7-19. 仮面武闘会決勝
準決勝の試合の後、暫くの休憩の後に三位決定戦が行われました。ズルの人、負けちゃえば良いのにと思ってはいたものの、それなりに強い人でしたし、相手方との力量差は明確だったので、余裕で勝利していました。まあ、仕方のないところです。準決勝で私が勝って、この人達とロゼマリやイノリとのコラボは阻止できたので良しと言うことにしておきます。
さて、いよいよ決勝戦。戦武ちさ対ホワイト仮面ユキコの戦いです。アナウンスの呼び出しを受けて、私達はコートの中へ進み出ました。戦武ちさと言うのは、勿論、バーチャルアイドルの名前ですが、本名も「ちさ」なのでしょうか。何にせよ、私の心の中では、彼女は「ちさちゃん」です。
そのちさちゃん、髪はポニーテールにして、目を覆うマスクをしています。私より少し背が高いでしょうか、でも年は若いような。口紅は付けてなくて、リップクリームを塗っているのか唇に光沢があります。それを見て彼女は高校生かな、と思いました。半袖のTシャツに短パン、それに皮の胸当てという動き易さ重視の服装。3Dアバターも同じなので、それに合わせたと言えなくもないですが、お洒落は置いておいて戦いに特化してます。
試合開始のホイッスルと共に、ちさちゃんが動きます。あ、何か可愛い。と、見とれている場合ではないですね。可愛くても容赦のない打ち込みです。先程の男の人よりも力も弱いし速さもそれほどではないので、余裕で受けられます。ただ、珠恵ちゃんが言っていた隠し玉が気になるので、慎重に対応します。
ある程度ちさちゃんの打ち込みを受けて、パターンも見えて来たところで、反撃に転じます。ちさちゃん、ごめん、私の打ち込みは重いんだよねぇ。ちさちゃんも当然それは分かっていて、私の打ち込みは、流すように受けたりと、打ち込みの力が分散するように対応しています。さて、その状況の中で、少し揺さぶったらどうなるか、フェイントを掛けてみたりします。うーむ、惑わされずに、きちんと対処できていますね。しかも、この受け方、誰かに似ている。まさか、と思いつつ、先程の男の人から二本目を奪った「気」を併用したフェイントを試したところ、正しく受けられてしまいました。
ああ、そうか、そうなんだ。私は妙に納得した気分でしたが、どうしたものかと思いました。ちさちゃんの戦い方は、珠恵ちゃんに良く似ているのです。まあ、珠恵ちゃん程の技術も、技の切れもなさそうですが。それでも厄介な相手であることには変わりありません。
「ふう」
ちさちゃんと距離を取り、木剣を構え直して一呼吸します。様子見は終わり、ここから先は全力でのぶつかり合い。珠恵ちゃんとの練習と同じと思えば気は楽ですが、まったく同じ反応をしてくれるかは分かりませんから、思い込みは禁物です。
ともあれ、時間が惜しいので攻めていくことにします。ちさちゃんの方に走り出し、気持ちちさちゃんの右側に針路を取って、木剣を左側からちさちゃんの左半目を狙って打ち込みます。当然、ちさちゃんは剣でその打ち込みを受けようとします。私は自分の剣をちさちゃんの剣に当て、そのまま前に進んでちさちゃんの後ろに回り込んで反転。その時、ちさちゃんがどちらに身体を回すかを確認します。今回は右回り。
ならばと、剣を右上に構えて振り下ろし、ちさちゃんの剣を弾き気味にすると、ちさちゃんがバランスを崩します。そこで剣を引き、そのまま右横からちさちゃんの右脇腹へもう一撃。
ようやく一本です。
珠恵ちゃんタイプの相手の場合、静止しての打ち合いではすべて対処されてしまいます。なので、有り余る程ではないですが、相手よりは多い筈の体力を駆使して、動き回るしかありません。そうして何とか取れた一本。ただ、同じ戦法がもう一度通用するかは不明です。
