6-16. 二度目の大学祭
事務局の引越しの翌週末は、いよいよ大学祭です。結局、学科一年の出し物は、じゃんけんでホットドッグになりました。アメリカンドッグを推してた灯里ちゃん、奮戦空しく負けです。ともかく、出し物が決まり、学科の皆で一丸となって準備を進めました。
当日は、順番に店番を担当します。私は、朝一番の担当になりました。雪希ちゃんは、私の次の時間帯です。灯里ちゃんは、テニスサークルとの掛け持ちで走り回っていて、大変そうです。
私は、学科の屋台の当番が終わった後は、軽く他の出し物を見て回ってから研究室に向かいました。雪希ちゃんの当番が終わったら、一緒にお昼を食べたりしながら回る約束になっていて、研究室で待ち合わせることにしていたからです。
「おはようございます。織江さん一人ですか?」
「あー、オリヴィエなんだが。それで皆は大学祭を見に行っているぞ。お主はもう見終わったのか?」
「私は学科の屋台の当番をやってきただけですよ。見て回るのは、お昼に雪希ちゃんと一緒にって約束してるので、その時です」
「そうか、それでお主がいま着ているのが学科のTシャツなのだな?」
「そうですよ。織江さんは今年もゴスロリですね。良く似合ってます」
「そうであろうよ。我は魔王の眷属だからな、この格好が似合って当然だ」
「でも、何で眼帯しているんですか?」
そう、織江さんは、去年と同じように髪をツインテールにし、白と黒のゴスロリファッションで身を包んでいますけど、更に海賊のような黒い眼帯をしているのです。
「いや、眼帯をしていると受けると聞いたのでな」
「受ける?」
「そうだ」
そして織江さんは、右手を左眼に当ててうずくまる様な姿勢になりました。
「ううっ、我の左眼が疼く。左眼が疼くのだぁ」
「えーと、織江さん?」
「ん?何か間違えたか?」
織江さんは、背を伸ばして元の姿勢に戻りました。
「いえ、合っているとは思いますけど、受けるのは一部のマニアっぽい人ではないかと」
「何とそうなのか。これをやれば世界中の人間が喜ぶとのことだったが」
「誰がそんなこと言ったんですか?」
「有麗だ」
「そうですか」
あー、有麗さん、私知りませんからね。
「それで、有麗さんは、今日来るのですか?」
「どうであろうな。先日来たばかりだからな。だが、我のファッションが気になるようなことを言っておったから、来るやも知れぬ」
織江さんと有麗さんの会話を聞くとハラハラしそうですけど聞きたい気もします。
「ときに珠恵よ」
「何ですか?」
「先日、異空間の入口の移動に立ち会ったと聞いたが」
「良く知ってますね」
え?アレって秘密じゃなかったんですか?
「我は地獄耳だからな。造作もないわ。それで、作業を見てどうだった?」
「私の時空認識だと、近くは見えるけど遠くが見えなくて。そう言えば、遠くを見られるようになるかは、織江さんに相談したらって言われました。織江さん、どう思います?」
「悪いがそれは我にも分からぬ。お主が自分で試してみてはどうだ?」
「え?どうやってですか?」
織江さんは私を見つめて、そして、やれやれと言った体で向きを変えました。
「実験用の作業台の脇の椅子にでも座って待っておれ。我が用意する故」
織江さんは、そのまま隣の部屋に入っていきます。私は言われた通り、作業台の脇に並んでいた椅子の一つを選んで座りました。
それから間もなく、織江さんが何かを抱えて隣の部屋から出てきました。抱えているものには、何となく見覚えがあります。
「時空活性化の魔道具ですか?」
「そうだ。時空の向こう側を見るには、時空を活性化しないことには始まらないからな。それともお主は自分で時空を活性化できるのか?」
「いえ、出来ないです」
「ならばこれを使うが良かろう。以前にも教えたと思うが、使い方は簡単だぞ。横のレバーを垂直にすれば起動し、水平にすれば停止する。それだけだ」
「やってみます」
織江さんが作業台の上に置いてくれた魔道具のレバーを垂直にしてみます。すると魔道具が起動して魔道具の上側の時空が活性化しました。
「どうだ?活性化した向こう側に何か見えるか?」
「いえ、何だか霞が掛かったような感じで何も見えません」
「ふむ」
織江さんは、考え込むような姿勢になりました。
「遠くが見えないと言うのは確かだが、訓練すれば見えるようになるかは、これだけでは何とも言えんな。しかも、厄介なことに巫女の力との関係性が良く分からん。それ故に巫女の力を強くすれば見えるようになるという保証もない」
