6-37. 説得
日曜日。梢恵ちゃんと一緒に、朝から西の封印の地に向けて電車で移動を開始しました。
隣り合った席に座り、リクライニングシートを傾けて寛いだ格好で、いつもなら会話も弾むところですけど、明日の試合のことばかりが頭に浮かび、口数が少ないまま時間が過ぎていきます。
その沈黙に耐えかねたのか、どうしても気になったのか、梢恵ちゃんから声を掛けてきました。
「なあ、珠恵ちゃん。今、どれくらい強いんの?」
「んー。最強?」
「ねえ、ふざけんといて。うち、真面目に聞いてんのや」
梢恵ちゃんは、体を起こして私の方に向きました。
どうやら、梢恵ちゃんは私が冗談を言っていると思ったようです。まあ、普通に考えればそうなんですよね。信じろって言う方が難しいのくらい、私も分かっています。梢恵ちゃんが信じられるくらいに控えめなコメントにした方が良さそうだと思いました。
「私、ふざけているつもりはないんだけど。ともかく、本部の巫女と対等に戦えるくらいは強くなってるんだよ。本当だからね」
「それホンマなん?」
「ホンマ、ホンマ、本当のことだよ。まあ、どっちにしても試合で分かるけど」
「確かにそうやな」
梢恵ちゃんは、前を向き直すと背を倒してシートに寄りかかりました。
「知恵ちゃんのことが心配?」
「ああ、矢鱈自信を持っているんやけど、実力はまだまだや。知恵は外の世界を知らな過ぎるんや」
「それは仕方が無いんじゃない?封印の地の巫女は、普通、他のところの巫女のことなんか、知る機会がないんだもの。私だって東京に行かなければ、美玖ちゃんくらいしか知らなかったんだし」
「そやな」
梢恵ちゃんの穏やかな返事があって、そして、再び沈黙の間が訪れます。
私が列車の窓から見上げた空では、雲がゆっくりと移動しています。大阪の高校時代が終わり、東京の大学生活ももう一年近く。新しい友達もできたし、巫女の知り合いも増え、自分の巫女としての在り様も随分と変わってしまったなと感慨にふけりました。
顔を横に向けると、目を開けているものの、不安げな顔で物思いにふけっているような梢恵ちゃんの顔が見えました。
「ねえ、梢恵ちゃん」
「なんや?」
「私、知恵ちゃんとは戦わないといけないけど、でも、絶対に悪いようにはしないから。だから、信じて」
梢恵ちゃんは、私の方に目を向けました。梢恵ちゃんと私は互いの目をじっと見つめて、そして梢恵ちゃんの方が先に逸らしました。
「分かった、信じる」
「約束だからね」
「ああ、約束や」
それからも、ポツリ、ポツリと話しながら、西の封印の地に向かったのでした。
移動は途中トラブルなく進みましたけど、元から遠い道のりだったので、出雲市の駅に着いたら暗くなる時間になっていました。それで、駅の近くの店に入って夕飯を食べ、迎えに来てくれた父の車で西の封印の地に入りました。
西の封印の地の母屋は、増築されて二世帯住宅になっています。入っている二つの世帯とは、私の生まれた本家と、叔母さんの分家です。そう、叔母さんは結婚するときに母屋に住む権利を主張して、結局、祖母は母屋を増築して叔母さん一家をそこに住まわせたのです。
なので、梢恵ちゃんと私は一緒に玄関から入り、それぞれの部屋に向かいました。私達の部屋は二階にあります。元からある母屋の二階と、増築した側の二階は廊下で繋がっているので、梢恵ちゃんの部屋と私の部屋は、すぐ近くです。部屋に荷物を置いて廊下に出ると、梢恵ちゃんも出て来たので、二人一緒に本家の当主である祖母のところに帰省の挨拶をしに向かいました。
祖母の私室は、一階の執務室の隣です。私達が部屋に入ったときには、ゆったりとした椅子に座り、読書をしていました。私達が部屋に入ると、祖母は手にしていた本に栞を挟んで閉じ、小さなサイドテーブルに置くと私達の方を見ました。歳は余裕で70を超えていますけど、見た目は普通の人の50歳前後といったところでしょうか。
「弓恵さん、ただいま戻りました」
ここでは皆、名前呼びです。祖母であっても弓恵さん、なのです。
「良く戻りました、二人とも。もっとも、もう少し顔を出してくれても良いのですよ。まったく、ごくたまにしか帰って来ないと思ったら、試合をするとか言っているようですけれど、どうなっているのです?」
「絹恵さんが、梢恵ちゃんの将来のことで変なことを言い出したと聞いたので、そろそろ決着をつけないといけないと思いまして。知恵ちゃんと私の試合を許可して貰えませんか?」
「そんなの駄目に決まっているでしょう。巫女同士で争うものではありません」
「だったら、絹恵さんの暴走を止めて貰えませんか?巻き込まれている梢恵ちゃんが可哀そうです」
「それは分家の中の問題でしょう?こちらから口を出す話ではありません」
