7-8. バーチャルアイドル企画
星華荘に行ってから一週間余り経ったある日、織江さんからの招集があって、研究室に行きました。そこにいたのは、織江さん、八重さん、萌咲さん、灯里ちゃん、珠恵ちゃんと私、それから有麗さん。皆作業台の周りの椅子に座っています。修士二年の朝霧さんに四年生の人達は、揃って学会でお出掛け中です。朝霧さんは発表に、四年生は聴講に。四年生の人達は、卒業論文を書いたら、春の学会で発表することになっているそうで、その下見を兼ねてのことです。学生と一緒に鴻神先生も学会だそうで、八重さんはお留守番になっています。
白衣姿の織江さんが、椅子から立ち上がって皆を見渡しました。それまで思い思いに隣同士で話をしていた皆が織江さんに注目します。
「皆、良く集まってくれた。皆を集めたのは他でもない、あるプロジェクトを立ち上げようと思ったからだ」
そこで織江さんは、一旦言葉を切り、ノートパソコンの画面をプロジェクターに投影しました。どうやらプレゼンテーション用のスライドのようです。タイトルには、「鴻神研知名度向上プロジェクト」と書いてあります。
「知っての通り、この研究室は発足以来まだ二年半しか経っておらん。当然、知名度もまだまだだ。しかし、我はこの状況に甘んじるつもりはない。そこで、研究室の知名度向上プロジェクトを立ち上げることとした」
「はい、質問」
珠恵さんが手を挙げました。
「何だ、珠恵?」
「私達はまだこの研究室の所属になっていないんですけど、何故呼ばれたんですか?」
「お主達は、ここに私物を置いているではないか。所属しておらずとも、関係者には違いあるまい?」
「うー、まあ、そうですけど、ここの知名度が上がったら、卒論の希望者が増えて、私達がここに入れなくなっちゃうかも知れないんですけど?」
「おう、嬉しいことを言ってくれるでは無いか。流石は珠恵だな」
「私をここに誘ったのは織江さんじゃないですか」
「我は闇のオリヴィエだ」
「ああ、そうでしたね。魔王の眷属様。それで私の卒論はどうなるんです?」
「珠恵よ、良く考えてみよ。お主の同期で、この研究室を選びそうなものはおるのか?」
そう問われて、珠恵ちゃんは記憶を探る顔になりました。私も同期の顔を思い浮かべていきますが。
「そうですね。よくよく考えてみると、同期でここを選びそうな人はいませんね」
「そうであろう?この研究室は、地球科学科の中でも毛色の異なるところ故、残念ながら最初からここを目指した学生でないと、なかなか来ぬのだよ」
「でも、今年も卒論生はいますよね?」
「全員第一志望の競争に敗れたと聞いておるが」
「えー、じゃあ、萌咲さんは?」
思わぬところで矛先を向けられた萌咲さんは焦った様子でした。
「私ですかぁ?私は学部の時は地質を専門にしてた研究室にいたんだけどぉ、地層から出て来る化石や出土品に興味が出てきて、修士の研究室の希望調査にここを書いてみたって言うかぁ」
おぉ、萌咲さんはここの卒論生ではなかったのですかぁ。
「珠恵、分かったか?萌咲は特殊なケースだ。それは一年に一人おるかどうか故、そこを狙うのは甚だ効率がよろしくない。我が対象とするのは、これから大学を受験しようと言う高校生だ。世の中に大勢いる彼らにアピールすれば、この研究室の志望者も増えようぞ」
「なかなか壮大な計画ですね」
「我が考えたが故にな」
織江さん、自慢げです。
「でも、織江さん、いつまでここにいるんですか?私達が四年生になるときには博士課程修了していますよね?」
「そうだな。できればここに居続けたいが、先のことは我にも分からぬ。我がおらずとも、お主が我の意を継げば良かろう?」
「分かりました。そのことはその時に考えるということで。それで、高校生にどうアピールするんですか?」
「うむ、我はこう考えた」
織江さんはノートパソコンを操作すると、画面を次のスライドに切り替えました。そこには「バーチャルアイドルを使って研究室の日常を動画配信」と書かれています。
「えっ?バーチャルアイドルの動画配信を始めるんですか?」
