7-11. 動画の宣伝
動画投稿を始めてから二週間。動画の再生数は百そこそこで、新規の投稿としてはそんなものかな、と思っていました。しかし、織江さんは、そうは思っていなかったようです。
ある日、織江さんに呼び出され、灯里ちゃん、珠恵ちゃん、私の三人が集まりました。場所はいつもの研究室ではなくて、動画を撮影した会議室です。
「織江さん、何で今日は会議室なんです?」
珠恵ちゃんが問い掛けました。
「段々と論文書きの時期が近付いて来たからな。切羽詰まりつつあるあ奴らの前で、この話をするのは気が引けてだな」
「織江さんの研究はやらなくて良いんですか?」
「我はまったく問題ないぞ。あ奴らがいない時に十分やっておるからな」
「3Dアバターのモデリングや、動画の編集をやっているのかと思ってました」
「それはつい最近の話だし、いつもでは無いわ。まったく、我を誰だと思っておるのだ」
「朱野織江25歳、恋人絶賛募集中?」
「違う。恋人など募集しとらんし。それに我は魔王の眷属、闇のオリヴィエだ」
織江さんは、ふんぞり返って名乗りを上げます。でも、珠恵ちゃんは無反応です。
まったく、珠恵ちゃんと織江さんの掛け合いは、息が合っていると言うか、とても仲良しのじゃれ合いに見えます。
「それで、魔王の眷属の織江さん。今日は何です?」
「おいコラ、珠恵。まったく、お主はいつも仕方がない奴だな」
織江さんは軽く溜息を付くと、私達を見回しました。
「お主らに集って貰ったのは他でもない、動画の再生数のことだ」
そう言いながら、会議室に設置された大きなディスプレイに、動画サイト内に作った研究室紹介ページの動画一覧を表示しました。そこには、動画ごとの再生数が表示されています。
「あのう、無名の素人が投稿したものだとこんなものではないでしょうかぁ?」
「うむ、そうかも知れぬ。だが、我らはそれに甘んじてはいけないのだ。何しろ、再生数が増えないことには宣伝にならぬからな」
「まあ、それはそうですけどぉ」
そこに、灯里ちゃんが手を挙げました。
「研究室の動画サイトの情報を拡散しますか?それともコンテンツの梃子入れしますか?」
「まずは、コンテンツの充実ではないかな?呼び掛けたとて再生されねばな」
「そうですね。それじゃあ、歌ってみるとか?」
「うむ、歌も考えたのだか、もう少し研究室らしいものが良いのではないかと思うてな」
「研究室らしさですか?歴史?黎明殿?黎明殿の巫女?もしかして、有麗さんに歌ってもらうとか?」
「まあ、有麗の人気にあやかるのも手であるがな。しかし、それで再生数が増えたとなると、何だか負けたような気がせんか?」
織江さんの言葉に、誰も言い返すことができません。
暫くして、珠恵ちゃんが口を開きました。
「そうですね。それに有麗さんのファンが研究室に集まってしまうのも何だかですし」
「でも、どうしますぅ?」
「雪希よ、研究室に関係するものは何も黎明殿だけではないわ」
えーと、研究室で黎明殿の他の研究テーマとなると。
「魔道具ですか?」
「魔道具は、大っぴらにするには差し障りがあるのでな。控えておこうと考えておる」
「だとすると、ダンジョンや魔獣ですかぁ?」
「だと思うが、どうだろうか?」
「ダンジョンは中が暗いって聞いてますし、ただ紹介してもですよねぇ」
「そうだな、魔獣討伐実況はどうだ?」
いやいや、織江さん、待ってください。
「いえ、あの、確かに魔獣討伐実況は受けるかもですけどぉ、私、ダンジョンに入ったことが無いんです」
「だとすると、ダンジョン探索ライセンスも持っておらんのだな。だが、C級のライセンスなら講習を受ければ手に入るだろうて。今持ってなくとも、然程の問題にはならないと思うが」
「そうだったとしても、私一人では無理ですよ。魔獣と戦ったことないんですからぁ」
「誰もお主一人でとは言っておらんぞ。ダンジョンと言えば、珠恵がおるだろう?」
そして、織江さんは珠恵さんに視線を移しました。
「お主、確かライセンスB級ではなかったか?」
「ええ、まあ。もっとも、雪希ちゃんも十分強いので、慣れれば一人でも問題ないと思いますよ。私は雪希ちゃんが慣れるまでのお手伝いでしょうか」
「それでも構わんが、魔獣討伐ではお主が活躍しても問題ないのだぞ?」
「でも、ユキコの動画ですよね?」
「如何にも。だから、魔獣討伐実況のビデオをユキコが解説する形にしてはと思うておる。であるならば、魔獣討伐は誰が中心でも構わないだろう?」
「それなら、確かに。でも、動画からすれば解説しているユキコ自ら活躍する方が映えませんか?」
「うむ、それも一理あるな。だとすると、雪希を前面に出して、お主は支援になるが、良いのか?」
「私はそれで良いですよ。ただ、顔出しは無しで」
「であれば、ユキコと同様にマスクをすれば良いではないか?ユキコとは色違いが良いな、珠恵は黒でどうだ?」
