6-41. そして大学祭
四月になって、私は大学二年になりました。
梢恵ちゃんとの試合後、三月中のイベントが無かったかというとそんなことはなく、北の封印の地に幻獣が出ました。いざという時に参戦できるようにとの名目で、私達は時空管理室から戦いの様子を眺めていました。結局、出番は無く柚葉ちゃん達が出現した氷竜を斃しました。そして、その戦いの後、氷竜の身体の一部が時空管理室に届けられたので、ゾーンを使った私達の攻撃が効きそうかを試しました。
結果から言えば、季さんと私の攻撃は氷竜の堅い鱗でも通すことができる、藍寧さんはギリギリ何とか攻撃が通じる、と言うもので、やはり相性はありそうです。柚葉ちゃんはゾーンを使わずに攻撃して通用していましたからね。相性から言えば、柚葉ちゃんが一番なのは間違いないと言うのが、私達の中での結論です。
さて、大学二年になって変わったかと言うと、それほど大きな変化は感じていません。一年の時より、専門的な講義が増えた感じがする、くらいです。灯里ちゃんは相変わらず忙しそうですけど、たまに剣の練習に付き合っていますし、雪希ちゃんとは時折打ち合いをやっています。
雪希ちゃんとの打ち合いでは、いつも力の眼以外の巫女の力は使わずにやっています。でも、雪希ちゃんの技術力が上がって来ていて、流石に最近辛くなってきています。身体強化を使ってしまおうかという気持ちを、勝つことが目的ではないのだからと自分を言い聞かせることで抑え込んでいます。冷静に考えれば、力を使わずに訓練する方が私にとっても良いことなのですけど、打ち合っていると、ついつい勝ちたくなってしまうのです。
そうした一年の延長のような日々が続き、六月になり大学祭の日がやって来ました。
朝、研究室に行くと、織江さんは髪をツインテールにして、黒と白のゴスロリの衣装を身に纏っていました。
「織江さん、おはようございます。やっぱり大学祭はゴスロリなんですね」
「まあ、特別な催しだからの。敬意を表さねばなるまい」
「今年は眼帯は付けないんですか?」
「毎年同じなのもどうかと思うてな。それよりお主は同じ衣装にはならぬのか?今年は、我が祝福を得て初めての祭りなのだ、それを記念しても罰は当たらぬと思うが」
「祝福じゃなくて、おまじないでしたよね?と言うか、この前は加護って言ってませんでした?」
「珠恵よ、些事は気にするでない。いずれも似たようなものだ。それで、どうだ、揃いの衣装も良いと思うぞ」
「いやー、私には似合わないと思うんですけど」
「そんなこともないと思うのだが。今着ているそれは、学科のか?」
「ええ、そうですよ。地球科学科二年のTシャツです」
「揃いのTシャツでは仕方が無いか。ではせめてそのGパンは止めて、黒のミニスカートにすると言うのはどうだ?」
「それ、ひらひらのフリルの付いたスカートのことを言ってますよね」
私はそんなスカートを身に付けた自分の姿を思い描いてみました。
「いやー、それはちょっとどうなんでしょう?」
「ぶつぶつ言っておらんと、さっさと着替えよ。我のを貸し与えるが故」
私は織江さんに引っ張られて、続きの部屋に連れ込まれてしまいました。
「えーと、お主に合いそうなのはどれだ?」
織江さんは、引き出しの中を覗いて、服を選んでいます。
「おお、これでどうだ?これなら腰にゴムが入っておるから、お主でも入るだろう。ほれ、珠恵よ、着替えい」
これも織江さんのおまじないのおまけなのでしょうか。織江さんに黒のミニスカートを押し付けられ、私は渋々靴を脱いでGパンからスカートに履き替えました。
「織江さん、これ短くないですか?」
「ん?そんなもんだろう?そうか、見せパンが必要か」
いや、そう言うことを言ったつもりではなかったのですけど。
織江さんは、別の引き出しから黒の見せパンを引っ張り出し、私に差し出しました。
「ほれ、これを履くと良い。ただ、お主の尻が大きいと、きついかもしれんがな」
