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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第6章 導く者 (珠恵視点)
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6-13. 入学

引越しは、二日では少し足りませんでした。事務局で鍵を貰った翌日、引越し業者が到着して家具などを設置して貰い、ダンボールに詰めた荷物を開梱して棚に収めたりするだけで、その日が終わってしまいました。

それで、その翌日、荷物を広げてみて分かった足りないものを買いに出かけました。高校時代も一人暮らしでしたので、大体は持ってきた物で間に合ったのですけど、部屋の間取りなどの違いで不足する部分はどうしてもあるのです。まあ、殆ど細かいものですけど。

買い物で一番大きいものはカーテンでしょうか。前のマンションより間口が広くて、丈も長いので、買い足さないとなのです。あとは、コンロがガスでは無くてIHだったので、IH対応のフライパンや鍋が必要だったり、お風呂の小物置き場が小さいので、小物入れが欲しいなどです。

買い物には梢恵ちゃんも一緒に行ってくれました。日用品の買い出しにまで付き合って貰って悪いって言ったら、どうせ大学も休み中だから問題ないってことでした。どうも、梢恵ちゃんは引越しの手伝いついでに東京見物するつもりだったらしく、翌日からは逆に私が梢恵ちゃんに連れ回されることになりました。例えば、原宿に行ったり、浅草を見てスカイツリーに登ったり、浦安のテーマパークに行ったりです。結局、梢恵ちゃんは丸一週間、私の家に泊まって、東京を堪能してから大阪に帰りました。

梢恵ちゃんが大阪に帰ってしまうと、途端に話し相手がいなくて寂しくなりました。でも、大学が始まれば、友達もできてまた賑やかになるのです。折角、親の手の届かないところに来たことだし、四月になるまで一人の時間を満喫することにして、代々木公園に行ったり、近所で買い物したり、気ままな時間を過ごしました。

四月に入るとすぐ入学式。そして入学式が終わると、学科のオリエンテーションです。

オリエンテーションの日、地球科学科の一年生が理学部棟の教室の一つに集合しました。学生の数は40人くらいでしょうか。女子もチラホラいます。時間になると教官の先生がやってきて、小冊子と学科の名簿を配り、小冊子の内容を簡単に説明してくれました。小冊子には、理学部棟のフロア図や学科の先生方と研究室の紹介がまとめられています。鴻神研究室のことも書いてありましたし、鴻神先生のお顔を小冊子に載っていた写真で初めて見ました。鴻神先生は准教授で、写真の通りなら、まだ随分と若そうです。

先生の話の後は、学生の自己紹介タイムでした。名前や出身地その他言いたいことを名簿順に前に出て話していきます。

私は気の合いそうな人がいればいいなと思いながら、それぞれの自己紹介を聞いていました。話を聞いていると、皆普通に暮らしていたような人たちばかりで、ダンジョンの話題などは出てきません。地震について学びたい人、気象を研究したいひと、石が好きな人など、当たり前ですけど地球科学科のやっていることに何らか興味を持って入ってきていることが分かります。

そんな流れの中で、私の順番が来ました。この人たち相手に黎明殿の巫女と明かすことについては気が進まず、単に島根の出身で、高校時代は大阪に住んでいて、大学ではダンジョンのことについて研究したいとだけ話しました。実のところ、高校時代も黎明殿の巫女だとは言っていませんでした。地域が地域だけに、西峰の苗字でもしかしたらと思った人はいたかも知れませんけど、私に巫女かと聞いて来た人はおらず、そのまま三年間を過ごしてしまってました。

全員の自己紹介が終わると、オリエンテーションも終了でその場で解散です。すると、私の隣に座っていた女の子が私の方にやってきました。

「あの、西峰さんだっけ?私、向陽(ひなた)灯里(ともり)、よろしくね」

「え、向陽さん?はい、西峰です。よろしくお願いします」

確か、自己紹介のときに世界遺産が好きだからと言っていた人です。

「ねえ、ダンジョンのことを研究したいって言ってたよね?それってどうしてか聞いても良い?」

咄嗟に言葉が出てきませんでしたが、小論文に書いたことを思い出しながら、どう言えば伝わりやすいかも考えて、答えを選びました。

「ダンジョンが何故あるのかな、と思って。ダンジョンも魔獣もこの世界の物では無さそうだし、大昔には無くて、突然現れたみたいで。だから、無くせるなら無くしたいと思うんだけど」

