと、そっと中へと入った。
小屋の奥の寝床に、弟が横たわっていた。苦しそうに呻いている。どうやら間に合ったようだった。だが酷く痩せこけている。直ぐに手を打たなければならない。
囲炉裏の灰を掻き分けると、種火があった。有難いことに誰かが面倒を見てくれていたらしい。私は囲炉裏の火をおこすと蝋燭に火を点け、弟の枕元の梁に吊るした。そして、弟の頭の横に座り、話し掛けてみる。
「霜馬、起きてる?」
弟は薄く目を開けて、目線を私の方に向けた。
「姉さん?」
「うん、そうだよ。帰って来たよ」
「生きてたんだ。良かった。だけど俺の方がもう駄目かも知れないや」
「何情けないこと言っているの。私が付いているんだから、病気に負けたりしちゃだめだよ。あ、そうそう、丁度良い薬を持っているんだ、飲ませてあげる。少しはマシになる筈よ」
私は背負って来た風呂敷の中から薬瓶を取り出し、小屋にあった器に一定量を取り分けると、弟の首元に手を入れて持ち上げ、薬を飲ませた。この薬は、医学や薬草の知識も持っている里長が調合してくれたものだ。もっとも、流行り病を直接治せるようなものではなく、痛み止めと解熱の効果を持つものだった。もう少し詳しい病状が分かれば、病を特定してそれに合わせた薬を作って貰うことが出来たかも知れないが、如何せん情報が無かった。それに、里長と話をして、治し方は決めてあった。
薬を飲ませ終えると、再び弟を布団の上で寝かせ、上掛けを掛け直した。
「私はここにいるから、ゆっくりお休み」
私は手拭いを木桶に入れた水で濡らしてから軽く絞り、弟の顔を拭いてからもう一度洗う。今度は堅く絞り、畳んで弟の額に乗せる。そして、安心させるように弟の手を握った。薬には炎症を抑える成分が入っているが、そのせいで眠くなることがあると説明を受けていた。案の定、少しすると弟はうなされ気味ではあるものの、寝息を立てて眠り始めた。
私は暫くそのままの状態でいて、それから本格的に弟が寝入ったことを確認すると、弟の胸の上に両手を置き、弟の身体の中へと静かに力を流し込んだ。そして、身体強化を発動させる。里長によれば、身体強化を掛けることで、身体の病気に対する耐性が上がり、治り易くなるのだそうだ。勿論、治癒を使って直すことも出来るのだが、加減が難しく、急に治ってしまうと私が疑われることになるので、本当にいざという時まで治癒は使わないようと言われていたし、私もそのつもりだった。
ただ、他人に掛ける身体強化は長続きしない。大体四半時くらいしか効果が持たないのだ。だから、一定時間ごとに身体強化を掛け直なければならない。そのため一晩寝ることができないが、一晩くらいなら何とかなる。
私は囲炉裏の火を管理しながら、弟に身体強化を掛け直し続けた。そして、空が白み始めた頃には、心なしか弟の唸り声が弱まり、血色も少し良くなったような感じがした。もう少ししたら、もう一度薬を飲ませようか。それから、何か食べ易いものを用意した方が良いとも考えた。思えば自分も何も食べていないことを思い出し、粥でも作ろうかと腰を上げようとしたところで、小屋の扉が開いた。
「え?雪、さん?」
「お咲ちゃん?」
この子は咲、確か弟より二つ下で、この近くに住んでいる娘だ。心根が優しい子だとは思っていたが、自分も病気に掛かるかも知れないのに、弟の面倒を見てくれていたとは。
「雪さん、生きていたんですね。良かった」
「心配させちゃってごめんね。あの後、熊に追われて川に落ちて、下流に流されちゃったんだよ。その途中で頭を打ったみたいで記憶喪失になってしまって、最近記憶が戻ったんでこっちに帰って来たんだけど」
私は考えていた作り話を咲に語ってみた。表情からすると、信じて貰えたみたいだった。でも、この先いつ嘘がバレてしまうか分からない。そんな不安を顔に見せることもできないし、秘密を持つと言うのは辛いな。
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気が付くと、部屋の天井が見えました。
今まで見ていた情景は何だったのでしょうか。そして、霜馬の病気は治ったのか、続きがとても気になるのですが。




