7-10. 作画と投稿
あれから、撮影は一応順調に進んで、自己紹介1本、史跡紹介1本、ゲーム実況3本の計5本の動画を撮りました。それらの動画を織江さんが週末に編集してくれたので、後は萌咲さんがBGMを選んでミキシングをするのと、私がサムネイルを描けば完成して投稿できます。萌咲さんは音楽鑑賞だけでなく、作曲も趣味にしているそうで、どんなBGMになるのか楽しみです。そして、私も萌咲さんに負けないようにサムネイル描きを頑張らねば。
サムネイルを考える参考にしてくれと、織江さんから編集済みの動画データを渡され、どうしたものかと考えた私は有麗さんに相談しました。そしたら、サムネイルの大まかな案を幾つか考えて持って行けば、一緒に考えてくれると嬉しいお返事が。喜んで、その提案に乗りました。
二日後の水曜日の午後。水曜日は講義が三限までしかなく、バイトのシフトも交代して貰えたので、予め有麗さんにはこの日でとお願いしていました。阿佐ヶ谷の駅まで来て欲しいと言われ、電車を乗り継いで15時半に阿佐ヶ谷に到着し、改札を出ます。それから待つこと5分ほど、有麗さんらしき人が来ないかと見渡しても、全然気配がありません。その時、後ろから声を掛けられました。
「あ、雪希ちゃん、いらっしゃい」
「え?」
振り返って見ると、赤みがかった紫のジャージに、野球帽を被り、黒縁の眼鏡をして突っ掛けのサンダルを履いた女性が立ってました。誰ですか?
「分かんない?有麗だけど」
なぬぅ?すっぴんの顔に、帽子からはボサボサの髪が覗いているのですが、言われて見ると確かに有麗さんみたい。
「どうしてぇ?」
「ん?この格好?何となく落ち着くんだよね。昔からイラスト描くときはこの格好だからさぁ。それじゃあ、行こうか」
嫌だ、この人を有麗さんとは認めたくないよぉ。いつものお洒落な有麗さんは何処に行ってしまったんですかぁ。
しかし、サムネイルを描かないといけないのです。私は前を行くジャージ姿の有麗さんに付いていきます。駅の北口を出て10分くらい歩いたところで、有麗さんはマンションに入っていきました。入口のセキュリティを鍵で開けると私を中に招き入れます。エレベーターに乗ると、5階までボタンがあり、有麗さんは、その最上階の5階のボタンを押しました。
「家は、一番奥だから」
エレベーターを降りると、有麗さんは私にそう言って通路を奥まで歩いて行きます。そして、一番奥の扉の前に立ち、鍵を開けると扉を引きました。
「はい、我が家です。どうぞ」
「どうも、お邪魔します」
入った先には廊下があり、廊下の奥が明るくて、そこに部屋があるように見えます。なので、玄関で靴を脱いで上がると、その奥の方へと進みます。すると、予想通り、そこがリビングでした。
「取り敢えず、自由にして。今、お茶持って行くから」
「はい」
リビングを見渡すと、机やプリンターなどが並んでいて、仕事場も兼ねているようです。壁にはいくつものイラストのポスターが貼ってあります。絵のタッチが似ているので、すべて有麗さんの作品でしょうか。どれも素敵です。私もこういうのが描けたらなぁ。
私がローテーブルの脇にある大きなクッションに背を凭れて座っていると、有麗さんがグラスに入れたお茶を持って来てくれました。そして、有麗さんもローテーブルの脇に座ります。有麗さん、帽子を被っていたときからボサボサの髪が見えていましたが、帽子を外した今は、それがあからさまな状態です。当人はまったく気にしている風がありません。とは言え、私はそれ以上に気になることがあったので、ボサボサ頭についてはスルーすることにしました。
「ここが有麗さんの家なんですかぁ?」
「そうだよ」
「だけど、表札違いましたよねぇ?」
「ああ、石蕗になってないってこと?まあ、石蕗有麗って偽名みたいなものだからね。いや、芸名かな?」
「え?それじゃあ、表札が本名ってことです?私に教えちゃって良かったんですかぁ?」
「まあ、雪希ちゃんのことは調べてあるからね。大丈夫だと思っているよ。だけど、他の人には言っちゃ駄目だから」
「はあ」
私にも教えてしまって良かったのでしょうかぁ。
私のそんな気持ちが顔に出ていたのか、有麗さんの目が少し細くなりました。
「私が秘密の保持に無頓着って思われたくないから言っておくけど、この部屋には結界が張ってあるし、怪しい人の警戒は怠っていないからね。前はいたんだよ、私の周りをウロチョロしている奴らが。それで一度、裏の人達にお願いしてそいつらに思い知らせて貰って。それ以来、近付く人はいなくなったかな。ともかく、雪希ちゃんは研究室に出入りしているってことだけで十分私の関係者だから、ここを知っていても知らなくても大きな差は無いよ」
「はい、でも、裏の人達って?」