「どうすれば良いのでしょうね?」
織江さんは更に考え込んでしまいました。そして悩んだ様子ながら、顔を上げて私を見ました。
「これは思い付きでしかなくて悪いのだが、見方を変えてみてはどうだ?」
「見方ですか?横から見るとか、下から見るとか?」
「いや、それも見方ではあるが、我が言わんとするのはそう言うことではない。目で見るのを止めてみてはと言うことだ」
「え?目を塞いだら何も見えませんよ?」
私は両目を手で覆ってみせます。真っ暗で何も見えないところで、頭に衝撃が来ました。
「おいコラ、お主巫女だろうが。目を塞いだら見えないとか何を言っておる」
目から手を外したら、織江さんが私の頭に右手でチョップを入れてました。
「織江さん、痛いですよぉ。見えないんだから仕方がないじゃないですか」
「仕方がないとか言うな、この戯けが。鍛錬が足らんのだ、鍛錬が。お主、目で見なくとも廊下に人が来たのは分かるのだろう?」
「はい、分かります」
「だったら同じように、目の前に我がおることは分かるよな?」
「ええ」
「それでだ、珠恵よ。目の前だったら、単におるかどうかだけではなく、もっと色々なことが分かっても良いとは思わんか?」
「言われてみれば、そうですね」
「そう思えるのなら努力せい。伊達に巫女の力を得ているのでもなかろうて。力の眼は有用故、鍛えて損はないぞ」
「はーい。でも、どうやって?」
「目隠しでもすれば良かろう。懇切丁寧な指導を望むなら、有麗にでも頼めばどうだ?」
「私に何を頼むって?」
声のした方を見ると、有麗さんが扉を開けて研究室に入ろうとしているところでした。
「お主に珠恵の教育係をして貰おうかと思ってな」
「それは構わないけど、今度で良い?今日は織江ちゃん取材デーだから」
「我はオリヴィエだ」
「うん、そうだよね。それで織江ちゃん、写真撮りたいからポーズとって」
織江さんの言葉を聞き流しながら、有麗さんはスマホを取り出します。
「おいコラ、お主、聞いておるのか?」
有麗さんに言い返しながらも、織江さんはポーズをとります。
「大丈夫、聞いてるから。んー、いいポーズ。織江ちゃん、今度は、両手を片膝の上に乗せてみて」
有麗さんは夢中になって写真を撮ってます。
「良いね、良いね。織江ちゃん、後で外でも写真撮ろうよ」
「それは構わんが。そう言えば、有麗よ、この眼帯に意味はあるのか?珠恵には受けなかったようだが。世界中の者が受けるのではなかったか?」
「私の世界的には大受けだよ。珠恵ちゃんは残念ながら私の世界の住人じゃなかったみたいだね」
「おい、お主、無茶苦茶いい加減なこと言っとらんか?」
「私的には猛烈に真剣なんだけどな。さて、そろそろここでの写真は良いから、デッサンしてみよう」
有麗さん、鞄が大きいと思ったら、スケッチブックが入っていました。そして筆箱も取り出し、スケッチブックを開いてデッサンを始めます。大まかな輪郭を取ってから、段々と細かいところを描き込んで行くのですけど、その姿勢に鬼気迫るものを感じます。休む間もなくさっさと描いているにも関わらず、とても上手です。
「有麗さん、凄いです」
感動のあまり、かなり陳腐な感想になってしまいました。
「そう?ありがと。まあ、私プロだからね」
いや、プロのアシスタントだと言う設定は何処へ行ってしまいましたか?
有麗さんは、そのままの勢いでデッサンを一枚仕上げてしまうと、織江さんに次のポーズを指定して二枚目の制作に取り掛かります。日頃はノリが良くて、少しズボラなところがある話し易い人ですけど、真剣に絵を描いているときは全く別人のようです。やっぱりプロだなって感じます。
そんな風に有麗さんが織江さんのデッサンに取り組んでいるところに、雪希ちゃんが来ました。
「こんにちはぁ。何してます?有麗さん、絵を描いているんですか?」
雪希ちゃんも有麗さんの後ろに立って、描いているところを覗き込みます。そして、そこに描かれているものを見て、感動して「うわー」を連発しています。
そんな時に、八重さんが戻ってきました。八重さんは、私達から少し離れたところに立ったまま、ポーズを取っている織江さん、無心に絵を描いている有麗さん、それを見ている私達を眺め、心温まる情景を見ているような表情をしています。
「八重さん?」
八重さんは、立ったまま近付いて来ません。どうしたのでしょうか。
「何だか懐かしい光景だな」
どうやら、私達の姿に、遠い過去の出来事を重ねて見ているようでした。




