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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第6章 導く者 (珠恵視点)
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6-25. 珠恵の実験

藍寧さんが私のところに来たのは、私がダンジョン協会に行った日の夜21時を回ってからでした。昼間の約束通り、藍寧さんがやって来る直前にメッセージで連絡があり、私が了解の返信をして、インターホンが鳴るのを待とうとしているところに、突然藍寧さんが部屋に転移してきたので驚いてしまいました。

「珠恵さん、こんばんは、ってあれ?驚かせてしまいましたか?ごめんなさい」

「あ、いえ、藍寧さんが転移してくるとは思ってなくて。でも、確かに転移してくる方が簡単ですよね」

「ええ、それに誰かに見咎められる心配もありませんからね」

それに、部屋着のままでも良いですし、と心の中で思いました。藍寧さんは、部屋着のまま、魔道具が入っていると思われる手提げ袋を持ってきていました。

「藍寧さん、どうぞ座ってください。座布団はどれを使って貰っても良いですので」

私は座卓の周りに置いてある座布団を手で示します。どれも高校時代に住んでいたマンションから持ってきたものです。そして、私は冷蔵庫で冷やしていたお茶のペットボトルから、グラス二つにお茶を注ぎ、座卓に持って行きました。

「すみません、大したものが無くて」

「いえ、もう夜ですから気にしないでください。それで、どこに設置しますか?」

「織江さんからは、まずは板橋でと言われています」

「分かりました。では、始めましょうか」

藍寧さんが早速板橋周辺の地図を取り出し始めたので、私は慌てて藍寧さんを制止しました。

「すみません、設置前後の時空の狭間の様子を観察するように織江さんから言われてまして、少しだけ待って貰えますか?」

「ええ、良いですよ」

私は勉強机から方眼罫のレポート用紙を取り出すと、下敷きを挟んでからシャーペンを持ち、座卓の上に小さな時空活性化陣を描いて起動します。そして、力の眼を開くと、時空の狭間の様子を観察しました。私も随分と慣れてきて、時空の狭間を覗く窓になっている空間の揺らぎの範囲が小さくても十分に視ることができます。

「朝よりも、また近くなっている気がする」

独り言のように呟いたのですが、藍寧さんが反応しました。

「あと二日半ですから、こんなものではないでしょうか」

やはり、三角形の頂点のそれぞれに円が描かれたような格好をしていて、その円が一つずつ順番に濃くなったあとに薄くなってを繰り返しています。その動きは、一つの絵では描き切れないので、漫画のように六つのコマに分けて、変化の様子を描き分けてみました。

「珠恵さん、スケッチがお上手ですね」

「ありがとうございます。これなら分かりますよね」

「ええ、そう思います。それでは、魔道具を設置しましょうか」

藍寧さんは、地図の上に、透明なプラスチック板を乗せました。プラスチック板には、六角形の頂点の位置に穴が開けられています。

「その穴の位置に魔道具を設置するんですか?」

「その通りです。簡単でしょう?」

「六角形の中心の位置はどうやって決めているんですか?」

「この辺りで時空活性化陣を起動して、三つの円の内の一つが正面に視える場所を探すんです」

そう言えば、研究室やここから観察していたときは、少し斜めに視ている印象でした。到達予定地点からは正面に視えるんですね。

「それって、わざわざ板橋まで調査しに行ってきたんですか?」

藍寧さんは、顔を上げて私の顔を見、意外そうな表情をしました。

「今ここでやっていますけれど?」

「え?」

板橋まではここから直線距離で約9kmあります。よくよく気にして見ると、確かに板橋の辺りで空間の揺らぎが感じられます。ですけど、そこまで心の眼が届きません。

「確かに揺らぎがあるようですけど、どうやって視ているんです?」

「やり方があるのですが、探知範囲が狭いと難しいのです」

あー、私の探知では届かないと言うことですか。残念です。

「さて、大体ここで良いでしょうか」

「魔道具を配置する場所はどうやって決めたのですか?」

「中心を決めたら、後はこの定規を当てながら、設置する魔道具が隠しやすい場所を探すだけです」

「それも探知で?」

「そうですね」

どうやら、それも私には難しそうです。

私がガックリしている横で、藍寧さんはせっせと作業を続け、魔道具を六箇所に設置し終わりました。

「これで良いでしょう。丸三日置いておいても大丈夫なように隠蔽も掛けておきました」

「ありがとうございます。観察してみて良いですか?」

「ええ、結果を確認してください」

藍寧さんが地図を畳んで片付けている横で、私はレポート用紙を捲り、次のページに新たな観察結果を描き始めます。時空の狭間に視えていたモノは、先程までとは異なり、円が二つになるとともに、鉄道の踏切の警報機のように、二つの円が交互に濃くなるように動きが変わりました。先程は動きを描くのに六コマ使いましたが、今度は、四コマで描けそうです。

