6-11. 受験
「珠恵ちゃん、新しいダンジョン三つも見付けたなんて凄か」
ダンジョン探しから数日後、梢恵ちゃんが私の部屋に来ので、ダンジョン探しの結果を報告しました。梢恵ちゃんは、私がダンジョン見付けられることは知っていましたからね。でも、ダンジョンが消せたことは念のため省きました。
「莉津さんのデータがあったお蔭だよ。それで大体何処を探せば良いのか分かったから」
「何処か分かったって、実際にダンジョンを見付けるのは元々は大変だったんちゃう?」
「まあ、それはそうかもだけど」
「まったく、珠恵ちゃんは謙虚やね。もっと堂々とアピールすればええのに」
「私はそう言うのは向いてないんだよ」
「それで、莉津さんとは話しはったの?」
「それが、帰ってきて次の日に東京の事務局に電話したんだけど、急な出張でいないって言われちゃって。いつ帰るかも分からないって」
そうなのです、それで、まだ莉津さんとは話せていません。
「そか。それで、受験の方はどないしたん?」
「そっちの方も止まってる。親に何て言おうか悩んでて」
「そやね。そのまま言うても許可出してくれそうな気がせえへんからなぁ」
「そう言う意味でも莉津さんとは話したいんだけどね。来週になったらもう一度東京の事務局に電話してみるつもり」
「それがええと思うわ。それで勉強はどないする?」
「勉強は続けるつもりだよ。オリヴィエさんにも入ってからが大変だって言われてたし。だから高校の範囲くらいは今のうちに勉強しておかないとと思って」
「珠恵ちゃん、偉いわぁ、偉過ぎやわ。勿論、ウチが教えられることは教えたるから頼ってや」
「うん、梢恵ちゃん、これからもよろしくね」
それから私は梢恵ちゃんに教えて貰いながら数学と化学の勉強をしました。
その勉強の最中。
「あのさ、珠恵ちゃん」
「何?」
「美玖ちゃんってどうやった?」
「どうって、可愛かったよ。それにとても親しくしてくれたし、私、美玖ちゃん好きかな」
「そ、そか」
心なしか梢恵ちゃんの頬が赤くなっているような。
「珠恵ちゃんに気の合う巫女仲間が出来たようでええことやわ」
「ありがとう。でも、梢恵ちゃんは巫女じゃないけど、私の大事な従姉だからね」
「お、おおきに」
梢恵ちゃんの頬がますます赤くなっていました。私はそんな梢恵ちゃんの反応が面白くて吹き出しそうでしたけど我慢しました。
翌週、梢恵ちゃんに宣言していた通り、私は再び東京の事務局に電話しました。今度は莉津さんが事務所にいて話が出来たので、ダンジョン探しの旅の準備のお礼をしてから、大学受験のことを相談してみました。すると、受験のことは何もしなくても親の方から言ってくる筈だからもう少し待つようにとのことでした。私には何が何やらではありましたけど、莉津さんの言うことなので、信じて待つことにしました。
そして、その連絡は、意外と早くやってきました。莉津さんと話をした二日後に、実家の母から電話が来たのです。
『珠恵かい?』
「お母さん?何かあったの?」
『親が子供のところに電話するのに、何か無いといけないのかい?まあ、実際にはあったんだけどね。逆にこっちが聞きたいんだけど、お前、何かやらかしたのかい?』
やらかしたって、ダンジョン探しのこと?誰が母に何を言ったのかも分からないので、まずは惚けることにします。
「何もしたつもりはないんだけど、何か言われたの?」
『珠恵に協力して欲しいことがあるから、暫く珠恵を東京の方に寄越せだと。昨日、弓恵さんが長老会で言われたんだよ。事務局と本部の巫女の意向らしい』
なるほどです。弓恵さんとは祖母のことです。八重さん達なのか莉津さんなのか分かりませんけど、長老会を通じて実家に要請を出したのですね。私は喜びの気持ちが電話口に漏れ出ないように注意して話を進めます。
「それでどうするの?」
『どうするも何も、長老会で言われたらねぇ。それに、本部の巫女に協力して成果を出せば、巫女としての箔が付くとか言われたら、受けない手は無いだろう?』
「まあ、そうだよね」
母と話をしながら、何か変な気がしました。長老会に出ているのは祖母なのですが、祖母は娘たちの競い合いに良い顔をしていません。他所に迷惑を掛けない限りは黙認しているようですけど、通常は中立で、娘たちのどちらかに有利な働きかけはしないのです。だから、例え長老会で巫女としての箔の話をされても、母に伝えることはしないと思うのです。そのことは、機会があったときに祖母に訊くことにして、母との話を続けます。
『それでだけど、暫くってのが何年間かってことらしくて、高校卒業したら東京に引越すことになるよ』
「お母さん、あの、私、大学に行きたいんだけど」
『それは構わんけど、行くなら東京の大学だよ』
「うん、それで良いから。良さそうなところがあったら受験して良い?」
『ああ良いよ。まあ、なるべく良い大学を選ぶんだよ』
