6-30. 灯里への報告
翌日、灯里ちゃんからの呼び出しが掛かりました。昨日の話が聞きたいのでしょう。思い返すと、殆ど灯里ちゃんには言えない話ばかりですけど、それはそれと割り切って出掛けました。
集まるのは今回も新宿です。改札前で集まって、適当なお店に入ることにしています。私が集合場所に着いたのは、約束の時間の五分くらい前、そこには雪希ちゃんがいました。
「雪希ちゃん、こんにちは。灯里ちゃんはまだ?」
「珠恵ちゃん、やぁ。灯里ちゃんは、見てないよぉ。後から来るんじゃない?」
「じゃあ、もう少し待ってよか」
それから待つこと五分と少し、灯里ちゃんがやってきました。
「二人ともおはよう。ごめん、待たせちゃった?」
「大丈夫だよ、集合時間は今だし。お店の方に行こう?」
私達は連れ立って新宿の街中へと入っていき、美味しそうな和風の甘味処を見付けたので、そこに入りました。
夏の盛りのこの時期、かき氷もありましたけど、せっかくの甘味処なので、やっぱり冷たいあんみつです。他の二人も同じように思ったのか、三人ともクリームあんみつを頼みました。
「それでさぁ、昨日は結局どうだったの?」
早速、灯里ちゃんが尋ねてきます。
「出たよぉ、魔獣。大塚の駅前に。珠恵ちゃんと何処にしようか相談して行ったら、当たった」
「たまたまだけどね。モグラのような中型の魔獣だったよ」
雪希ちゃんの答えを、私が補足します。
「白銀の巫女は現れたの?」
雪希ちゃんと二人して首を横に振ります。
「出なかったよぉ。と言うか、その前に有麗さんから、今回は黎明殿は動かないし、私達にも何もしないようにって言われたんだぁ」
「え?そうだったの?どうして?」
「えーと、魔獣の出現が予測されるたびに黎明殿が動くと思われたくないって言ってたかなぁ?」
「何で?黎明殿の巫女って正義の味方じゃないの?」
「んー、慈善団体でも正義の味方でもないって言ってたようなぁ。そういう勘違いがあると困るって」
「か、勘違い、なの?」
灯里ちゃんは、期待と違う話を聞いて、面食らったような顔をしています。
「それじゃあ、黎明殿の巫女は、何のためにいるの?」
「どうなんだろう?」
雪希ちゃんは、答えが分からないと言う表情です。まあ、そうですよね。ここは私が答えないといけないところです。
「灯里ちゃん、黎明殿の巫女は、外敵からこの世界を護るためにいるんだよ。そこは間違いじゃないんだけど、だからと言って何でもやる訳でもないし、やれもしない。普通の人がやれるところは、普通の人がやらないといけないのだと思うんだ。今回の場合は、中型の魔獣が一体だったから、地元の討伐隊がやるのが普通なんだよ。実際、白銀の巫女が現れるまでは、ずっとそうだった筈だしさ」
「だったら、白銀の巫女は何で街中に出た魔獣を斃していたの?」
灯里ちゃんは食い下がります。まあ、気持ちは分からないでもないです。
「白銀の巫女には、白銀の巫女の考え方があったんじゃないのかな。白銀の巫女の活動については、黎明殿本部は関知していないらしいから。でも、今は本部の巫女として登録されたんでしょう?そうなったら、本部の指示に従うしかないじゃない。勝手なことはできないんだよ」
「そうなのかも知れないけど」
灯里ちゃんはガックリと肩を落としました。言いたいことは伝わったみたいですけど、まだ心の中で受け入れるには時間が掛かりそうです。
「まあまあ、灯里ちゃん。あんみつ食べれば心が癒されるからさぁ」
「うん、そうだね」
雪希ちゃんに促されて、あんみつを口にする灯里ちゃん。
「甘くて、美味しい。元気が出そう」
雪希ちゃんに微笑みかけます。雪希ちゃんは、雰囲気を和やかにする才能があるなと思いました。
「それで、灯里ちゃんの方は、昨日はどうだったの?何かやろうとしてたんだよねぇ?」
「そうなんだけど、元々私の計画は、白銀の巫女が活動を続ける前提だったから、失敗だったかな」
