6-19. 獅童道場
7月も下旬に入ったある日、灯里ちゃん、雪希ちゃん、私の三人は、獅童道場の練習場に足を踏み入れていました。
獅童道場に来ることを決めてから時間が経過したのには理由があります。一つは、来ることを決めた時期がレポートと試験の期間で時間のゆとりがなかったこと、特に灯里ちゃんは色々と掛け持ちしているので直ぐに空き時間を作るのが難しかったのです。二つ目は、夏休み期間に、この道場で子供向けや女性向けの短期講習があったこと、灯里ちゃんが道場での訓練内容を手っ取り早く理解するのに向いていると思えたからです。
女性向けの講習は、月曜日から金曜日の五日間、朝10時から11時半の90分の設定です。初日の今日は、高円寺で待合せして、雪希ちゃんに案内して貰いました。雪希ちゃんは、家の最寄り駅は鷺ノ宮だそうですけど、高円寺もそこまで遠くもないということで、高円寺まで歩いてきてくれていました。駅から10分程度歩けば道場に着きます。
そして受付をして、ロッカールームで動きやすい服装に着替えたあと、練習場で開始を待っているというのが今の状況です。まだ朝9時からの子供の部の時間なので、私達は子供たちの邪魔にならないよう、練習場の入口に近いところに集まっています。
周りを見回すと、殆ど若い女性ばかりです。中学生までは子供の部の方になるとのことで、ここにいるのは高校生以上になります。皆、それぞれの服装ですけど、安全のために道場から貸し出された皮の胸当てを付けていました。大体は何人かで固まってお喋りしているので、友達と一緒に来ているのでしょう。灯里ちゃんや雪希ちゃんも周りを見渡しています。そんな中、灯里ちゃんはある一団が気になったらしく、そちらの方に歩き始めました。そして、雪希ちゃんと私も後を付いていきます。
「こんにちは。少し良い?あなた達、督黎学園高校の生徒だよね?」
「はい、そうですけど?」
灯里ちゃんが話し掛けたのは、高校生と思しき三人の女の子達です。三人とも学校の指定と思われる体操着を着ています。灯里ちゃんの質問に、年上らしい女の子が怪訝そうな顔で返事をしました。
「あ、ごめんなさい、自分から名乗らなくて。私は向陽灯里、去年まで督黎学園高校に通ってたんだ。体操着を見て懐かしくて声を掛けちゃった」
「そうだったんですね。私は梁瀬礼美、高校二年です。後の二人は、土屋佳林と折川百合、どちらも高校一年です」
「よろしくお願いいたします」
一年生の二人がお辞儀して挨拶してくれました。
「こちらこそ、よろしくね。あ、こっちの二人は私の大学の同期で、西峰珠恵と白里雪希だから」
雪希ちゃんと私も挨拶を返します。
「それで、学年も違う高校生の集まりって、部活動か何か?」
「はい、私達、高校のミステリー研究部なんですけど、今年からダンジョン探索をするようになったんです。これまでは経験者の子に教わっていたんですけど、一度道場の講習を受けようって話になって、ここを紹介して貰いました」
「へーえ、部活動でダンジョンに入っているんだ。それって凄いね。それで、今日は三人だけ?部ってことは五人は居るんだよね?」
梁瀬さんは、周りを気にするかのように、見回してから口を開きました。
「向陽さんは、去年うちの高校にいたのですから、私達と一緒に誰がダンジョンに入っているかは分かりますよね?」
どうやら、その言葉で灯里ちゃんは察したようです。
「うん、分かるよ。東護院清華ちゃんだね」
そして、私達にだけ聞こえるように小さな声で補足しました。
「春の巫女だよ」
雪希ちゃんは、その意味するところを理解したようで頷いていました。元より私は知っていましたけど、だからといって無視するのもと思い、同じように頷きます。
「向陽さん、その通りです。それに、二年になったときに、沖縄から南森柚葉さんも転入してきました」
「夏の巫女」
私は思わず呟いてしまいました。藍寧さんと美玖ちゃんが話していた、異変を一人で収めてしまった夏の巫女、南森柚葉さんが東京の高校に転入していたなんて。
「はい、そうです。良くご存知ですね?」
「え、うん、何かの話で聞いたことがあって。強いんだよね?」
「はい、まあ、とても。最近は清華さんもつられるように強くなって、二人の打ち合いは、見ていても何をしているかが分かりません」
それって、目で追えないくらい動きが早いってことですね?身体強化したとしても、目で追えないくらい早い動きが出来るようには思えないのですけど。
「そんな訳で、なるべく二人の足手纏いにならないように、私達も強くなりたいと思ってこの講習に来たんです」
梁瀬さんも他の二人も真剣な表情です。
「そう、皆向上心が高いんだね。まあ、私も強くなりたいって思う気持ちは一緒だから、この講習ではよろしくね」
「はい」
