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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第7章 胡蝶の記憶 (雪希視点)
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7-7. 本気の打ち合い

「それじゃ、灯里ちゃん、仕上げに打ち合いしてみようか」

「はい」

陽夏さんの呼び掛けに、灯里ちゃんが元気よく答えます。そして、向かい合って剣を構えたところから、灯里ちゃんから前に出て陽夏さんへの打ち込みを始めました。始めた頃に比べれば、剣の振り方も随分と様になって来ました。灯里ちゃんは忙しいのに良くやっていると思います。まあ、でも、まだまだ隙だらけです。

何回か打ち合いをして、灯里ちゃんの息が上がって来たので、灯里ちゃんの練習は終わりになりました。

「陽夏さん、ありがとうございました」

灯里ちゃんが挨拶をして、縁側の方に来ると、美鈴さんが灯里ちゃんにスポーツドリンクを渡してました。

「灯里ちゃんは、これを飲んで休んでると良いよ。陽夏ちゃんもどう?」

「美鈴さん、ありがとうございます。いただきます」

陽夏さんは美鈴さんからスポーツドリンクの容器を受け取ると、縁側に木剣を立て掛けました。そして両手で容器の蓋を開けると、スポーツドリンクを口に含んで容器の蓋を閉め、暫くしてから喉の奥に流し込んでいました。

「取り敢えず、水分補給はこれで十分かな。次、雪希ちゃん、やってみる?」

「陽夏さん、お願いしますぅ」

灯里ちゃんが使っていた木剣を預り、今度は私が庭の中央に出ます。相手をしてくれるのは陽夏さん。果たして私の剣がどこまで通用するかなぁ。

木剣を構えて陽夏さんの方を見ます。単に構えているだけでも気迫を感じてしまうのですが、陽夏さん、気合いが入っているのでしょうか。私も気圧されてはいられません。それに、私は素早く重い剣戟を得意とする力押しタイプ、先手を取らなければ勝ち目はありません。

陽夏さんに動きが無いことを良いことに、私は先んじて動き、陽夏さんに打ち込んで行きます。右に、左に、反撃の隙を与えないように、間断無く打ち込みを続けます。そんな私の打ち込みを、陽夏さんは綺麗に受け止めます。力まず、無駄のない動き、最近何処かで似たような動きをする人が居たような。最初は珠恵ちゃんに似ているかと思ったのですが、いえ、確かに似てはいますが、もっと似ている人が。

あっと思い出しました。風香さんです。風香さんと陽夏さんは、タイプは違うのですが、根本となる動きが殆ど同じなのです。そうだとなると、おっと、反撃を許してしまいました。一旦下がって距離を取ります。

このままだとジリ貧ですが、三連撃は無理そうに思えました。となると、最初と同じように連続打ち込みですか。休んでいると打ち込まれそうなので、あまり考える暇なく再び打ち込みに向かいます。しかし、何回も打ち込まないうちに反撃が来て、しかもフェイント込みの二連撃。残念ながら、受けきれませんでした。

「負けました。ありがとうございます」

「ありがとうございます。雪希ちゃん、惜しかったね。長くやっているの?」

「いいえ、小学生の頃に三年間やった後は、ブランクがありまして。最近またやるようになったんです」

「へーえ、それにしては上手だね。スピードも重さも十分あるし」

そうして陽夏さんと話をしているところに、美鈴さんがやって来ました。

「二人ともお疲れ。雪希ちゃん、どうだった、陽夏ちゃんの剣は?」

「実際に受けてみると違いますねぇ。全然敵いません」

「そりゃそうだよ。年季も違うし、気合もね。それで何か見えた?」

美鈴さんは、さっきの話したことを気にしていてくれたようです。でも、私は首を横に振りました。

「いえ、今は何も」

「ふーん」

美鈴さんは、宙を見上げ何か思案している表情になりました。それから私の方に向き直り、微笑みます。

「雪希ちゃんさあ、少し想像してみてよ。自分が最後の防波堤で、だから是が非でも自分で私のことを倒さないといけないんだって」

「え?想像ですか?」

「そう、状況を想像してみて。その上で私と打ち合う。良い?」

「分かりました」

私は美鈴さんと向き合うと、目を閉じて想像してみました。私の後ろには、お年寄りや子供たちなど戦えない人たちがいて、そして目の前には凶悪な襲撃者が。私がここで倒される訳にはいかないのだと。

想像した状況を頭に叩き込むと、私は目を開けて木剣を構えます。後ろの人達のことを考えれば、無暗に攻撃は出来ません。私はじっくりと相手の様子を伺います。

美鈴さんもまた、私の方を見詰めています。その目には殺気すら感じます。いえ、美鈴さんの雰囲気に呑まれてはいけないと自分を鼓舞しつつ、いつ攻撃が来ても良いように神経を研ぎ澄ませました。

そして、美鈴さんが動きます。こちらの方に踏み込み、間合いに入るところで左から打ち込んできました。私は両手で木剣を持ち、打ち込みを迎え撃ちます。

重い。想像以上に美鈴さんの剣撃が重くて驚きました。さらに、直ぐに反対側に打ち込んできます。その打ち込みも重い。さらにもう一撃。私は防戦一方です。スピードがあって重い剣戟は、私の得意としている攻撃スタイルなのに、それの上を行く速さと重さ。これまで経験の無い相手に、私は反撃の糸口を見つけられずにいました。