灯里ちゃんは、あははと笑いましたが、少し乾いた笑いになっていました。
「だけど、今度お仕事で平泉の世界遺産に行くことになったんだよ」
「へぇ、平泉良いねぇ。灯里ちゃんのお仕事ってどんななのぉ?」
「え?あ、えーと、ごめん、それは言えないんだ」
「秘密なお仕事?気になるなぁ。でも聞かないでおくね」
確かに気になります。その気になれば、灯里ちゃんにマーキングして、何処にお仕事に行っているのか調べることもできますけど、興味本位だけでやることではないなと思いました。
「雪希ちゃん、ありがとう。秘密だけど、やましいお仕事じゃないからさ。そこは心配しないでおいて」
「分かったぁ。それで何で平泉なの?灯里ちゃん、世界遺産が好きなの?」
「うん、世界遺産好きだよ。だけど、今回平泉にしたのは、その近くに封印の地があるらしいって聞いたから」
「え?誰に?」
思わず尋ねてしまいました。勿論、その前にゾーンを展開して会話結界陣も起動してます。ゾーンと併用すると、会話結界陣の効果範囲がゾーンの中になって、ゾーンの形を変えることで、自由に効果範囲を設定できると昨日季さんに聞いたからです。なので、今は三人を囲むように薄くゾーンを展開しています。当然のように、灯里ちゃんも雪希ちゃんも気付いた気配はありません。それにしても、封印の地のことを軽々しく灯里ちゃんに言ったのは一体誰なのでしょう?
「ん?織江さんだけど?研究室で私が『封印の地に行ってみたいなぁ』って呟いたら、織江さんが『この時期は暑いから北に行ってはどうだ?平泉の辺りにあるみたいだぞ。もっとも、許可された人間でないと近付くことはできんがな』って言ってくれたんだよね。織江さんは先生が前に調べてたって言ってて、自分で行ったことはないんだって」
あー、なるほど、織江さんですか。とは言え、織江さんも理由もなく教えるとは思えないので、何か意図があるのでしょうか。
「ふーん、私も封印の地に行ってみたいなぁ。勝負して貰えないかぁ」
雪希ちゃんの興味はそちらですか。と言うか、私と何度も勝負しているのに。まあ、私が封印の地の巫女だと教えていないので、そうなりますよね。
「あれ?雪希ちゃん、勝負するなら有麗さんとで良いんじゃないの?封印の地の巫女より、本部の巫女の方が強いって聞いたことがあるよ」
「そうだったんだぁ。そう言えば、有麗さんとは勝負したことなかったな。今度お願いしてみようかなぁ?」
確かに雪希ちゃんは強いんですけど、季さんの話からすれば本部の巫女はアバターの身体なので、そもそも身体能力が高くて、さらに身体強化を使えば普通の人ではまったく太刀打ち出来なくなる筈です。でも、雪希ちゃんは、そんなことは分かっていて、自分の技が何処まで通用するのかを試してみたいのかも知れません。
「有麗さんなら、きっと勝負を受けてくれると思うよ。でも、有麗さんはどれだけ強いんだろうね」
そうですね。灯里ちゃんと同じ気持ちです。そして今、私はどれだけ強いのでしょうか?季さんの話振りからすれば、有麗さんよりも強くなれていることになるのですけど、昨日の今日でゾーンを使った戦いなどしたことないですし、雪希ちゃん相手に試すのはダメだと分かっています。同じくゾーンが使える人、つまり、藍寧さんか季さんにお願いするしかなさそうです。
「珠恵ちゃん、どうかしたのぉ?」
雪希ちゃんが私の顔を覗き込んでいました。考え事に囚われて、ボーっとしてしまっていたようです。
「あ、ううん、ごめん、何でもないから。それで、灯里ちゃんはいつ平泉に行くの?」
「三週間くらい先だよ」
「それじゃあ、大学は大丈夫だね」
「うん、そう。補講期間だけど、私、受けないといけない補講は無いし」
「だったら思い切り楽しめるね。あ、お仕事だっけ?」
「お仕事だけど、楽しんでくるよ。お土産買って来るね」
「楽しみにしてる。気を付けて行って来てね」
「はーい」
灯里ちゃんの旅の無事を祈ります。