私に向かって、ニヤニヤしました。
私、そんなにお尻大きくないですから、と渡された見せパンを履いてみました。うーん、きついかも。でも我慢できなくもない。
と、そこで靴を履こうとして気が付きました。今日履いて来た靴はスニーカーです。流石にこのスカートにスニーカーは無いのでは。こんな組み合わせを人様には見せたくないー。
切羽詰まった私は、織江さんにすぐ戻りますと言って、靴を持ち、自分の部屋に転移しました。
自分の部屋ならある程度のものはあります。こんなフリルのミニスカートは無いんですけど。
私はタンスから、黒の見せパンに、柄の入った黒のニーハイソックスを取り出し、履き替えました。それから玄関に行き、靴を選びます。今日は大学祭で歩き回るのでスニーカーを止めるにしても、歩きやすい靴でないと辛いです。考えた結果、ヒールの低い黒のパンプスにしました。まあ、これで体裁は整う筈です。恥ずかしいことには変わりないんですけど。
私は転移で戻るのを分かり易くするために、織江さんの側に技と転移陣を展開して転移しました。私が自分の部屋に戻っている間、織江さんは大人しく元居たところで待っていてくれたようです。
「織江さん、どうですか?足元をスカートに合わせてみましたけど」
「良いのではないか?似合うておるぞ」
「そうですか、良かった。そうそう、織江さんの見せパンは今度洗って返しますので」
「そんなこと気にせずとも良いが、分かった。ともかく、研究室に戻ろうぞ」
私は、織江さんに押されるようにして研究室に戻りました。
研究室では八重さんが作業台のところでお茶を飲んでいました。
「二人して何をしてたんだ?」
「珠恵の服装を我に合わせておったのだ。どうだ、似ておるだろう?」
「珠恵の学科Tシャツがあれだが、後は良いんじゃないか?」
「そうであろう。そうだ八重、記念に二人の写真を撮ってはくれぬか?我のスマホでな」
「ああ、それくらいお安い御用だ」
八重さんは、織江さんから渡されたスマホで、私達の写真を撮ってくれました。織江さんのリクエストで、何通りものポーズをさせられました。こんな恥ずかしいものを記録に残してしまうなんて。
「珠恵よ。後で写真は送っておいてやるからな。大事にせよ」
「ありがとうございます」
織江さんとの写真は嬉しいけど、他の人に見せるのは恥ずかしいなぁ。
「あ、そろそろ時間なので、私、学科の出店に行ってきます」
「存分に楽しんでくるが良い」
私は研究室を出ました。今年の学科の出店は、焼きそばです。昨年度はソーセージの種類で揉めましたけど、今年は割りとすんなり決まりました。役割分担を決める中で、私は調理係になっています。
恥ずかしい格好ですし、調理係でもあることもあって、出店の中で焼きそば作りをしていようと思っていたのですけど、この格好なら客引きしかないだろうと同期に言われ、出店の外で行き交う人に声を掛けることになってしまいました。まあ、お祭りだし、もっと派手な格好している人も沢山いるし、大丈夫だと自分に言い聞かせながら、客引きの役目をやり通しました。
出店の当番が終わって、研究室に戻ってみると、織江さん、雪希ちゃん、八重さんの三人が話をしていました。雪希ちゃんは私と同じ学科Tシャツを着ています。
「珠恵ちゃん、お疲れ様ぁ。あれ、何か可愛い格好してるねぇ」
「織江さんに無理やり着せられちゃってね」
「何を言っておる。お主だって悪い気はしておらぬだろうに」
織江さんに突っ込まれます。まあ、出店の客引きをやっているうちに、大分慣れました。
「珠恵ちゃんが戻って来たってことは、そろそろ私行かないといけないってことだよね」
「あ、雪希ちゃん、まだ大丈夫だよ。私、次に受付当番があるので、早めに抜けさせて貰ったから」
「そうだったんだ」
「それより、三人で何を話してたの?」
「前世を持つ者がいるだろうかという話をな。珠恵、お主はどう思う?」