凡そ想定された答えが返って来ました。そう、この問答は今回が最初ではありません。私が小さい頃からこんな感じだったのです。なので、叔母がいくら知恵ちゃんをけしかけようとしても、祖母が決して試合を許可しなかったので実現したことがありません。今回も祖母が許可しないだろうことは想定の範囲内です。
私は小さな溜息をつくと、梢恵ちゃんの方を向きました。
「ねえ、梢恵ちゃん。弓恵さんと私の二人にしてくれないかな?二人で話がしたいんだ」
「え?珠恵ちゃん、大丈夫なん?」
「大丈夫だから、ね。ここは私に任せて」
私は梢恵ちゃんの肩に手を掛けると、ぐるりと後ろに向きを変えさせて、部屋の扉に向けて押しました。梢恵ちゃんは、私に抵抗することなく、扉を開けて部屋の外に出ていきました。
私は扉が閉められたのを確認すると、ゾーンを起動して部屋全体を包み込み、結界を張りました。
「結界ですか?何をしようと言うのです?」
祖母は、椅子の上で身体を起こし、構えたような姿勢になりました。
「手荒なことはしませんよ。だけど、ここから先は秘密の話なので、誰にも見たり聞いたりできないようにしたいんです」
「秘密とは一体何です?」
「まあ、少し待ってください」
私は左手を横に伸ばすと、その掌を起点に部屋の床から私の背の高さの上まである大きな時空の窓を作りました。そして、その窓の向こうにあるモノをイメージすると、ソレは現れて時空の窓の前までやってきました。さらに、それは時空の窓に近付き、遂には張り付きました。ソレが窓に張り付くとともに、それの壁に見えていたものが消え、向こう側の光景が見えるようになりました。
「珠恵、あなたいつの間にこれだけのことができるようになったのです?」
「まあ、最近、色々と教えて貰いまして」
窓の奥には、六つのモニター画面が見えています。そのモニター画面の前に、大きな背もたれのある椅子が二脚向こう向きになって置かれているように見えます。そして、左側の一つが回転してこちらを向き、そこに人が一人いたことが明かされました。その人は椅子から立ち上がり、私が作った窓の方に向けて歩いて来ます。
「そこは何です?そして、あなたはどなたです?」
祖母は、椅子から立ち上がり、窓に近付いていきました。
「ここは時空管理室。そして、私は創られし巫女No.31、季です」
季さんは、優雅に、そして口数少なく名乗りをあげました。
「時空管理室、31、季――」
祖母は、記憶を探るように、季さんの言葉を繰り返しました。そして、ハッとした顔付きになりました。
「もしや、あなたは時空の申し子、最強の戦巫女なのでは?」
祖母の言葉に、季さんは少し苦笑気味に微笑みます。
「私、自分でそう名乗ったことはないのですけれども。確かに、そう言う人はいますね」
そうですよね。私も自分でそうは言いたくないです。
「どうしてあなたが現れるのです?これまでまったく表には出て来なかったのに」
「どうしてって、珠恵ちゃんに頼まれてしまいましたから。あなたの説得を手伝って欲しいって。珠恵ちゃんは私の一番弟子ですからね。頼まれたら嫌とは言えませんし」
「珠恵があなたの一番弟子ですって?」
驚愕の色に包まれた祖母の顔が私に向けられました。なので、私はニッコリ微笑み返してあげました。
そんな祖母に、季さんが追い打ちを掛けます。
「そうですよ。異空間を繋げる手際も良かったでしょう?それに戦い方もきっちり仕込みましたから」
「戦い方もって、珠恵、あなた最強の戦巫女の手解きを受けて、どれだけ強くなっているの?」
祖母の目には半分くらい恐怖の色が混じっているような気がして、まともに答えたくなかったので、微笑んで誤魔化します。
そこへ、新しい声が響きました。
「分かったか弓恵よ、結果は見ずとも明らかだろう?」
時空管理室のもう一つの椅子が回転し、こちら側を向いていました。声の主は織江さんです。
織江さん、今日は髪をツインテールにして、ゴスロリ衣装です。祖母の説得のために、気合を入れてくれたみたいです。
祖母は声のした方を向き、再度驚きの表情になりました。
「あなた様は――」
「久しいな、弓恵よ。以前会うたときは青二才だったが、しばらく会わんうちに随分と老けたな」
祖母は、膝を付き、さらに手も床について、がっくりと項垂れています。
「あなた様まで珠恵に付いているとは」
「なあ、弓恵よ。珠恵と知恵の実力差は、大人と赤子のそれに近しいものだ。最早試合にはならぬよ。珠恵がやりたいと思うておるのは、試合という名の寸劇なのだ。それでもお主は否と言うのか?」
「いいえ。あなた様にそこまで言われて否とは言えないでしょう。まったく、珠恵にも驚かされました」
そして祖母は立ち上がりました。
「珠恵、明日、知恵との試合を許可します。そして、決着を付けなさい」
「はい、ありがとうございます」
こうして、試合の開催が正式に決まったのでした。