「へー、そうなんだ。西峰さんは凄いね。でも、ダンジョンって消せるのかな?」

「今でも、新しくできた小型ダンジョンは黎明殿の巫女が消していますよね?」

「え?そうなの?私、高校の時、後輩に黎明殿の巫女の子がいたけど、ダンジョン消したって話は聞いたことが無かったよ?」

「後輩って、名前を聞いても?」

「あー、私、ここのすぐ傍にある督黎学園高校に通ってたんだけど、二学年下に東護院(とうごいん)清華(さやか)って子がいて、その子が黎明殿の巫女なんだよね。今は高二だよ」

なるほど、春の巫女ですか。何となく力の気配がすると思っていましたけど、すぐ傍の高校に通っていたとは。

「向陽さん、ごめんなさい。ダンジョンが消せるのは本部の巫女なんです。東護院さんは、封印の地の巫女なので、ダンジョンは消せないと思います」

「え?同じ黎明殿の巫女だと思ったのに違うの?」

「はい、違うって聞いてます」

そして、私は、一般的な知識として、本部の巫女と封印の地の巫女のことを向陽さんに伝えました。

「そうだったんだ。西峰さん、良く知ってるね。また私の知らないことがあったら教えてね」

「ええ、良いですよ」

快活で人懐っこそうな向陽さんとは、上手くやっていけそうな気がします。

「ねえ、今日ってこの後時間空いてる?お昼一緒に食べに行かない?」

「はい、是非。でも、その前に寄りたいところがあるのですけど」

「どこ?私も一緒に行っても良い?」

「鴻神研究室なんですけど」

「えーと、小冊子で紹介されていた研究室だよね?西峰さん知っているの?」

「去年の大学祭の時にお邪魔したことがあって。だから、一度挨拶しておこうかと」

「そうなんだ。行こ行こ」

私は向陽さんに引っ張られるようにして教室を出て、鴻神研究室に向かいます。エレベーターで五階に上がれば、見覚えのある風景です。以前と同じルートで研究室の扉に行き、ノックをしてから開けました。