お母さんの競争心はここでも健在のようです。
「そうするから」
『それじゃ、大学が決まったら教えとくれ。事務局には東京に行くと伝えておくから』
「分かった」
今ここで行きたい大学があると言ってしまうと、怪しまれると思って止めておきました。願書を出すまでにはまだ間がありますし、それまでに伝えれば良いのです。
ともかく、これで東京行きの障害が無くなりました。電話を切ると、嬉しさのあまり小躍りしてしまいました。そして、東京行きのことで頭が一杯で、南の封印の地の異変について聞き忘れたのに思い至るには、それから暫くの時間が必要でした。
その日以降、私は梢恵ちゃんに勉強を教えて貰い、夏休みが終わると学校にも通いながら、受験に向けたプロセスを着々と進めていきました。
願書の締切日は10月の後半にありました。一般入試なら、受験費用を振り込んでから必要事項を書き込んだ願書を提出すれば終わりだったのですけど、特別選抜は願書と一緒に提出しないといけない書き物が二つあって、それらを書くのが結構大変でした。一つは応募資格にあった『地球科学科の学術領域において顕著な成果を挙げたもの』である事実を示す説明文、もう一つが入学してからやりたいことをまとめた小論文です。
どちらも、私一人の手には余るものでしたけど、説明文の作成にはダンジョン協会の記録が不可欠だと気付いて、連絡先を聞いてなかった藍寧さんへの連絡方法を調べるよりはと莉津さんに相談したら、小論文のことも含めてアドバイスして貰えました。
説明文は、書き過ぎは良くないとのことで、ともかく事実だけを淡々と簡潔に書き、あとは入手方法を教えて貰って取り寄せたダンジョン協会の記録と、事実に相違ないことを確認したとする莉津さん、藍寧さん、美玖ちゃんの署名を添えました。その署名を揃えてくれたのも莉津さんです。私は面倒だからと遠慮したのですけど、少しでも有利になるように付けた方が良いからと逆に説得されてしまいました。後でそのことをオリヴィエさんに話したら「何だそれは?その署名を得ただけでも十分な成果だぞ」と言われてしまいました。
小論文の方は、やっぱりテーマは自分で考えないととは思いながら、どういうものがテーマに相応しいのかが分からないのが問題でした。そうしたら、莉津さんが東京の事務局の資料室に入れるようにしてくれました。そのとき、小論文のことには無関係ながら、東京の事務局で気になっていたものが目の前にあったので、思わず莉津さんに尋ねてしまいました。
「あの、何で資料室の奥にダンジョンの入口があるのですか?」
「え?ああ、珠恵さんには分かってしまうわね。実はこの先はダンジョンではなくて、本部の巫女用の共用異空間なのよ。長老会の会議にも使っているし、西の封印の地にも入口はあると思うけど、珠恵さんなら分かるんじゃない?」
「ああ、多分、そうじゃないかと思うところがありますね」
そう言えば、母屋の一角にダンジョンに繋がっているかもと思わせる隠し扉がありました。そこがきっと共用異空間の入口なのです。
「中を見せてあげられれば良かったんだけど、ここの扉は登録した巫女しか開けないのよ。今度、美玖さんか誰かにお願いして見せて貰うと良いわ。ただ、特段珍しいものは無いわよ」
「ともかく、これが何かが分かったので良いです」
知識欲が満たせたので、そこはそれで良いことにして、本題である資料の閲覧を始めました。流石は黎明殿本部の事務局、黎明殿関係とダンジョン関係の資料が沢山あります。学会の論文誌もあって、鴻神先生や八重さんが書いた論文も見付けました。そうした資料を見ながら考えた結果、私の能力がダンジョンに強く関係することから、「ダンジョンとは何か、ダンジョンは無くすことができるのか」をテーマにしようと思いました。そして、莉津さんに手伝って貰いながら、関係しそうな資料を選び、それらの資料も踏まえた大学での研究の進め方のアイディアを考えて小論文にまとめました。
そんなこんなで東京に行くこと三度、漸く願書の提出に辿り着きました。東京に行ったのは何れも週末で莉津さんはお休みだったようですけど、快く私に付き合っていただいて本当に感謝です。
あと、東京で莉津さんと会ったときに、南の封印の地の異変についても訪ねたのですが、申し訳ないけど今は詳細は話せないと言われてしまいました。散々お世話になった莉津さんを困らせたくなかったので、話せるようになったら教えて貰うことにして、その場は引き下がりました。
さて、願書の提出後、11月初旬に書類選考を通過したとの連絡があり、下旬に面接に臨みました。面接の練習にも莉津さんに付き合って貰っていて、最初の説明の内容や、余計なことを話さずに質疑応答をどう切り抜けるかなど二人で検討したりしました。そのおかげもあって、12月の初旬、西早大から合格通知が届きました。