「前世かぁ。私には前世の記憶とか全然ないですけど、前世の記憶を持っている人はいるかも知れないですね」
「いや、珠恵、前世の記憶を持つ者は実在したのだぞ。なあ、八重」
「ああ、信じていない者もいたようだが、高校のときの同級生にいたんだ。もっとも、記憶だけで、他は何の能力も持っていなかったがな」
「へえ、いたんですね。前世の話、聞いてみたいな」
「珠恵、お主の周りにもいるかも知れぬぞ」
「そうですね。そういう人がいたら、私、信じます」
と、そこまで話したところで、研究室に戻って来た目的を思い出しました。
「あ、私、受付に行かないといけなかったんだ。着替えるんで、隣の部屋借りますね」
「ああ、好きにせい」
織江さんの許可を貰って、私は鞄に入れていた替えのTシャツを持って続きの部屋に行き、Tシャツを着替えました。今度は、大学祭の事務局のTシャツです。私、今年は大学祭のお手伝いもするんです。
「それじゃまた、行ってきます」
「あ、待って、私も行くよぉ」
私が研究室から出ようとすると、雪希ちゃんが付いて来ました。私達は並んでエレベーターのところに向かいます。
「ねえ、珠恵ちゃん、前世があるって言われたら信じるって、さっき言ってたけど、本当に信じられるの?」
「聞いてみないと分からないけど、きっと信じられるよ。それって、その人に大切なものなんだと思うし、そんなこと無いって言うのは失礼じゃないかな?」
「ふーん」
雪希ちゃんは、それきり言葉を発しず、何か考えているようでした。そのまま私達はエレベーターに乗り、一階に着いたら方向が別だったので分かれました。
大学の正門前に設置したテントまで行くと、それまで受付をやっていた人と交代して、受付の仕事を始めました。朝のこの時間は、ひっきりなしに人がやって来るので、大変です。
受付の前には列が出来ていて、私も含めた受付係で順番に応対していきます。そうした中、一人の女の子が私の前に立ちました。高校のと思しき制服を着て、髪は頭の後ろでまとめて簪を一本挿しています。
見覚えのある顔、でも彼女がその人であると確信したのは、見るともなしに見えた彼女の魂の形に刻まれた数字を見たからです。普通なら感じるべき巫女の力を感じないことも、それによって知れました。でも、私は気付かないふりをして、彼女に笑顔を向けました。
「西早大の大学祭へようこそ。受付しますので、ここに名前と年齢を書いて貰えますか? 20歳以上でお酒を飲む人は、身分証明書の提示もお願いしています。あと、高校生でしたら、学校の名前も書いて貰えると嬉しいです」
「はい」
彼女は置いてあったペンを持つと、迷うことなく受付用紙に記入しました。そこには「督黎学園高校 南森柚葉17歳」とあります。
「ありがとうございます。これ、大学祭のパンフレットです」
私が差し出したパンフレットを、彼女は素直に受け取りました。その仕草を見て、私は再び彼女に微笑み掛けます。
「大学祭を楽しんでいってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
彼女は私にお辞儀をすると受付から離れていきました。そして、隣で受付をしたセミロングの髪をハーフアップにした子が合流し、二人で連れ立って正門から大学の中に入っていきます。
あの子たちが来年この大学に来てくれると楽しそうなんだけどな。
そう思いながら、受付の順番待ちをしている次の人に声を掛けました。
これで第六章は終わりです。
柚葉の出番が最後の最後だけになってしまいました。
でも、このお話を書いてみて、柚葉一本槍じゃなくても良いのかなぁと思ったり。
あ、いえ、この先柚葉のお話を出さないということではないですから。
それと、裏の人は出すつもりが無かったのですが、いつの間にか季さん出て来てしまいました。
第七章は、10/3にスタートの予定です。




