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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第6章 導く者 (珠恵視点)
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6-27. 珠恵の第二の実験

金曜日のお昼前、私は雪希ちゃんと大塚駅前にいました。

本当は一人で来たかったのですけど、雪希ちゃんと一緒に灯里ちゃんからお願いを受けた以上、一人と言う訳にはいきませんでした。いえ、一度は複数個所に分かれることも考えたし、雪希ちゃんにもそう提案もしました。でも、二人で三箇所は見られないし、だったらいっそのこと二人で一番魔獣が出そうなところに行こうと雪希ちゃんに言われたら、否とは言えなかったのです。

雪希ちゃんと私が立っているのは、駅舎の南側。目の前には南口広場と路面電車の線路が見えています。織江さんと考えていた実験は、時空活性化陣を使って魔獣を出現させられるか、です。藍寧さんから聞いた話だと、これまでは召喚陣を使っていたそうです。召喚陣は、時空認識が出来ない人でも使える作動陣で、どうやら周辺の孤立異空間を強制的に呼び寄せて、魔獣を出現させるように機能するもののようでした。今回は、召喚陣ではなく、時空を活性化させるだけなので、本当に魔獣を出現させられるかは分かりません。駄目なら召喚陣を使うことになっています。

それで、魔獣の出現可能性が高い、つまり、孤立異空間の軌道の円の正面に位置するのは駅の北側なのですけど、実験なので敢えて南側に出現させるかを試します。南側で実験するので、南側の方が良いかと言うと、実際には、遠隔で力を使うので、駅の北側と南側のどちらにいても支障はありません。北側にいた方が、魔獣の出現との関係性を疑われる心配は少ないという考え方もあります。一方、魔獣がどう出現するか自分の目で見たいと思えば南側です。どちらも一長一短で、自分で決めきれなかったのと、灯里ちゃんが予測した三箇所のうち大塚にしようと言ったのは私なので、北か南かは雪希ちゃんに選んで貰って、結局南側になりました。

「ねえ、珠恵ちゃん、大塚に魔獣が現れるかなぁ?」

「どうかなあ。確率は三分の一だから、現れたらラッキーだよね」

本当は大塚で確定なのですけど、雪希ちゃんにはそんなこと言えません。心の中でごめんなさいと何度も言いながら、嘘の返事をしてしまいました。

「突然現れて、被害が出ないと良いんだけどぉ」

「町内討伐隊の人達が警戒しているし、防災放送で出歩くときは注意するように呼び掛けているから、大丈夫じゃないかな」

実際、駅前の人通りは少ないですし、剣と盾を持った人たちのグループが歩いているのが見えています。一方で、見物人のような人達の姿も見えます。雪希ちゃんと私も、周りからは見物人に見えているだろうと思います。

「もうそろそろかなぁ?」

雪希ちゃんは、時計を見てから、私を見て、目の前の広場の様子を眺めます。こんな風にチラチラを見られてしまうと、中々力を使えません。時空活性化陣だけなら何とでもなりますけど、力の眼を使うとどうしても目が虚ろになりがちなので、雪希ちゃんに分かってしまうかも知れないからです。タイミングを見計らうために時間を費やせるのかどうか、そろそろ怪しい時刻になってきました。仕方がありません、雪希ちゃんの気を私から逸らせる作戦に出ます。

「雪希ちゃん、あれ何だろう?」

私は声を掛けながら、広場の中央を指差します。そこでは、風が円状に吹いて、土埃が舞い上がっていました。

「竜巻?それにしては小さいよねぇ」

どうやら雪希ちゃんの興味を引けたようです。勿論、私が旋風陣を使っているのです。これから魔獣を呼び出そうとするので、その周辺に人が居ないことも確認済です。そして、ここからは急いで事を進めないといけません。

旋風(つむじかぜ)の中央にある見えない旋風陣に重ねるように、見えない時空活性化陣を起動し、更に力の眼も開きます。同時に三種類も発動させて、自分も随分と器用になったものだなと軽く感慨にふけりました。時空活性化陣により生じた時空の揺らぎを通して見た孤立異空間の軌道は、目の前にありましたけど、随分と拡がっています。そして、薄く広がった中に、チラホラと濃い部分がまだら模様のように散らばっているように視えます。しかし、時空の揺らぎの窓の真正面は軌道の密度の薄い部分で、このままだと魔獣が現れる可能性は低そうに思えます。

