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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第6章 導く者 (珠恵視点)
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6-23. 織江の実験

「汗臭いぞ、二人とも」

研究室に戻ると、織江さんにばっちり指摘されてしまいました。いや、そうだと思います。自分でもそう思うくらいなので。

織江さんは、続きの部屋からタオルを二本取ってきて、私達に渡してくれました。

「ほれ、このタオルを洗面所で湿らせて来た後、体を拭いて着替えよ。着替えには隣の部屋を使うが良い」

雪希ちゃんと私は有難くタオルを借りて、汗をタオルで拭って下着とシャツを着替えました。雪希ちゃんと打ち合いするかもと思って、着替えを用意しておいて良かったです。汗で濡れた身体をタオルで拭っているとき、雪希ちゃんとお互いの身体を覗き見て、微笑み合ったのは内緒です。

着替え終わってから研究室に戻ると、織江さんは白衣姿で作業台の前の椅子に座り、ノートパソコンを操作していました。その傍では、時空活性化の魔道具が動いています。

「織江さん、実験ですか?」

「如何にも」

「何の実験をやっているんですぅ?」

私の脇から雪希ちゃんが覗き込んでいます。どうやら雪希ちゃんも実験のことが気になっていたようです。

「時空の狭間にデブリがあるかを調べておる」

「時空の狭間のデブリ?」

「時空の狭間とは言え、空間ではあるからな。何かがあるやも知れぬ。少なくとも、この世界や異空間は存在するのだし、もっと小さいものがあってもおかしくはあるまい。異空間にもならない小さな世界の欠片を仮にデブリと呼んでおる。まあ、今はあるのかどうかも分からんがな」

何だか難しそうな話になりそうです。でも、以前から気になっていた言葉がありました。

「あの、世界と異空間って何で別の名前なんですか?」

「世界とは個別の法則を持っている時空のことだ。異空間は、世界の周りにあって、世界の法則に従うが世界とは別の時空だ。乱暴に例えれば、世界が家長で、異空間は家族みたいなものか。世界が無ければ、異空間も存在し得ぬ。それ故、従属異空間とか周辺異空間と呼ばれたりする」

「わざわざ従属異空間と言うってことは、そうではない異空間もあるんですか?」

「ある。孤立異空間だ」

「独立異空間ではないんですね」

「独立した空間なら、世界になってしまうぞ。孤立異空間も、大本となる世界は結局は存在する」

「それなら、デブリも孤立異空間の小さいものってことですか?」

「ああ、そうだな。性質から言えば同じだ。世界そのものの小さいものもあるかも知らんがな。実のところ、異空間とデブリの境界は曖昧だ。デブリは異空間にもならない小さな時空。異空間の最小のものは、魔獣が一体だけ入っている孤立異空間だ。それがこの世界にぶつかって吸収されると、はぐれ魔獣が現れる」

「それじゃあ、灯里ちゃんが予測した魔獣も、この時空の狭間の中にある小さな異空間の中にいるってことですか?」

「その可能性は高いだろうな」

私は時空活性化の魔道具の上を見ました。魔道具の影響で時空が揺らいでいるのは分かりますが、その向こうが見えそうで見えません。それは以前のときと同じです。そこで私は力の眼で視てみました。すると、時空の揺らぎが窓のようになって、その向こう側に空間のようなものが拡がっているのを感じることができました。しかし、その空間のようなものは安定しておらず、あまり真剣に視続けると酔ってしまいそうです。

「どうした珠恵?お主、顔色が悪いぞ」

「いえ、何でも」

気持ち悪さが、顔色に出てしまったみたいです。何も無い筈なのに、不安定に揺らめいていることが感じられてしまう不思議な空間。この感覚に慣れることが出来るのか分かりませんけど、初めて遠くが視えた嬉しさで、何とか我慢していられます。本当に何もないのか、なるべく遠くの方へと感覚を研ぎ澄ませると、小さなモノが視えました。ぼんやりとしていて、詳細は分かりません。

そこまで眺めたところで、いい加減辛くなって力の眼を切りました。両隣を見ると、織江さんと雪希ちゃんが心配そうに私の顔を見ています。

「お主、本当に大丈夫か?虚ろな目をしておったが」

「え?そうでしたか?雪希ちゃんとの打ち合いで疲れてしまったのかも知れません」

「なら、椅子に座って休んだらどうだ?」

「ありがとうございます。そうします」

私は、織江さんに勧められた椅子に座り、軽く深呼吸しました。いつもの何でもない光景を眺めることで、少しずつ気分が良くなってきました。

気持ちに余裕が出来たところで、私から気を逸らすことも兼ねて、織江さんの説明の続きに話を戻します。

「それで織江さん、時空の狭間にデブリがあるのかをどうやって調べているんですか?」

「ほれ、時空活性化の魔道具の隣にもう一つ魔道具があるだろう?これは時空の揺らぎを検知して電気信号に変える魔道具なのだ。その電気信号をノートパソコンに取り込んで記録しておる。この状態でデブリが活性化された時空にぶつかれば、時空が揺らぎ、パソコンに揺らぎの量が記録されるということだ」

