7-5. 魔獣との出会い
それから金曜日まで、毎日獅童道場の講習に通いました。珠恵ちゃんとまた打ち合えば、あの光景が見えるかと思ったのですが、あの決勝戦の後、再び見ることは出来ないでいます。
最終日、風香さんがひょっこり現れました。
「風香さん、お久しぶりですぅ」
「あ、雪希ちゃん、お久しぶり。元気だった?大きくなったねぇ」
風香さんは懐かしそうな顔をしながら、私の頭を左手でポンポンしました。
「まあ、私も大学生になりましたからぁ。風香さんは変わらないですね」
「そう?まあ、そう言ってもらえると嬉しいよ。そう言えば、雪希ちゃん、随分強いみたいじゃない。話題になってたよ」
「えー、そうなんですかぁ?」
「そうそう。だから、私も雪希ちゃんと手合わせしてみたくなって来たんだから。どう?いま軽く一本だけやってみない?」
「はい、喜んで」
風香さんとは小学生の頃にも何度も手合わせして貰っていたので、これで自分がどれくらい強くなったか分かります。
他の人達から距離を取って、風香さんと向き合いました。お互い剣を構えると、風香さんが左手で誘うように手招きしてきます。それならばと、私の方から打ち込みに向かいます。
いきなり二連撃も考えましたが、風香さんだと凌いでしまうだろうし、すかさず反撃をされると私の方が受けられないから止めることにして、間断なく打ち込んでみます。でも、風香さんには上手いこと躱された上に、反撃されてしまいました。それからは防戦一方で、受け方を間違えたところで、その隙を突かれて私の負けです。
「風香さん、強いですぅ」
「力は強くなったけど、太刀筋は昔のままじゃない?」
「そうですよぉ。打ち合うの久しぶりなんです」
「あら、そう?でも、鍛えれば強くなりそうだよね。頑張って」
「ありがとうございます」
風香さんとやれば、この前の里の光景が見えるかと思ったのですが、駄目でした。と言っても、ただ残念だということではなく、小学生の頃に風香さんに相手をして貰った思い出が甦り、それと共に戦武術をやっていて楽しかったことも。そのことを私はすっかり忘れてしまっていたのですが、今度は忘れないようにしたいな。
講習が終わると、本格的な夏休みの日々の始まりです。そう、夏休みと言えばゲーム三昧の日々なのですが、今年は戦武術の練習にも少し時間を割くようになりました。後は、真弓の家に遊びに行ったり。
真弓は学生用マンションに一人暮らしです。両親は海外に住んでいて外国籍になっているそうで、真弓は生まれた時は外国籍、高校生になるときに一人でこちらに来て帰化申請をしたのだとか。前に何故こっちに一人で来たのって聞いたことがありますが、その時の答えは、両親の祖国に住むのが子供の頃からの憧れだったから、と言うものでした。高校当時の私には、親元から一人離れて知らないところで暮らすなど考えたことも無かったので、真弓って凄いなと思ったものです。
そんな風にのんびりと過ごしてお盆が過ぎたときに、灯里ちゃんから呼び出しがありました。珠恵ちゃんも含めて三人で新宿のフルーツパーラーに集まって話をしたら、灯里ちゃんからはぐれ魔獣の出現が分かるときがあると言う驚きの情報が。その上、灯里ちゃんは養子で出自が分からないと言われ、いつもの明るい笑顔の裏にも、抱えているものがあるのだと言うことを知ったのでした。
ともかくも、灯里ちゃんからは、魔獣が次の金曜日に出現しそうであること、場所は、池袋、板橋、大塚のどれかであることと、魔獣避けの魔道具があるらしいことを聞き、はぐれ魔獣が出現したところに白銀の巫女が出て来るかを確認して欲しいと頼まれました。それで魔獣避けの魔道具の情報を得ようと言うことになって、翌日、珠恵ちゃんと研究室に行き、織江さんに聞いてみました。けれど、織江さんは魔獣避けの魔道具のことは良く知らないらしくて、さらに、研究室にやってきた黎明殿の巫女である有麗さんから、今回は黎明殿本部は動かないし、白銀の巫女の真似事をしないように釘を刺されてしまったのでした。
そんな訳で、その日はやれることが無くなったような形となり、どうしようかねぇ、という感じで珠恵ちゃんと別れたのでした。ところが、数日後、珠恵ちゃんが電話してきました。
「もしもし、珠恵ちゃんどうしたの?」
「金曜日のことを相談しようと思ってさ」
「珠恵ちゃんは、どうしようと思っているの?」
「灯里ちゃんと約束したから、魔獣が出るか見に行こうと思ってる。雪希ちゃんはどう?」
「そうだね。約束したもんねぇ。私も行くよ」
「うん、分かった。それで、どこに行くかなんだけど、なるべく魔獣に出会う可能性が高くなるように、別々のところに手分けして行ってみない?」
まあ、確かに珠恵ちゃんの言うことも分かるんですが、一人と言うのもなぁ。
「うーん、手分けしても三箇所全部は見られないし、一人は心細いから、どこか一箇所選んで、そこに二人で行くことにしようよぉ?私、魔獣って直接見たこと無いんだよねぇ」
「そうだね、そうしよう。それで何処に行こうか?」