「えーと、まあ、織江さんがそう言うなら、それで良いですけど」
「よしよし、可愛い奴よの」
織江さん、嬉しそうにニコニコ微笑んでいます。一方の珠恵ちゃんは、淡々とした表情ですね。
「それはどうも。で、雪希ちゃんが言った通り、ダンジョンの中は暗いですよ」
「その対策は考えるつもりだが、何も魔獣討伐はダンジョン内だけではないよな?」
「え?はぐれ魔獣ですか?」
珠恵ちゃんは、一瞬驚いた顔をしましたが、その後、少し考える顔となります。
「ああ、そうですね、タイミングさえ合えばアリですね」
「どういうことぉ?」
「ここにははぐれ魔獣の出現を予測できるものがおるだろう?」
それって、もしかしてと灯里ちゃんの方を見ると、灯里ちゃんは慌てた表情で。
「え?私?でも、本当に何時何処になるのか全然分からないですよ」
「それも一興ではないか?いや、もしかしたら、都合よく予測できかも知れぬぞ?」
「ちょっと待ってくださいよ。今まで予測しようと思って予測できたことなんて一度もなかったんですから」
「これまではな。だからと言って、これからも出来ぬ道理でもあるまい?」
「それはそうですけど」
戸惑いの色を見せる灯里ちゃんに、珠恵ちゃんが優しく微笑み掛けます。
「灯里ちゃん、織江さんの戯言を真に受ける必要は無いからね」
「おいコラ、珠恵。戯言と言うな。お主だって分かっておろうに」
「分かってますけど、灯里ちゃんを惑わせなくても良いじゃないですか」
「珠恵ちゃん、何のこと?」
灯里ちゃんの問い掛けに、珠恵ちゃんは少し考えてました。
「織江さんは、仮説を立てているんだよ。『現実世界の想定される未来が、時空の狭間の在り様に影響を及ぼす』んじゃないかって」
「え?どういうこと?」
灯里ちゃんもみたいですが、珠恵ちゃんの言うことがまったく理解できません。
「だから、はぐれ魔獣は別の世界の生き物で、別の世界とこの世界の間には時空の狭間があって、はぐれ魔獣はその時空の狭間からやってくる、そして、その時空の狭間はこちらの都合に合わせて変化するらしい、そうならば、はぐれ魔獣をこちらの都合に合わせてやってくるようにできるんじゃないか、って」
「いや、ごめん、説明して貰っても分からないよ」
「まあ、そうだよね。途方もない話が幾つも混じっているからね。でも、織江さんは、そういう仮説を考えて立証したりするのが楽しいみたいだよ」
「織江さんがそういうの好きなのは分かったけど、結局なんだっけ?」
「灯里ちゃんは、大体一週間後にこの世界に到達するはぐれ魔獣を検知しているんじゃないかって。そのはぐれ魔獣は時空の狭間にいるから、こちらの都合で、一週間後にこの世界に到着する状態にできれば、灯里ちゃんがそれを検知して予測できるんじゃないかって、言っているんだよ」
「そんなこと出来るの?」
「分からぬ。珠恵も言うたが、まだ仮説だからな。試してみたいところではあるが、まだそのタイミングではないよな?」
織江さんは、私の方を見ました。
「織江さんは、まずは雪希ちゃんがダンジョンで魔獣との戦いを経験するのが先だって言いたいんだよ」
珠恵ちゃんが説明してくれました。さっきから、珠恵ちゃんは織江さんの言っていることをきちんと理解していて凄いです。
「雪希ちゃんはダンジョン探索ライセンスは持っていないんだよね?まずは、講習受けて、ライセンス証を貰わないと」
「うん、分かった講習に行って来る」
これまで道場で習ったことがどれだけ通用するか分かりませんが、これも良い機会だと思ってやってみるのです。
決意を胸に盛り上がったところで、ふと灯里ちゃんを見ると、何か悩んでいる様子です。
「灯里ちゃん、どうしたの?」
「え?うん、折角だから私も一緒にダンジョンに入ってみたいんだけど、私が一緒だと足手纏いにならないかなって心配なんだよね」
「大丈夫じゃないかなぁ。珠恵ちゃんもいるんだし」
私の言葉に、珠恵ちゃんも頷きました。
「私も雪希ちゃんと同じだよ。灯里ちゃんだって戦武術を習って上達して来てるんだし、そこまで心配することじゃないって」
「ともかく、私と一緒に講習に行ってみようよぉ?講習受けるのは良いんでしょう?」
灯里ちゃんがやる気に満ちた目を私に向けました。珠恵ちゃんの後押しもあって、灯里ちゃんの心は固まったみたいです。
「そだね、雪希ちゃん、まずは一緒に講習受けに行こう」
「おー」
「それで、講習はいつなの?」
「案内によれば、火曜、金曜、土曜のようだな」
私達が話している間に、織江さんがインターネットで検索して調べてくれてました。
「うーん、今週は無理かな」
「良いよ、灯里ちゃんの都合が付くときで」
「分かった、ありがとう。予定調整してみるね」
結局、灯里ちゃんと講習に行けたのは、翌々週の土曜日でした。