「それは内緒。でも、良い?例え雪希ちゃんでも、そこを追究すると危ないから止めておいてよ」
「分かりましたから、大丈夫ですよぉ」
私も好き好んで危険な領域に足を踏み入れたいとは思いません。
「それじゃあ、本題に入りますか。雪希ちゃん、サムネイルの案を描いてみた?」
「幾つか描いてみたのですけれど、どうでしょう?」
私は持ってきたスケッチブック取り出し、考えてみたサムネイルの案を描いたページを開いて有麗さんに渡しました。
「へーえ、雪希ちゃん、上手く描けてるじゃない」
「そうですかぁ?ありがとうございます」
プロのイラストレーターに褒められていると思うと、とても嬉しいです。
「うん、良いよ。構図はこのままで行けそうで、文字は後から書き込むための場所だけ空けて、あとは線を整理すればかな?まずはスキャンしちゃおうか」
有麗さんは、段々とノって来たみたいで、私の描いた絵を見ながら独り言っぽく呟くと、パソコンと複合プリンターの電源を入れました。そして、スケッチブックを複合プリンターのコピー用のトレイに乗せると、パソコンのソフトを起動して私の描いた絵を取り込み始めました。すべてを取り込み終えると私にスケッチブックを返してくれてから、パソコンが置いてある机の椅子に座りました。
「えーと、サムネイルのサイズって決まってるんだよね?」
「はい、HDの720pです」
「おっけー。じゃあ、まず、サイズを合わせよか」
有麗さんは、テキパキと取り込んだ絵のサイズを調整していきます。
「さて、最初は、初めましての奴からやろうかな」
私の答えを待たずに、有麗さんは自己紹介動画用のサムネイルを液晶タブレット上に表示して、タブレット用のペンを持ちました。私は、どんな風に手直しするのか、興味津々で覗き込みます。
「あ、雪希ちゃん、ごめん。見るなら、そこの椅子持ってきて座って見たら?」
「はい、そうします」
私は有麗さんに指定された椅子を有麗さんの隣まで移動させて、改めて液晶タブレットの画面を覗きました。
タブレットの画面上では、有麗さんが私の絵の上に一枚シートを重ねて、ユキコの絵のところだけ丁寧に写し取っています。とは言っても単に写すだけでなくて、時々、手直しもしています。特に髪の毛のところは、私がかなり細かく描いていたので、大胆に線を省略した形で描き直していました。描き直したところも、私の線を真似てくれているのか、雰囲気は私のオリジナルと大きくは変わっていません。
そして、ユキコの部分をすべて描き終えると、下絵にしていた私の絵を閉じました。
「うん、こんな感じで良いんじゃない?」
有麗さんは、満足げです。
「雪希ちゃん、動画のデータは持ってきた?」
「はい、織江さんから預かってます」
私は持ってきた鞄の小物入れから、ケースに入ったメモリカードを有麗さんに渡しました。有麗さんはデータをパソコンにコピーすると、パソコンの画面に動画を表示し、途中で一時停止しました。
「ふむふむ、色合いはこんな感じか」
パソコンの画面を確認すると、液晶タブレットの方に目を戻し、再びタブレットのペンを持ちました。そして、ユキコの絵に順番に色を付けていきます。彩色が終わると、細かい線を何箇所かに描き込んで、ユキコの絵が完成しました。
「雪希ちゃん、どう、これで?」
「素敵ですぅ。私の絵を下絵にしたとは思えないんですが」
「そうかな?割りと似せるように描いたんだけど。まあ、私、プロだからね。さて、一応文字の部分も作っておこうか。題字は『初めましてユキコです』で良いの?下絵にはそう書いてあったけど」
「はい。ただ、織江さんは『ホワイト仮面』って入れろって言いそうな気がぁ」
「あー、そうだね。何となく分かるよ、織江ちゃんのその気持ち。それじゃ、小さくアクセントになるように『ホワイト仮面』って書いておこうかな」
有麗さんは、簡単に題字も入れてしまいました。
「一応、ユキコと題字は別々のデータにしておくね。理学部棟の校舎を背景に入れるとかすれば、もっと良くなる気がするんだけど」
「あのぅ、私、作画ツール持っていないです」
「ああ、そうなんだね。分かった。後で織江ちゃんと相談してみるよ」
「お願いします」
「大丈夫だから、任せておいて。さて、次に行こうか」
そうして、有麗さんは、次々とサムネイルの絵を仕上げて行きました。私は案を描いただけで、後は全部有麗さんがやってくれてしまったのですが、これで良かったのでしょうか?有麗さんの腕はお安くないとか言われていたような。
後日、有麗さんからサムネイルの完成データを受け取った織江さんは、至極満足そうな顔でサムネイル画像を見ていました。そして、萌咲さんが選んだBGMも被せて動画を完成させ、動画サイトへの投稿を始めていました。