そんなとき、私は、藍寧さんが共用異空間の扉を設置したときのことを思い出していました。あの時、時空の揺らぎ窓の向こう側に見えていた扉が、藍寧さんの左手のところに近付くように動いていました。しかし、藍寧さんは時空活性化陣を展開したままで、他の作動陣は使ってなかったように見えました。そうなら、私にもできるかも知れません。

でも、どうしたら?私は思いを巡らします。時空の狭間には明確な距離が無いと言う話があったような気がします。それでも、孤立異空間は段々と近付いているように見えていました。それって、私がそういう風に見たいと思ったから?今ここで視野をずらしたいと思えば、ずれるのでしょうか。

「あれぇ?」

隣で雪希ちゃんの声がしました。旋風陣を起動してから数秒しか経っていない筈ですけど、これまでなら魔獣が出現していたタイミングです。怪訝に思うのも不思議ではありません。

雪希ちゃんが私の方に振り向こうとしている気配を感じました。このままジッと見詰められれば、私の視線が変なことに気付かれるかも知れません。

「あっ」

切羽詰まった私は、時を経て広がりつつある旋風の中心を指差しながら、再度旋風陣を起動します。私の指さす方向を見て、雪希ちゃんは再び旋風の方を向きました。

私はホッとする間もなく、孤立異空間の軌道の濃いところが正面にあるイメージを思い描いて時空の揺らぎの窓を見つめます。すると、私の想いが通じて、思った通りの場所が窓の正面に来ました。でも、残念ながらそこまでです。まだ一押し足りません。

いやもう本気で時間がありません。焦る私の頭の中に、想定される結果がその手前の状態に影響していると研究室での織江さんの言葉が浮かびました。視野の移動も想定される結果?いや、それより想定した結果です。捏造した結果というべきでしょうか。でも、今の私が求めている結果は、魔獣の出現です。ならば、魔獣の出現を想定してしまえば。どうやって?

「雪希ちゃん、魔獣だ」

まだ魔獣のいない空間に、あたかも魔獣が出現したかのように叫びます。これで駄目なら召喚陣を使うしかないと腹を括りながら、懸命に魔獣の出現をイメージします。その甲斐あってか、段々と窓の向こうの雲みたいに広がっていた孤立異空間の軌道がまとまり始めました。よし、行ける。私は確信を持って、駅前広場に魔獣がいる状況を念じます。すると、孤立異空間の軌道がボールの大きさにまとまって、時空の揺らぎの窓にぶつかり、弾けました。

「あ、本当だ、魔獣が出たぁ」

雪希ちゃんの驚いた声が聞こえました。出現したのは、大きなモグラのような形をした中型の魔獣です。最初の旋風から少し時間が経過してしまいましたけど、お蔭で町内討伐隊の人達が集まって来ていて、魔獣は直ぐに盾の壁に取り囲まれました。それから間もなく、魔獣は斃されました。

そして、広場では魔獣討伐の後処理が始まり、徐々に人の流れが増えていき、日常の光景に戻っていきます。その光景を眺めながら、雪希ちゃんはポツリと言いました。

「白銀の巫女は出なかったねぇ」

「そうだね。有麗さんの言う通りだったね」

「こういう結果で、灯里ちゃんは良かったのかな?」

「さあ、どうだろうね。ともかく灯里ちゃんには見たままのことを話そうよ。それに、魔獣の出現は目撃出来たんだから良かったんじゃない?」

「まあ、確かに、魔獣が見られない可能性もあったんだもんねぇ」

「そうそう」

私達は話しながら移動をはじめ、せっかくだからと大塚駅でお店を探してお昼を食べました。その後は新宿に行って、ウィンドウショッピングをしたり、喫茶店で話をしたりして、雪希ちゃんと分かれたのは夕方になってからです。

一人になって夕食のことを考え始めましたが、今日は出ずっぱりで疲れたので、ご飯は炊くにせよ、おかずは惣菜で良いやと、駅前の惣菜屋で鳥のから揚げやサラダを買い、マンションに向かって歩きました。

そして、マンションの近くまで行くと、入口の前の道路に、人が佇んでいるのが見えました。私より背は同じか少しだけ高いでしょうか。年齢は少し上?見た目清楚な美人さんです。頭の後ろで髪をまとめて丸め、先端に飾りのついた銀の簪をクロスさせて挿しています。

その人は、私が近付くと、ニッコリ微笑みました。

「西峰珠恵さんですね?」

知らない人なのに、私の名前を知っているとは。

「あの、どなたでしょうか」

(とき)と言います。少しお話できませんか?」


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