6-8. ダンジョン探し初日
藍寧さんの運転する車は、高速に乗り、最初の目的地目掛けて進んで行きます。
ダンジョン探しに行く場所は、先日の話し合いのときに決めてありました。最初に行くのは兵庫と島根の県境にある氷ノ山の東側と南西側です。この辺りは、はぐれ魔獣の発見報告がいくつか寄せられているのですけど、近くに既知のダンジョンが無く、未登録のダンジョンがある可能性が高いとされているとのことです。
「ねえ、珠恵ちゃんて、どれくらいの範囲までダンジョン見つけられはるの?」
美玖ちゃんが私に声を掛けてきました。車が走り始めてから、美玖ちゃんはサングラスを外しています。どうやらサングラスは眩しいからというより、変装用だったみたいです。私から見ると、全然変装にはなってなかったですけど。
「大体10kmくらいでしょうか」
「ふーん、それって普通の探知も10km出来はるってこと?」
「いえ、普通に探知できるのは2~3kmなんです」
「え?何それ。ダンジョンの探知範囲が、普通に探知できる範囲よりずっと大きいちゅうこと?」
「そうなんです」
「そうだとすると、珠恵さんのダンジョンを見つける力は、普通の探知とは違うものだということになりそうですね」
「はい、そうですね」
と、ここまで会話したところで、藍寧さんはダンジョン管理協会の職員だったことを思い出しました。私の能力のことは、他の人には話さないように言われていたのに。
「あ、あの、藍寧さん、その、ダンジョンを見つける能力のことは、他の人には話してはいけなくて」
私が焦ってフォローしようとしたら、美玖ちゃんが笑い出しました。
「珠恵ちゃん、心配せんでええから。藍寧さんはダンジョン管理協会の職員やけど、黎明殿の巫女のことは良く知ってはるし、外に漏らすことは絶対にせえへんよ」
「え?そうなんですか?」
「そうそう、だからこの車の中ではどんな話をしても問題あらへんて」
「は、はい」
美玖ちゃんがそう言うなら大丈夫なのかな。
「何や、まだ信じられんちゅう顔しとるな」
私の声色に不審の色を感じたのか、美玖ちゃんが私の方を振り向きました。
「珠恵さんが慎重になるのは良いことだと思いますよ」
藍寧さんは運転中なので、前を向いたままです。
「まだ会ったばかりですし、信頼を得るには時間が必要ですから」
「そやかて、自由に話ができへんと、何かと不便やし」
「そこは美玖さんが、珠恵さんと私の橋渡し役になってくださいな。美玖さんならそれが出来るでしょう?」
「それはそやけど」
美玖ちゃんは私の方を振り向いたままでしたので、顔を赤らめているのが分かりました。
「ともかくや、藍寧さんは信じられる人やから、珠恵ちゃんは余計な気を使う必要はあらへんからな」
私にそう言い置くと、美玖ちゃんはプイと前に向き直ってしまいました。美玖ちゃんは、容姿も可愛いけど、性格も可愛いところがあります。
そんな会話をしている間にも車は移動を続け、一時間もすると最初のエリアに到着しました。藍寧さんは、道端にある駐車スペースに車を入れました。
「氷ノ山エリアに着きました。ここなら10kmの範囲内にすべての調査区域が含まれていますので、珠恵さん、能力で確認して貰えますか?」
「はい、あの?」
「何ですか?」
「実はもう、引っ掛かっているものがあるのですけど、この辺りに登録されているダンジョンは無いんですよね?」
「ええ、ありません。見つかったのはどの辺りですか?地図で何処なのか言えますか?」
「えーと、はい、大体なら」
すると、美玖ちゃんが私にタブレットを渡して来ました。タブレットには、この周辺の地図が表示されています。
「この辺りだと思います」
私が示したのは、氷ノ山の南西側の山の中でした。
「うわ、本当に山の中やな。歩いて行くのは辛そうや。藍寧さん、どないする?」
「そうですね。出来るだけ近くまで車で行ってみましょう」
そして地図を頼りに近くまで移動しようとしました。道が無くなってしまい、それ以上車で奥に行けないところまで進むと、目的地まであと1km前後くらいでした。私達は車から降りて、辺りの状況を確認しました。
「行き止まりやね」
「ええ、ここから入るなら、道を切り拓く必要がありますけど。珠恵さん、ここでなら、正確な位置が分かりますか?」