それでも、美鈴さんの打ち込みの連続を暫く耐えていると、美鈴さんの方も疲れたのか、一旦下がって木剣を構え直しました。攻めるならここで前に出たいところですが、後ろに守るべき人達がいることを考えると、こちらから攻めるのは得策とは思えず、じっと我慢です。

そんな私を見て、美鈴さんがニヤリとしました。

「分を弁えて動かないか。ここまでのところは合格点をあげるよ。でも、この後はどうかな?」

美鈴さんは木剣を両手で持って水平に構え、そこからダッシュで私の方に迫ってきました。そのまま美鈴さんは私の左脇腹へ強烈な打ち込みを放ち、私がそれを受けると、私の木剣にぶつかった反動を使って自分の木剣を私の右脇腹へ。そこからさらに右手で木剣を振りかぶると勢い良く私の右肩目掛けて木剣を振り下ろします。その打ち込みも、木剣を両手で強く握り、右肩の前に構えて美鈴さんの木剣を食い止めました。

「えっ?」

私が驚いたのは、そこで美鈴さんが木剣を後ろに投げてしまったからです。そして、気が付くと、鳩尾に強烈な痛みが。美鈴さんが左手の拳を打ち込んできていました。私が痛む鳩尾を抱え、身体を折り曲げると後ろ首の辺りに衝撃が。

「あっ」

私は前方に倒れ込み、そして、視界が真っ暗になりました。


* * *


冷たい。

目を開けたら、私はびしょ濡れになっていた。

「まったく、目が覚めたか?」

声のした方に目をやると、一人の女性が剣を持って立ち、私のことを見ていた。その女性は、セミロングの髪を束ねていたが、手入れに無頓着なのか髪はボサボサだった。

「あれ?私は?」

「おいおい、今までやっていたことを忘れたのか?戦闘訓練で私の攻撃を受けて気絶したんだよ」

「ああ、そうでした」

そうだ、思い出した。この人は、この里の近くにある、一ノ里の里長、一ノ長だ。この里には偶にしか来ないけど、今日は、まだ里に来てそれほど日が経っていない未熟な私に、戦闘訓練をしてくれていたんだ。

「分かっているか?お前は守るのが役目だ。誰も通しちゃいけない。だから、気絶なんてもっての外だ。相手の攻撃を良く見て、攻撃のダメージを極力受けないように、あるいは可能な限り軽減するのにどうするのが一番良いのか、そして不意打ちが来ないか、常に五感を研ぎ澄ませ頭をフル回転させろ」

「はい」

「よし、じゃあ、もう一度やるか?ん?」

一ノ長は横を向いた。と言うのも、そちらの方から足音が聞こえたからだった。その足音の主は、髪を頭の後ろでまとめた女性、この里の里長だった。

「ウチの子の面倒を見て貰って助かった」

「いいや、大したことじゃないさ。武術は私の得意とするところだからな。もっとも、お前の反則技には勝てないんだが」

「あれは武術ではないから気にするな。それで、この子はどうだ?」

「まあ、まだまだこれからだよ。でも、素直だからな。伸びるんじゃないか?」

「そうか」

里長は、満足げに微笑んだ。

「それで、頼まれていた物を用意したぞ」

一ノ長に向けて、里長は中身が詰まった布製の巾着袋を掲げてみせる。一ノ長は、その巾着袋を受け取ると、口を開いて中身を確認し、頷いた。

「確かに。ありがとう、助かったよ。やっぱり、道具を揃えるならお前のところが一番だな」

「まあ、それが私の本職だからね。それにしても、備えが必要ということは、何かキナ臭いことがあるのか?」

「そこまででも無いんだけど、世の中不安定だしね。間違ってもこっちに手を出す奴はいないとは思うけど、用心に越したことはないから」

「くれぐれも気を付けてな」

「ああ、お互いに」

一ノ長は、私の方を向くと、私の肩に手を乗せて済まなそうな表情をした。

「悪いな。今日はこれで戻るわ。また今度見てやるから、鍛錬しときなよ」

「はい。今日はありがとうございました」

一ノ長は手を放すと、後ろ手に手を振りながら、里の入口の方へと歩いて行く。

私は、里長と一緒に、その後ろ姿を見送った。


* * *


気が付くと、私は縁側に座らされていました。灯里ちゃんが心配そうな顔をしています。

「えーと、私、気絶しちゃったのぉ?」

「そうだよ、美鈴さんに思いっきりやられて」

「いやぁ、雪希ちゃん、悪かったね。実戦さながらにやってみたら、何か見えるかもって思ってやってみたんだけど」

「雪希ちゃん、大丈夫?まさか美鈴さんがそこまでのことをやるとは思ってなくて」

美鈴さんは、悪いねぇという感じの表情で、陽夏さんは、申し訳なさそうな顔をしていました。

「陽夏さん、大丈夫です。お腹がまだ少し痛いけど、それだけですから。それに、見えたので」

「見えたって、何?」

灯里ちゃんが不思議そうな顔をしています。

「夢なのか良く分からないものなんですけどぉ。戦闘訓練で気絶しちゃっているところに、水を掛けられて目を覚まして『お前は守るのが役目だ。誰も通しちゃいけない。だから、気絶なんてもっての外だぁ』って叱られてました。でも、何だったんだろう?」

その光景を見た自分でも分からないのに、周りの人達が分かる訳もありません。灯里ちゃん達は顔を見合わせるばかりです。

もう一度同じことをやればまた見えるでしょうか。いや、何となく同じことをやっても駄目そうな気がしますし、痛いのはもう勘弁です。


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