驚いた声を上げたのは灯里ちゃんです。
「如何にも。若者の間で流行っているようだからな、効果的な宣伝手段だとは思わぬか?」
「それはまぁ、そうですけれど」
「灯里は何か問題があるのか?」
「い、いえ、そんなことはないですけれど」
心なしか、灯里ちゃんの目が泳いでいるようなぁ?何か動揺するようなことがあるのでしょうか。
「そ、そうだ。キャラクターのアバターはどんなものにするんですか?2Dですか、3Dですか?」
「勿論3Dでやる」
「モデリングはどうするんです?3Dのモデリングは結構大変だって聞いたことがあるんですけれど」
織江さんはと見ると、ふんぞり返ってドヤ顔をしています。
「モデリングは問題ない。我が夜なべして作成したからの」
もう作ってあるんですかぁ。織江さん、やることが早いですね。
「ではお主達に、夜なべの成果を見せてやろう」
織江さんがノートパソコンを操作すると、プロジェクターの画面が切り替わり、アプリの画面が出ました。その画面の中に、研究室内を写した写真が表示されています。
「これは、バーチャルアイドルの再生用アプリだ。動画はこの研究室から発信するという設定故、背景に室内の写真を貼っておる。ここまでは良いな?ここに、我が作成した3Dアバターを読み込ませるぞ」
織江さんは、アプリの画面から3Dアバターのロードを選び、出て来た一覧から一つのファイルを選択しました。
「おおっ」
皆のどよめきの声が。
「ええっ」
私の動揺の声が。
「どうだ、凄かろう。我もそれなりに頑張ったのだ」
「織江さん、待ってくださいよぉ。何で私なんですかぁ?」
そう、アプリの画面の中に現れた3Dアバターは、私です。いえ、私に途轍もなくそっくりなのです。
「それはだな、簡単に言えば、お主はゲームが得意だと聞いたからだ」
「誰ですかぁ?」
「お主のことを良く知っておる奴よ。分かるだろう?真弓だ。お主、真弓の家に行って一緒にゲームに興じているのだろう?お主は中々の腕前だと真弓は感心しておったが」
ま、真弓ですか。そんなところから私の情報が漏れていたとは。
「でも、どうしてゲームなのですかぁ?」
「ただ研究室紹介だけの動画を流したとて、人は集らぬだろう。興味を持って貰うには、人気のある動画も混ぜるのが効果的なのだ。そこで我はリサーチし、そして動画配信を見ている高校生に人気のあるコンテンツは、歌やゲーム実況なのだと知った。歌はプロには勝てぬから、ここはやはりゲーム実況。そしてゲームと言えば、雪希、お主しかおるまい」
う、うう、何となく理屈が通っているのが悔しいよぉ。
「でも、私に似せる必要はなかったのではないでしょうかぁ」
「我もモデルが必要だったからの。それにお主の容姿は整っておるし、可愛げもあって悪くないと思うのだが」
「そう言って貰えるのは嬉しいんですがぁ。誰が見ても私だって分かっちゃうじゃないですかぁ。全然バーチャルじゃないですよぉ」
「うむ、それも一理ある。と言うか、実は我もそうは感じておったのだ」
「だったら何で?」
「折角作ったお主の愛くるしい顔のモデリングを見せびらかせたかったのだ」
「分かりましたよぉ。それで、どうするんですかぁ?」
「うむ、しばし待て」
織江さんは、再びアプリの画面からアバターファイルの一覧を呼び出して、先程とは別のファイルを選択しました。
「ほれ、どうだ?」
「おぅ」
私に激似だった3Dアバターの髪の色が淡い空色に、そして目を覆う白い鉢巻のようなマスク。勿論マスクの目のところだけは穴が開いています。
「どうだ、これならお主とはわかるまい」
「まあ、そうですけどぉ」
「まだ、何か不満か?」
「いえ、結局、私がやるってことで決定なんですね」
「他に適任者も居らぬからのう。雪希、やっては貰えぬか?」
「えー、どうしようかなぁ」
「それなら、動画をやっている間、月に一本我がゲームを買ってやろう。ゲーム実況に使ったら、後はお主にくれてやると言うのでどうだ?」
「いいでしょう。やりましょう」
好きなゲームを買って貰えるならやりますよぉ。