「こんにちは」

「おお、珠恵か。良く来たな」

中に入って見ると、白衣を着た織江さんがいました。今日の織江さんの髪型は、ウェーブの掛かった髪を首元でまとめているだけです。

「織江さん、こんにちは。ご無沙汰してます」

「おいコラ、我のことはオリヴィエと呼ばんか」

「やっぱり、織江さん、相変わらずですね」

「聞いておるのか?我は不満を表明しておるのだ。突っ込まれてもヘラヘラ笑っておるとは何事だ」

「いや、これは織江さんとのお約束だからと言われまして」

「誰だそんなこと言ったのは?」

「有麗さんですよ」

「有麗か。まったく仕方のない奴だな」

織江さんは不貞腐れたような顔をしていますが、有麗さんの言うように怒っているという感じではありません。

「ところで織江さん、何を捕まえているんですか?」

「ん?これか?廊下を歩いていたら、良い素材を見付けたので持ってきたのだ」

織江さん、心なしか、ドヤ顔してます。

「暴れてますけど」

「いま連れて来たばかりだからな。これからこの研究室の良さを教えてやるのだ」

「連れて来たって言ってますけど、拉致なんじゃないですか?」

「勧誘だ、勧誘」

「物は言いようですね」

織江さんは、相変わらずのマイペースぶりです。

「感心していないで、手を放すように言ってくださいよぅ」

織江さんに捕まれていた女の子が私に抗議してきました。何となく見覚えのある顔です。確か、さっきのオリエンテーションの教室にいたような。

「あれ?白里さんだよね?」

私の後ろから入って来ていた向陽さんが指摘しました。ああ、確かにそういう名前だったと思い出しました。

「そうですよう。向陽さんですよねぇ?あと、西峰さん。どうしてここに?」

「西峰さんが挨拶したいって言うから付いて来たの。白里さんは、どうしちゃったの?」

「オリエンテーションの教室から出て廊下を歩いていたら、いきなりこの人に捕まれて、ここまで連れて来られちゃったんですぅ」

この人、と言いながら織江さんの方を見ています。

「織江さん、どうして白里さんを?」

「こ奴、良い身体付きをしているからな。研究してみたいと思ったのだ」

「え?私、実験動物扱い?解剖されちゃうの?」

「そんなことせんわい。我を誰だと思ってる?」

「誘拐犯?」

「違うわ。勧誘だと言うておろうに。我は闇のオリヴィエ。誇り高き魔王の眷属ゆえ、誘拐なぞせぬは」

誇りの高さと誘拐の関係が良く分かりませんけど。

「あれ?そう言えば、織江さんは去年修士二年じゃなかったでしたっけ?まだ研究室に居ると言うことは留年したんですか?」

「留年なぞしとらんわ。きちんと修士号を取得して、今年は博士課程の一年だ。ちゃんと新しい学生証も得たのだ」

織江さんは白里さんを捕まえていた手を放すと、小さい黒いリュックのような鞄のところに行き、鞄の中をガサゴソしていました。

「ほれ、この通り」

鞄から手を出して、手の中に持っていたものを私達に見せました。確かに学生証です。

「博士課程、朱野織江って書いてあるね」

向陽さんが読み上げていました。

「そうだ、博士課程、と言うところが肝なのだ。名前は仮だからな。あ、しまった手を放してしまった。珠恵、謀ったな」

「私、何もしてないと思うんですけど」

織江さんが自分で学生証を取りに行ったんですよね?

「ところで織江さん、白里さんにきちんと説明してあげてくれませんか?怯えてますよ」

白里さんは、織江さんの手から逃れると私の後ろに回り込んできていました。

「まったく仕方がないのう。そ奴が良い身体付きをしていると言うのは、そのままの意味だ。筋力もありそうだからな、鍛えれば良い戦士になるぞ」

「私、戦士になりたいなんて思ってないんですけどぉ」

「そうか?勿体無いがな。まあ、無理強いしても仕方がないか。でも、覚えておくがいい。戦士は一人でも多い方が良いのだ。少しでも気が向いたら、体を鍛えるが良いぞ」

そう言うと、最早白里さんへの興味を失ったかのように視線を逸らすと、白衣のポケットに両手を突っ込んで後ろを向いて研究室の奥の方に向かおうとしました。

その時、私はこの部屋に来た目的を思い出しました。それで、急いで織江さんの後を追いかけます。

「織江さん、待ってください」

「ん?どうした」

織江さんは上半身だけ私の方に振り返りました。

「織江さんにお礼を言いたくて。織江さん、去年は大阪まで来て貰ってありがとうございました。お蔭で大学にも入れました。これからもよろしくお願いします」

私がお辞儀をすると、織江さんは私に笑顔を見せました。

「気にするな。我が酔狂でやったことだ。それより、これからもここには顔を出してくれるのだよな?待っておるぞ」

「はい。そう言えば、今日は八重さん、いないんですね。あと、院生の人も他にいないんですか?」

「八重は、今日は外出だ。院生は、修士が学年ごとに一人ずつ所属しておるが、今日はまだ顔を見とらんぞ」

「そうなんですね。じゃあ、他の人とはまた別の時に。私達は今日はこれで失礼します」

「ああ、分かった。またな」

織江さんは身体の向きを奥の方に戻すと、白衣のポケットから右手を出して、軽く手を振り、隣の部屋に入っていきました。私は用事が済んだので、向陽さんと白里さんを伴って研究室の外へ。そして、そのまま三人でお昼を食べに出かけました。


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