審判員に促されて、指定の位置まで戻ります。そして、再開のホイッスル。
私が動くより先に、ちさちゃんが私の方に向かってきます。ちさちゃんは、剣を左側に構えて、それを私の左側に叩き付け、と、それってさっきの私のやったことです。ちさちゃんは剣を交わした後、そのまま私の後ろに回り込んだので、私は左回りに後ろを向きました。そしてちさちゃんが向かって来るのが見えたので、ちさちゃんに向けて剣を振り下ろしますが、ちさちゃんは私が振り下ろした剣を自分の剣で受けた後、思い切り跳ね上げて来ました。え?いや、そんな力何処にあったの?と思う間もなくお腹に衝撃がありました。うう、ちさちゃんに一本取られてしまいました。しかも、私と同じやり方で。油断しました。もしかして、これが隠し玉だったのでしょうか。
これで一対一。泣いても笑っても後一本。
「ふふっ」
思わず、笑みが零れてしまいました。ちさちゃんとの試合は、大変ですけど、楽しいなぁって思えたので。見ると、ちさちゃんの口元も綻んでいるような。
最後のホイッスルが鳴りました。
ちさちゃんと私が同時に前に出ます。どちらも打ち合うと相手の背後に回り込んで反転します。ふーん、上等だぁと思いました。この戦法は私が珠恵ちゃん相手に何度も繰り返してきたもの。私の方が経験値が高い筈なんだから負けないよぉ。
今お互いにやろうとしていることは、つまりは相手を沢山動かして、バランスを崩しやすい体勢に持ち込んで、倒すと言うものです。そのため、相手の後ろに回り込むときに相手から離れ過ぎず、相手よりも素早く反転して、どこを攻めるか素早く的確に狙いを付けられるようにならないといけないのです。二度三度の繰り返しには、ちさちゃんは付いて来られていましたが、段々と遅れるようになり、遂には私の方を見た時に足が横並びに。
私はその隙を逃さず、正面から打ち込んで剣ごとちさちゃんを後ろへ押し上げ、空いたお腹に剣を打ち込みました。
勝った。ちさちゃん相手だから勝てたと言うべきでしょうか。以前の珠恵ちゃんにもこの戦法で勝てていましたが、最近、珠恵ちゃんは不味いと思うと、後ろ向きで剣を受けたりしますからね。どう考えても反則です。ちさちゃんが、まだその領域に到達していなくて本当に助かりました。
最初に向き合った位置まで戻って木剣を収め、礼をすると、ちさちゃんが私の方に来ました。
「優勝おめでとうございます。お強いですね」
「ありがとう。ちさちゃんも強かったと思うよぉ。あっ、馴れ馴れしくてごめん」
ついつい、脳内で「ちさちゃん」と考えていたのが口に出てしまいました。
「良いですよ、私、戦武ちさですから。それに、お姉さん、大学生ですよね?私は高校生ですし」
「そう。じゃあ、遠慮なく。それで、ちさちゃんは何処から来たの?」
「博多です」
「博多?また随分と遠くから来たんだねぇ」
「はい。だから母は最初許可してくれなくて」
ちさちゃんが、俯き加減になりました。
と、そこへ表彰式の案内放送が流れたので、私達は会話を中断して表彰式に参加しました。
バーチャルアイドルのイベントなので、バーチャルアイドルに表彰して貰えると良かったのですが、流石にリアルの試合なのでバーチャルアイドルではなく、運営委員長の男の人から盾とコラボ撮影についての書類をいただきました。
その後、試合をしていたフロアは後片付けを始めるとのことだったので、私はちさちゃんと一緒に女子更衣室に着替えに行くことに。更衣室の前で、観客席の方から来た珠恵ちゃんと灯里ちゃんに丁度出会って、二人をちさちゃんに紹介しました。