「これだと、もう一箇所に魔道具を設置すれば、円が一つになりそうですね」

「やってみますか?」

「いえ、この状態で明日研究室に行くように織江さんに言われてますので」

「それでは、明日の夜、もう一箇所に設置すると言うことですね?」

「はい、そうですけど、明日も藍寧さんにお願いしてしまって良いですか?」

「構いませんよ。あるいは珠恵さんが自分でやってみたいと言うことでしたら、やり方をお知らせしておきますよ」

「やってみたいんですけど、私、探知範囲が狭いので」

「それも方法がありますよ。ただ、練習は必要です」

「それなら、是非教えてください」

そうして、藍寧さんから、必要な作動陣と手順を教わりました。それで、藍寧さんは転移で帰っていくとき、道具の入った手提げ袋を私の部屋に置いていってくれました。明日は一応私が頑張ってみて、難しければ藍寧さんに連絡することにしてあります。


翌日も午前中に研究室に行くと、いたのは織江さんだけでした。

「織江さん、おはようございます。八重さんはいないんですか?」

「珠恵か、おはよう。八重は子供が熱を出したとかで、休みだ」

「え?八重さん、結婚してたんですか?」

「おいコラ、そんなこと八重の前で言ったら殺されるぞ。八重はあれでも二児の母だ」

「『あれでも』とか織江さんも言ってるじゃないですか」

ジト目で織江さんを見つめます。

「我は良いのだ。それで、魔道具は設置できたのか?」

「はい、しましたよ。あと、前後で観察もしました」

私は鞄からレポート用紙を出して、織江さんに渡しました。織江さんは、私の観察レポートを読み、フムと唸りました。

「魔道具の設置によって孤立異空間の軌道に影響を及ぼしたのだな。なかなか興味深い結果だ」

「これだと、もう一箇所に設置すれば、円が一つだけになりますよね?」

「ああ、きっとそうなるだろう。だが、どうしてそうなるかが問題だ」

「どうして、ですか。魔道具がそういう機能を持っている、では駄目なんですか?」

「それはそうなのだが、魔道具が魔獣の出現を避けるだけなら、孤立異空間の軌道は変わらずに、この世界とぶつかるときに魔道具のある場所を避けるだけでも良い筈ではないか?」

「言われてみれば、そうですね」

「だが実際にはこうして軌道が変化した。この軌道が確率論的に定まるものだとするのならば、出現しないことが確定した結果に対して、出現しない地点に対応する軌道を通過する可能性が消えたと言うことかも知れぬ」

「それって、未来から過去への干渉、みたいな話ですか?」

「いや違う。と言うか、お主、『絶対の法則』を知らぬのか?」

「何ですか?『絶対の法則』って」

「この世界だけでなく、時空の狭間も含めたすべてに通じる不変の法則のことだ。一つは、時間は絶対に巻き戻らない、もう一つは、消滅した魂は絶対に再生しない。未来から過去への干渉は神であろうが魔王であろうが不可能だ」

「それじゃ、軌道が変わるのは、過去への干渉ではないということですね?」

「どちらかと言うと、因果関係の逆転だが。普通なら、軌道が変化してから結果が変わるのだが、今回は結果が先に決まり、それに合わせるように軌道が変化した。時空の狭間にあるモノの在り様は、現実世界からの干渉を受け易いのかも知れぬ」

「それって不安定ってことですか?」

「そうだな。しかし、安定した部分もありそうだが」

「どの辺りがですか?」

「一週間も前から到達点が定まっている、という点だ。本当に不安定なら、一週間も同じところを目指して進むなんてことはあるまい?」

「あー、そうか。何だか面白いですね」

私の感想を聞いて、織江さんも同意するように頷きました。

「そうであろう。研究のし甲斐があると言うものだ。それで、今夜、もう一箇所に魔道具は設置して貰えそうか?」

「それなんですけど、もう一箇所は私が自分でやっても良いって、道具を貸して貰って、やり方も教えて貰ってるんです」

「何と、お主も出来るのか」

「やれそうなのですけど、私だと力が弱くて、家からやるのが大変なんです。それでなんですけど」

私は上目遣いに織江さんを見つめました。

「何だ?」

「夜中に、ここでやってはいけませんか?」


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