6-24. 呼び出し
翌日の午前中、私は再び研究室に行きました。今日は一人です。
と言うのも、昨日、家に帰ってから織江さんからメッセージが来て、今日の午前中に一人で研究室に来るようにとの呼び出しがあったのです。
「おはようございます」
研究室の扉を開けて中に入ると、織江さんと八重さんがいました。
「珠恵か、良く来たな」
「織江さんから呼び出されましたからね。昨日話しても良かったのに今日にしたのは、雪希ちゃんの前では話せないことですか?」
「如何にも。お主、昨日、時空の揺らぎから、時空の狭間を覗き視たのではないか?」
「そのことですか。ええ、力の眼を使ったら視えました。でも、凄い歪んでいて、その歪みがどんどん変化していくので、視続けていると酔いそうでした」
「歪んだ空間しか見えなんだか。他には何も?」
織江さんに問われて、昨日、時空の狭間を視た時のことを思い出そうとしました。
「そう言えば、小さなモノが一つだけ視えましたね。あれは何だったんだろう?」
「それは、はぐれ魔獣の入った孤立異空間かも知れぬな」
今日も研究用の白衣を着ている織江さんは、腕を組むと少しだけ考えていました。
「なあ、珠恵よ。悪いが今日も時空の狭間を視ては貰えぬか?」
「良いですけど」
またあの気持ちの悪い思いをするのかと想像すると、乗り気にはなれませんけど、折角視えるようになったので、もう少し訓練してみたい気もします。
「どうした?無理にとは言わぬが」
私の心の内が顔に出たのでしょうか、織江さんが心配そうに私を見ています。
「いえ、やります。時空活性化の魔道具を出して貰っても良いですか?」
「ああ、それくらい我がやろう」
織江さんは私達が昨日着替えをした続きの部屋から魔道具を持って来て、作業台の上に置きました。
「それじゃ、視てみます」
私は魔道具のスイッチを入れ、魔道具の上の空間に視線を向けます。魔道具は正常に起動して、空間が揺らいでいるのが見えました。
そこで、私は目を瞑り、力の眼で揺らいだ空間の向こう側を覗きます。すると、昨日と同様に揺らいだ空間のようなものが視えました。相変わらず不安定で、長く視続けるのは厳しそうですが、そのことはなるべく考えないようにして、昨日見つけたモノを探します。確か右奥だったような。
「あ、ありました」
「何があったのだ?」
「昨日見つけたモノだと思います。昨日より少し近付いているような」
「どんな風に視えておるのだ?」
「ぼんやりとしているんですけど、三角形に見えますね。それも回転している?いや、頂点が順番に光っている?」
表現が難しいです。
「珠恵、一度視るのを止めて、視えたモノを描いては貰えぬか?」
「分かりました」
私は力の眼を閉じると、織江さんから筆記用具を借りて、視えたモノを紙に描いてみます。
「こう、三角形のそれぞれの頂点に円があって、それが順番に明るくなると言うか、濃くなると言うか、そんな動きをしていたんです」
どうも描いただけでは分かり難いので、口で補足します。
「うーむ、非常に興味深いな。八重はどう思う?」
「軌道運動しているように見えるが。焦点が三つなのは、出現予測地点が三つあることに関係しているのかも知れないな?」
「やはりそうよな。我も同意見だ。これは実験してみたくなるのう」
「え?有麗さんは何もするなって言ってましたよ」
「それは支部が困るような表立った動きをしてくれるなと言う意味で、隠れて動く分には構わんのだよ」
えー、そういう解釈なんですか?