「私は何処でも良いよ。珠恵ちゃんは?」
「私は、単に勘でしかないけど、大塚に行こうかなって思ってた」
「そう?なら大塚にしようよ」
「うん、それでさ、大塚には北口と南口があるんだけど、どっちが良いかな?雪希ちゃん決めてくれる?」
「えー、大塚には行ったこと無いんだよねぇ。んー、もう適当だけどぉ、南口で」
「分かった、南口で決まりね。それじゃあ、金曜日のお昼前に大塚駅の南口のところに現地集合で良い?」
「良いよ。何か持って行った方が良いかな?」
「写真を撮れればと思うけど、スマホがあれば良いよね。あと、雪希ちゃんは魔獣を見たことが無いってことは、ダンジョン探索ライセンス持っていないんでしょう?」
「持ってないよぉ」
「だよね。だったら、雪希ちゃんは、剣は持って行けないから。地域の討伐隊の人達がいるだろうから大丈夫とは思うけど、万が一のために私は剣を持って行くよ」
「分かった、よろしくねぇ」
こうして、金曜日は大塚に行くことが決まりました。
そして金曜日。
天気は晴れ。まだまだ暑い日差しが照りつける中、私は珠恵ちゃんと大塚の駅の南口に立っています。
「もうそろそろかなぁ?」
灯里ちゃんが言っていた魔獣が出現しそうな時間に差し掛かっています。でも、辺りの様子は、いつものままのように見えます。本当にここに魔獣が現れるのでしょうか。
そんな時に珠恵ちゃんが広場の中央を指差しました。
「雪希ちゃん、あれ何だろう?」
見ると、そこに円状の風が吹いて、土埃が舞い上がっています。
「竜巻?それにしては小さいよねぇ」
そう、でも、そう言えば、前に灯里ちゃんに見せて貰った動画では、この旋風と一緒に魔獣が現れていたような。だったら、魔獣が出て来るのかなぁ?
「あれぇ?」
おかしいですね、魔獣が現れません。ただの旋風だったのかと珠恵ちゃんに言おうとしたところで、珠恵ちゃんがまた指差しているのが目に入りました。
「あっ」
珠恵ちゃんの行動に釣られて、私もその方向を向きます。すると、再び旋風が吹き上げているのが見えました。
「雪希ちゃん、魔獣だ」
え?私には魔獣は見えていないのですが、と思ったところに魔獣が現れました。
「あ、本当だ、魔獣が出たぁ」
魔獣は、黒くて大きなモグラのような形をしています。普通の動物とは違う、その黒い姿はとても不気味です。これが魔獣なのかぁと思いました。
私がそんなことを思っている間に、町内討伐隊の人達が魔獣の周りに集まり、盾の壁を作って取り囲みました。そして、その包囲網を縮めながら魔獣の視覚から攻撃を与えていって、最後には魔獣を斃しました。
そういえばと、灯里ちゃんに頼まれていたことを口にしました。
「白銀の巫女は出なかったねぇ」
「そうだね。有麗さんの言う通りだったね」
「こういう結果で、灯里ちゃんは良かったのかな?」
「さあ、どうだろうね。ともかく灯里ちゃんには見たままのことを話そうよ。それに、魔獣の出現は目撃出来たんだから良かったんじゃない?」
「まあ、確かに、魔獣が見られない可能性もあったんだもんねぇ」
「そうそう」
期待通りの結果かは分かりませんが、何にしても結果は結果です。珠恵ちゃんの言う通り、見たままのことを灯里ちゃんに話すしかありません。
それにしても、あの魔獣、初めて見たのに、初めてな気がしないのは何故だろうと心の中で思いました。
そしてその夜、私は夢を見ました。
* * *
そこは山間の里の中にある広場。私の目の前には、女性が剣を持って立っていて、その脇には黒い魔獣が横たわっていました。
「良いか、これが魔獣だ。と言っても、魔獣がすべてこんな色や形をしているのではない。魔獣と言うのは、外の世界から来た特異な獣の総称だ。いまこの世界は独立した世界として、他の世界の干渉を受けることなく存在している。そして、この世界には魔獣はいない。だが、この世界の外には、魔獣のいる世界もある。普通ならば、その世界の魔獣が他の世界に移動することは無い。だが、この魔獣がいたダンジョン世界は、もう随分と崩壊し掛かっていてな、こうした魔獣が単独で時空の狭間に飛ばされていることがあるのだ。それにより、時として魔獣がこの世界に現れることがある。そして、我らには外世界からのいかなる侵入をも阻む義務がある。よって、こうした魔獣を見付けたら、即時斃すように。良いな?」
「はい」
私は元気よく返事をする。
「良し。だが、魔獣にはもっと強大なものもいるし、小さくても危険なものもいる。魔獣を見付けても、お前の手に負えないと判断したら、迷わず身の安全を確保して仲間を呼べ。決して自分一人だけで何とかしようと考えるなよ」
「分かりました」
私はその言葉を理解したことを示すために、首を縦に振った。
* * *
翌朝、目を覚ましても、夢のことは覚えていました。でも、何処なのか、そして相手が誰かも分かりません。と言うか、こんな経験をした覚えは無いのです。なのに、この夢がただの夢のようにも思えなくて、私は一体どうしてしまったのだろうかと自分に問い掛けるのでした。