「ふーん、幼馴染の男の子と二人でこっちに来たんだぁ。良く、ご両親が許してくれたねぇ」
更衣室の中で、着替えながらちさちゃんとお話しています。
「和真は凄くしっかりしているんです。飛行機や宿の予約なんかも、皆、和真がやってくれて。だから、オーケーして貰えたと思うんです」
「えー?でも、男の子と二人旅でしょう?それはそれで、危ないんじゃない?」
灯里ちゃんは、そちらが気になりますか。
「そうですね。何となくなんですけど、私、和真の恋愛対象になっていないように感じるんですよ。お姫様扱いされちゃったりすることもあったりして」
「何?ちさちゃんは、和真くんにとって近寄り難い人ってこと?高貴な家柄とか?でも、今の時代、そんなの関係ないよね?」
「私も関係ないとは思うんですけど、以前、主従関係にあったらしくて、今でもその名残りがあるみたいなんです」
「ふーん、そうなんだ。それで、ちさちゃんは、和真くんのことは気になっているの?」
灯里ちゃん、追及が厳しいですねぇ。
「え?私ですか?うーん、昔から一緒だったから、そういうこと考えたこと無いかな」
「そうか。まだまだこれからの二人ってことだね」
「灯里ちゃん、余り根掘り葉掘り聞く話ではないようなぁ」
「いやぁ、こういう話はついつい聞きたくなっちゃって」
てへへっと灯里ちゃんは照れ隠しの笑顔を見せました。まったく、仕方のない人です。
私達は会話をしながらも着替えを済ませ、更衣室から出ました。
ちさちゃんと連れだってロビーに行くと、高校生らしき男の子が近付いて来ました。
「ごめん、和真、待たせちゃったね」
「いや、大丈夫だよ。知里ちゃん、その人達は?」
この子が和真くんですか。確かに落ち着いて、しっかりしているように見える、と言うか、私達、警戒されているようなぁ。
「決勝で戦った雪希さんと、そのお友達の人達だよ」
「初めましてぇ」
少しでも男の子に和んで貰えないかと思って、にこやかに挨拶したのですが、効果は無かったみたいです。と言うか、その視線は、ちさちゃんでも私でもなく、珠恵ちゃんの方を向いている?
「私のことを知っている顔だね」
珠恵ちゃんです。
「あなたは、そうなのですか?」
「そうだよ。私は西峰珠恵」
和真くんは、珠恵ちゃんの返事を聞いて、何かを納得した顔になりました。
「キミ達のお姫様の護衛はキミ一人なの?」
「――はい」
珠恵ちゃんの問いに、和真くんは渋々といった感じで声を出しました。
「ふーん、まあ、良いけど。それで、キミ達のお姫様が言い付けを守れなかったのは分かっているんだよね?」
「ええ、今日の決勝のことですね。でも、それは紅林の問題です」
「そう。まあ、そっちの家の問題だと言うのなら、口出ししないけど、キミ達もしっかりしてよ」
「はい。心します」
和真くんは丁寧にお辞儀をしました。
「それでは失礼します。知里ちゃん、行こう」
「うん。雪希さん達、さようなら」
和真くんに促されたちさちゃんは、私達に向けて小さく手を振り、珠恵ちゃんの方を恐る恐る見ながら、和真くんの横へ。
「気を付けて行きなさい」
珠恵ちゃんの言葉に、二人はお辞儀をして入口から外に出て行きました。
「ふぅ」
珠恵ちゃんは、やり切ったような顔をして息を付いていますが、その向こうでは灯里ちゃんが怖い顔をして睨んでいます。
「珠恵ちゃん、どういうことか説明してくれるよね?」
灯里ちゃんが、私の気持ちを代弁してくれました。
「え?まあ、そうだよね。ここじゃあ何だから、私の家で良い?」
勿論、灯里ちゃんにも私にも否は無く、珠恵ちゃんの家にお邪魔することにしました。