「それで、デブリは観測できたんですか?」

織江さんは、首を横に振りました。

「まったく引っ掛からん。もっとも、そんなに簡単に見付かるとも思ってはおらんが。ただ、今さっき、少しだけ揺らぎが観測できたようだ。なかなか興味深いの」

織江さんは、ふっふっふと不気味に笑っています。

「織江ちゃんて、難しいことやってるね」

有麗さんが感心しています。

「こういう研究は、世界を解き明かすような面白さがあるからな。まあ、商売にはならないとは思うが。だからこそ大学で取り組む意義があると言うものだ。有麗よ、そうは思わぬか?」

「そうは思うけど、時空の狭間の研究なんて奇想天外過ぎて、気が変に思われちゃうじゃない?」

「ふん、この研究の価値の分からん輩になんぞ教えるものか。黎明殿の本部に持って行けば、研究費を出して貰えるのだ。それに魔道具も借りられるしの」

「え?莉津さん、こんな研究にお金出すの?意外」

「おいコラ、『こんな研究』とは何だ。お主も価値の分からぬ輩の一人だったか」

織江さんは立ち上がって、有麗さんに詰め寄ります。

「あー、ごめんごめん。研究の価値のことを言いたかったんじゃないから。高尚なのは分かるけど、直ぐに使えるかどうか分からないでしょう?莉津さん、堅実だから、目の前で必要なモノにはお金出すのなら分かるけど、どうなるか分からないものにお金を出すイメージは無かったからさあ」

「まあ、確かにな。だが、あ奴も馬鹿ではない。将来への投資の必要性は弁えておる」

織江さんは腕組みして、偉そうに莉津さんのことを語っていますけど、莉津さんの方が年上なのではないでしょうか。

「ところで有麗よ、何故今日ここに来た?魔道具に力を籠めるにはまだ早いよな?」

「ん?用が無いと来ちゃいけなかったかな?」

「何を言っておるのか。お主、そんなに社交的では無かろうに」

「あー、バレてたかぁ」

有麗さんは、ぺろりと舌を出しました。

「何を今更」

織江さんは呆れ顔です。

「それで何用だ?とっとと白状せい」

「参ったなぁ、もう。本当は教えちゃいけないんだけど、私が受けた指示はね、それとなく灯里ちゃん達の様子を見るのと、やろうとしていること次第では止めさせるってことだったの」

「『それとなく』という部分からして、お主向きの指示では無いな。と言うか、何故ここに来た?我がいなければ、ふらっとお主に出会ったとて、違和感は覚えないのではないか?」

「そうなんだけど、灯里ちゃん達と私の接点ってここしかないでしょう?それとも街中で偶然出会ったって方が良かったかな?」

「いや、それだと挨拶だけで終わりそうだな。まあ、世間話をするにせよ、会話をするならここしか選択肢はないか」

「ほらぁ、そうでしょう?」

「既に目的を白状しておいて何を威張っておるのだ、愚か者が」

織江さんが、手刀で軽く有麗さんの額を叩きました。

「痛ぁい。何するの、織江ちゃん」

有麗さんは額を手で押さえながら、織江さんに抗議します。

「そんなに痛くしとらんわ、まったく」

織江さんは、白衣に手を突っ込んでパソコンの前まで戻り、再び椅子へ。

「あのぉ、有麗さんは何を止めに来たのですかぁ?」

「え?あぁ、白銀の巫女の真似をしようとしてたら、それはやらないでねって」

「私達が白銀の巫女の真似ですかぁ。考えてもみませんでした」

雪希ちゃんの言う通りです。

「何で私達が真似をするかもって思ったんですか?」

「だって、魔獣の出現を予測したんじゃないの?灯里ちゃんが」

「え?どうして有麗さんがそれを知っているんです?」

「どうしてって、教えて貰ったから、あ――」

突然、有麗さんは、口に手を当てて話すのを止めました。

「あ?」

「あー、いや、その、灯里ちゃんから直接聞いたからってことにしておいて欲しいなぁとか」

有麗さんの目が思いきり泳いでいます。言ってはいけないことを口にしそうになったのですね。それにしても、全然誤魔化しになっていないんですけど。雪希ちゃんもジト目です。

「お主はつくづく工作員には向いとらんな」

織江さんから駄目押しの一声がありました。私も同感ですけど、そこを掘り下げていると、何時まで経っても話が続かないので、止めてあげることにしました。

「それで、有麗さん、何を心配しているんですか?」

「ほら、ここ何回か、街中にはぐれ魔獣が現れた時、白銀の巫女が出て来たじゃない。それで、結局本部の巫女に登録されたのだけど、今後も慈善活動してくれるんじゃないかっていう雰囲気になっている訳。だけど、私達は慈善団体でも正義の味方でも無いから、期待されても困るのよね。それで今回は何もしないことになったの。そんなときに、誰かが白銀の巫女の真似をすると、裏で本部が動いたんじゃないかって勘繰られちゃうから、誰にも動いて欲しくなくて」

「でも、それだと、魔獣の被害が出てしまいませんか?」

「中型の魔獣一体くらいなら、大丈夫と思うけど。それに知っているでしょ?基本的にはぐれ魔獣は人けの無いところにしか現れないってこと。地元の討伐隊に任せておけば何とかなるって」

「分かりました。何もしないでいます」

今一つ釈然としませんけど、本部が困るとこちらにもシワ寄せが来そうなので、従うことにします。


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