「ついては、珠恵よ。日比谷公園のダンジョン協会まで藍寧に会いに行き、魔獣避けの魔道具を設置して貰ってくれ」
「織江さん、待ってください。昨日、藍寧さんが魔道具を持っているなんて話してなかったですよね?」
「そういう質問はされていなかったと思うが。それに昨日は雪希もおったしの」
「今日は八重さんがいるじゃないですか」
「八重は知っておるのだよ」
「八重さんも巫女なのですか?」
八重さんは首を横に振りました。そして、織江さんも同様に。
「いや、違う。忘れておらぬとは思うが、我も巫女では無いからな。我は魔王が眷属、闇のオリヴィエなのだ」
織江さんは仰け反るようにして、ワッハッハと笑いました。
「忘れていませんから、織江さん」
「それなら良し」
織江さんが満足そうに頷くのを見て、私は席から立ち上がりました。
「藍寧さん、やってくれるでしょうか」
「仕事が終われば大丈夫だろうて。まずは、板橋にでも設置するよう伝えておいてくれ。それから、設置の前後で時空の狭間の観察を忘れずにな」
「それって、この魔道具を持って行くってことですか?」
「おいコラ、お主、黎明殿の巫女だろう?作動陣を使わずしてどうするのだ?」
「私、作動陣知りませんよ」
「この魔道具に嵌められている透明な石に軽く力を注いで確認せい」
「あー、なるほど」
私は魔道具のスイッチをオフにして停止状態にしてから、魔道具上面中央にある、透明な石に手をかざして、軽く力を注ぎます。すると、作動陣が現れました。
「あ、これ、この前藍寧さんが使っていたのと同じですね」
「何だ、お主知っていたのではないか」
「藍寧さんは壁に手を付けて描いていましたから、これとは違うと思っていたんです。一回試して良いですか?」
「お主の好きにせい」
八重さんも構わないというように頷いたので、私は作業台の上に時空活性化陣を描き、力を注いで起動しました。すると、魔道具と同じように作動陣の上の空間が揺らぐのが見えました。さらに力の眼を開くと、時空の狭間が視えます。
上手くいったので、私は作動陣を解除しました。
「問題なくできますね」
「それでは頼んだぞ。できれば明日も来てくれるか?」
「良いですよ。朝ですよね」
「如何にも」
私は研究室を後にしました。そのまま日比谷公園に行くと、お昼休みの時間に掛かりそうです。それで、どうしようか考えた末、ゆっくり新宿まで歩くので良いかな、と思いました。そうすれば、適当なところでお昼も食べられます。
真夏の日差しの降り注ぐ中、私はのんびりと新宿まで歩き、さらにぶらぶらしながらお店を探して、美味しそうなインドカレーのお店があったので入りました。レディースランチは、小さめのナンに、カレー二種、ケバブにタンドリーチキン、サラダ、デザートのセットです。カレーは、チキンバターマサラとサグマトンを選び、飲み物にラッシーを注文しました。スパイスが効いていて汗が出ますけど、爽やかな感じで気持ち良いです。
お昼を食べた後、腹ごなしに歩き回り、時間を潰してから日比谷公園に行き、公園内を散策してお昼休みの終わる時間を待ちます。
そして13時になると、ダンジョン協会の受付に行って、藍寧さんに会いたいと言うことを伝えました。名前を聞かれて待たされることしばし。アポも取らずに訪問して、断られたらどうしようかとソワソワしていましたけど、会って貰えるとのことでホッとしました。
受付の裏にある小さな会議室に案内されて少しすると、藍寧さんが部屋に入ってきました。
「珠恵さん、こんにちは。どうかしましたか?」
「藍寧さん、突然すみません。お願いしたいことがありまして。あの、ここって内緒のお話も大丈夫ですか?」
私は部屋の中を眺めても結界が張られているように見えなかったので、心配になって藍寧さんに尋ねました。
「ええ、大丈夫ですよ。私が結界を張っていますから」
「ああ、そうだったんですね。それでお話なのですけど」
挨拶も早々に、私は時空の狭間が視えるようになったこと、その時空の狭間で見つけたモノと、織江さんから言われたことをすべて藍寧さんに説明しました。
「なるほど、事情は分かりました。魔道具の設置は構わないですけれど、夜になりますよ。良いですか?」
「はい、全然問題ないです」
「魔道具の設置の前後で時空の狭間を観察するのでしたよね。それでしたら、珠恵さんのところで作業しましょうか」
「え?来て貰っても良いんですか?」
「ええ、行く前に連絡しますので、アドレス交換をお願いできますか?」
「勿論です」
私達はそれぞれのスマホを取り出して、アドレスを交換しました。
そして、私はダンジョン協会のオフィスを後にすると、家に帰り、藍寧さんが来るのを待ちました。