灯里ちゃんの言葉に、女子高生達は素直に頷いています。
開始時間になると、それまで講習を受けていた子供たちは帰っていき、代わりに私達が練習場の中央に集められました。そこで講習の説明と注意事項の連絡とがあって、準備運動の後に指導員と簡単な打ち合いをやって技能別に班分けされます。
班は、初級、中級、上級の三つです。初級はまだこれからの人、中級はある程度動きの型が出来ている人、上級は一通りの動きが出来る人のようです。私達はと言うと、初級は灯里ちゃん、中級が梁瀬さんと折川さん、上級が雪希ちゃん、土屋さんに私というように分かれました。班が分かれてしまった灯里ちゃん、頑張ってね、と心の中で声援を送ります。
以前、ここで習っていたことのある雪希ちゃんはともかく、部活動でダンジョンに入り始めたという土屋さんが上級に来たので驚いたのですけど、聞いてみたら、以前から東の封印の地で、清華さんと訓練したり、一緒にダンジョンに入ったりしていたのだとか。なるほどと、納得しました。
上級の講習では、まずは獅童流の剣の型の流れを教わって、それを何度も反復して体に叩き込みます。雪希ちゃんは、体が覚えているらしく、指導員のお手本を見なくても、声の指示だけできちんと動けています。私も、小中学生のころに、教えて貰った型に近いので、覚えるのはそれ程大変では無かったです。この道場は、あちこちの封印の地の関係者が学びに来るところだそうなので、私を教えてくれた人もこの道場で教わったことがあるのかも知れません。
しかし、剣の型を覚えるのは大変ではないものの、繰り返しがきついです。久しぶりに思いきり体を動かしたがために、既に体が悲鳴をあげています。治癒を使えば治せますけど、それだと筋力が付かないので、ここは治癒を使わずに頑張るのです。
剣の型の訓練の後は、何種類かの魔獣を想定した戦い方の指南です。二人一組になって、交代で一人が魔獣役をやりながら、対応方法を学びます。私は雪希ちゃんとペアになって練習しました。上級向けには盾を使わずに剣だけで対処する方法を教えてくれるようです。ただ、これも以前、封印の地で教わったことが多かったです。
最後に対人戦。まずは軽く打ち合いのおさらいをしてから、トーナメント方式で試合をしました。丁度人数が8人でしたので、三戦全勝で優勝です。ルールは、相手の身体に打ち込むか、剣を落とさせれば勝ちです。首から上への打ち込みは反則です。
最初の一人には無難に勝ちました。剣筋が素直で、見極めが付きやすかったからだと思います。実戦経験が少ないのかも知れません。そして、二人目の相手は土屋さんでした。
土屋さんは、今年になってからとは言え、かなりの回数ダンジョンに入っているし、部活でも訓練しているでしょうし、実戦慣れしていることが伺える動きです。私の攻撃にも耐えていましたけど、こちらがフェイントをかけると隙が出来てしまうので、まだまだかな、と思えました。最終的には私の勝利です。とは言っても、私もスタミナ切れで、攻撃の切れが悪くて少し時間が掛かってしまいました。
「西峰さん、ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
試合が終わって挨拶をすると、土屋さんが私に近付いて来ました。
「あの、西峰さんて秋の巫女ですよね?」
土屋さんは小声で私に尋ねてきました。
「え?どうしてそれを?」
「封印の地の関係者なら、巫女の名前は全部覚えていますよ」
言われてみればその通りです。小さい頃から清華さんと一緒だったことを考えれば当然でした。
「そうだったね、ごめん。土屋さんの言う通りだよ」
「秋の巫女なら、ずっと訓練していたんじゃないですか?どうして今日はここに?」
「灯里ちゃんに誘われたからね。それに、私、ずっと訓練サボっていたから、たまには身体を動かそうかなって。清華さんは、毎日訓練しているんでしょう?」
「そうですね。柚葉さんが来てから、相当気合が入っていると思います。柚葉さんがとても強かったので」
「え?でも、さっきの話だと、結構二人で打ち合っているように聞こえたけど?」
「ええ、何だか本部の巫女の有麗さんに良いことを教えて貰ったとか言ってました。それで強くなって、柚葉さんとも同じように打ち合えるようになったんです」
「へー、そうなんだ。何だかその二人、凄そうだね。一度どんな打ち合いやっているか、見てみたいかも」
「それでしたら、今度、うちの高校に来れば良いですよ」
「行っても良いのかなぁ」
「大丈夫ですよ。心配なら、卒業生の向陽さんと一緒に来るとか、交流試合だと言って来るとか考えられますけど」
「そうだね、考えてみるよ」
思わぬところで、新しい繋がりが出来ました。
それにしても、清華さんが有麗さんから何を教わったのかが気になります。




