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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第7章 胡蝶の記憶 (雪希視点)
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7-2. 喫茶室

大学に入って、早くも一か月が過ぎてしまいました。連休も過ぎて、これからしばらくは、祝日もなく、ひたすら講義を受ける毎日です。

珠恵ちゃん、灯里ちゃんとは仲良くなって、名前呼びをするようになりました。誰が言い出したか忘れましたけど、「ちゃん」付けです。高校の頃の友達は呼び捨てでしたので、新鮮な感覚です。一旦慣れてしまえば、それが当たり前になるのですが。

さて、ある日、四限の講義が終わると、私は工学部棟に向かいました。目指す場所は、工学部棟一階フロアの入って左側の一角です。

「こんにちはぁ」

私が扉を開けて入っていくと、元気な声が聞こえてきました。

「いらっしゃいませ。あ、雪希ちゃん、お疲れ様」

葵衣(あおい)さん、お疲れ様ですぅ。真弓(まゆみ)は来てますか?」

「まだだよ。雪希ちゃんが先」

「そうですか、分かりましたぁ。私、着替えて来ますね」

「うん、よろしく。待ってるから」

そう、ここは工学部棟一階にある喫茶室です。葵衣さんは、姓は来宮(きのみや)、理学部の三年生の先輩で、ここのアルバイトの先輩でもあります。真弓の姓は浜鳥(はまとり)で、私と同じ理学部の一年生。でも、学科は違って、真弓は宇宙物理学科です。何故学科の違う真弓を私が知っているのか。答えは簡単で、同じ高校の出身だからです。もっと言えば、高校の時からの親友。同じ大学に合格できて、お互い喜び合ったものです。

そんな真弓と、大学に入ったら二人でアルバイトしたいと言う話をしていたところ、真弓がこの喫茶室で学生のアルバイトを募集している情報を手に入れ、私の知らないうちに申し込んでいて、気が付いたら二人とも採用になってました。あまり社交性の無い私に接客が出来るのか不安はありましたが、真弓と一緒ですし、お客様は同じ学生が多いこともあって、何とかなっています。

もっとも、真弓とは学科が違い、受ける講義も異なるので、いつも同じ時間にアルバイトに入っているとは限りません。ただ、今日は、同じシフトなのです。

葵衣さんは、三年生で講義が減ってきていて、今日は三限が終わってからシフトに入っていました。学生アルバイトが一人の時は、店長の立石(たていし)美波(みなみ)さんがサポートに入ってくれますが、常時ではないので、学生仲間が入ってくれるのを待っていたのだと思います。

私は喫茶室のロッカールームに入り、タイムカードを打刻してから、制服に着替えました。ここの制服は白のブラウスに、ピンクのスカート、それに白のエプロンです。スカートとエプロンがお店からの貸与で、ブラウスや靴などは自分で用意することになっています。靴は割りと自由ですが、店内を歩き回る仕事のため、ミュールなど踵を抑えるものが無い突っ掛けタイプと、ヒールの高い靴は禁止されています。

着替えてフロアに戻ると、葵衣さんが忙しなく動き回っていました。そこで早速私もオーダー取りや、給仕といったホールの仕事に取り掛かります。ここは、そこまで広くは無いのですが、満席だとホール係二人でギリギリと言ったところでしょうか。ここは喫茶室と言いながらも食事も提供しているので、特に18時を過ぎた辺りから、夕飯を食べにくる人達で混雑するのです。

「ごめんなさい、遅くなったのだ」

暫くすると、真弓が来ました。真弓の髪は栗毛の天然パーマで、高校の頃はポニーテールにしていましたが、大学に入ってからはお団子サイドポニーにしています。銀縁の眼鏡をしているのは、高校の頃から変わりません。

「真弓、どうしたのぉ?」

「講義で分からないところがあって、先生に聞いていたら遅くなってしまったのだ」

「真弓らしいね」

「いやぁ、褒めないで。照れるのだ」

いえ、別に褒めてはいないのですが。

真弓は高校の頃から割りと突き詰めるタイプで、分からないところは分かるまで先生に質問してました。どうやら大学に入っても変わっていないみたいです。

「それで、真弓、着替えて来たら、葵衣さんに少し休んで貰おうと思っているんだけどぉ?」

私の言葉を聞いた真弓は、葵衣さんの様子を観察してから、私の方に向き直りました。

「そうだね、忙しくなる前に休んで貰った方が良さそうだと私も思うのだ。着替えてくるから、それまではよろしく頼むのだ」

「うん、大丈夫、任せて」

私は右手でガッツポーズをしてみせました。私は体力には自信があるのです。それは真弓も同じで、高校の時は二人してマラソンを得意にしていました。でも、あまり目立ちたくなかったので、ほどほどにしてましたが。

真弓が着替えて戻ってきて、その後一休みして貰った葵衣さんも復活したところから、段々と混雑し始めます。

そして18時半を過ぎた頃。

「いらっしゃいませぇ」

「おお雪希か。精を出しているようだの。三名だが、席は空いておるか?」

「はい、お待ちください」

織江さん達が来ました。ほぼ満席でしたが、今さっきお会計をして出て行ったお客様達がいたので、そのテーブルを急いで片付けてから、織江さん達を迎えに行きました。

織江さんと一緒に来たのは、鴻神研の修士の二人、修士二年の朝霧(あさぎり)さんと、修士一年の山崎さんです。朝霧さんは男性なので、みんな苗字で呼びますが、山崎さんは女性なので、私達は名前で萌咲(もえ)さんと呼んでいます。夜は三人とも研究室にいるようで、いつも一緒に食べに来ます。理学部棟には食事するところが無いので、手近な工学部棟までやって来ているのです。ここが満席のときは、上の階にある食堂に行っているみたいです。

三人を四人席のテーブルまで案内すると、体格の大きい朝霧さんが一人で座り、その向かい側に織江さんと萌咲さんが二人並んで座りました。私が見ているときは、いつもこの並びですね。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

知り合い相手に、この台詞を言うのも気恥ずかしいものがありますが、これもお仕事なので我慢です。

「僕はA定食を五穀米で」

「私はC定食が良いかなぁ。ご飯は白米ね」

喫茶室で出している食事は、ABC三つの定食しかありません。Aはお肉系のご飯付き定食、Bはお魚系のご飯付き定食、Cは丼ものか麺類の一品物です。ご飯は白米か五穀米が選べます。今日のA定食のおかずはハンバーグ、B定食はアジフライ、C定食はスパゲティのナポリタンになってます。朝霧さんと萌咲さんはさっさと注文を決めてしまいましたが、織江さんは何やら考えている風です。

「なあ、雪希よ。ABCの三つだけと言うのも味気ないよのう。D定食やら、裏メニューやら頼めば出て来たりせんのか?」

「そうですねぇ。三つの定食以外だと、今日の賄いかなぁ。でも、運が良くないと食べられないんですよねぇ」

「なんじゃ、その運とは?」

「私達、ここの営業が終わってから夕飯なんです。まあ賄いみたいなものですが、普通だと定食のどれかを選んで食べさせて貰うだけなんですよぉ。だけど、たまにAとBの両方が売り切れちゃうことがあって、そういう時は残った食材で別のおかずを作ってくれるんです。それが結構美味しくて。織江さんも試してみますぅ?店長にお願いしてみても良いですよ?ただ、閉店まで待って貰わないといけないんですが」

「いや、止めておく」

織江さんは、店長のところに向かおうとしていた私を止めるように、右手を挙げました。

「考えて貰って悪いのだが、我もいつもの中から選ぶぞ」

「そうですか?」

「ああ、我はAで頼む。白米な」

「畏まりました。そうするとAが二つ、一つが五穀米で、もう一つが白米、それからCが一つですね。暫くお待ちください」

私はオーダー端末の入力内容を確認して送信したあと、お辞儀をして下がります。そして、厨房の配膳台を見て、用意された注文の品が無いのを確認すると、注文端末をエプロンのポケットに入れて、空いた席のテーブルの片づけに行きました。

使い終わった食器をお盆の上にまとめ、テーブルを拭いた後、食器類を下膳口まで持って行ってから再び配膳台の様子を見ます。A定食のおかずが二つ出ていたので、織江さん達のが準備されているようです。それを見た私が配膳台に行くよりも早く、真弓が定食のご飯や味噌汁や小鉢の準備をして持って行ってくれていました。私は、後から出て来たC定食のスパゲティに、食器とサラダを用意してテーブルに向かいます。

「どうぞごゆっくり」

そこでは、真弓が織江さん達のテーブルの前でお辞儀をして下がろうとしているところでした。

私は真弓がテーブルから離れた後に入れ替わりで近付いて、萌咲さんにC定食を出しました。その時ふと見て、織江さんが真弓を視線で追いかけていることに気付きました。

「織江さん、真弓がどうかしましたぁ?」

「うん?あ奴もお主と同じように、良い肉付きをしとるな、と思うたのだ。しかも、お主とは違って、日頃から鍛えているようだの」

「え?そうですかぁ?真弓はそんなに運動していなかったと思うんですがぁ」

「そうか?では、我の気のせいかもな?しかし、興味深い故、我が研究室に勧誘してみたいのう」

「拉致するんですかぁ?」

「勧誘だと言うておろうに」

「本当ですかぁ?」

私は織江さんに疑いの眼差しを向けました。

「我は嘘は言わぬぞ」

織江さんは鼻息荒く、言い返して来ました。でも、怒っている風ではないです。

「はい。でも、真弓は宇宙物理学科だから、学科が違いますよ」

「その気になれば、転科もできるぞ」

「何のために転科しないといけないんですかぁ?それに真弓は宇宙が好きなんですよぉ。昔から天体観測していたんですから」

「そうなのか?天体観測をのう」

「はい、良く望遠鏡で宇宙を見ていましたから?ん?」

話しながらハタと考えました。真弓が望遠鏡を見ていたのって何処でだったんだろう?高校で出会って以来、真弓が望遠鏡を眺めていたことってあったっけ?

自分で自分の言葉に違和感を覚えたのでした。


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