「はい、ここからなら普通の探知の範囲内なので。美玖ちゃん、地図を見せてくれますか?」
私は美玖ちゃんから地図を表示しているタブレットを受け取ると、探知で視えている地形と、地図の地形とを照らし合わせて、ダンジョンがあると感じた場所を特定しました。
「ここです」
「1km近くは歩かなあかん距離やね」
「ええ、でも、まだダンジョンが確認できていないので、時間は掛けられません」
「ほな、どないします?転移ならすぐやけど」
「そうですね。まずは転移で行って、ダンジョンがあるかを確認してしまいましょう。美玖さん、連れていって貰えますか?」
「勿論ええよ。ほな、二人とも手え繋いでな」
藍寧さんと私がそれぞれ美玖ちゃんと手を繋ぐと、美玖ちゃんは転移陣を起動して全員を転移させました。
転移で一瞬にして目の前の光景が変わります。私達が立っていたのは、森の中で少しだけ開けた場所でした。そして、ダンジョンの入口が目の前にあります。
「ありましたね」
「おお、珠恵ちゃん、凄いやん。本当に見つけはった」
私は役に立ててホッとしました。
「しかし、こんな山奥やと、偶然見付けましたと言うのは無理があらへん?」
「こじ付けでも言い訳が必要でしょうね。美玖さん、地図を見せて貰えますか?」
藍寧さんは美玖ちゃんからタブレットを受け取って地図を眺めて考え込んでいました。
「このダンジョンとの関係性は不明ですが、この沢と隣接する沢での最近の魔獣の目撃情報が幾つかあります。そこから類推して調べに来た、と言うことにしましょうか」
「ええと思います。それなら車からここまで歩いて来た説明にもなりそうやし」
「それでは、中を調べましょうか」
藍寧さんは、タブレットを美玖ちゃんに返すと、リュックの中からライトの付いたヘルメットを取り出して被り、ダンジョンの入口に向かって歩き出しました。美玖ちゃんも藍寧さんに付いていこうとしています。
「あの、何を調べるんですか?」
これまで管理されていないダンジョンの調査の経験がない私は、二人から何をするのかを教えて貰いました。ダンジョンの中に入って確認することは三つあって、この中に生存者がいるかどうかの確認、魔獣の種類の確認、通知石の有無の確認なのだそうです。通知石とは、ダンジョンを調査に入った巫女が、奥に入るときに入口に置いて行く目印のようなもので、それがあったら奥にいる巫女と連絡を取らないといけないのだとか。ただ、そんなことは滅多にないということです。
調査の概要が分かったところで、私も一緒にダンジョンの中に入らせて貰いました。残念ながら私の探知では五層までの確認は出来ないので役に立てませんけど、自分で見付けたダンジョンなので、一度は中を覗いてみたいと思ったからです。
とは言え、ダンジョンの中は、私の知っている他のダンジョンと同じで真っ暗でした。私の探知範囲は狭いのですけど、ここの一層はそんな私の探知でもすべて見渡せるくらいの広さしかありません。
「このダンジョンは、それほど広くなさそうですね」
「珠恵ちゃん、そやな。四層までしかないみたいやし、小型ダンジョンやろ。生存者もおらへんし、通知石も見当たらへん。魔獣も中型の数頭の群れまでや。藍寧さん、どないします?」
「調査は十分でしょう。外に戻って、ダンジョンを消滅させられるか試しましょう」
「ん。じゃあ、珠恵ちゃん、戻ろか」
美玖ちゃんに声を掛けられ、手を繋がれて引っ張られ、そしてそのまま外に出るように促されて、最初にダンジョンの外に出ました。後から藍寧さん、美玖ちゃんも続いて出てきました。
外は真昼の時間で太陽は南にあって強く照り付けています。ダンジョンの暗いところから急に外に出て、目が慣れるのに少し時間が必要でした。それは私だけではなく、美玖ちゃんや藍寧さんも同様のようです。
ダンジョンから出て来た美玖ちゃんの右手に力を感じたかと思うと、その手に装飾された杖が握られていました。
「美玖ちゃん、それは何?」
「これは時空修復の杖と言われとる。ウチらがダンジョン消すのに使うとるんや」
「へえ。それってどうやって使うの?」
「単に力を流し込むだけや。それで上手くすればダンジョンが消せることになっとる」
「ふーん、だったら私にも使えるの?」
「いや、流し込む力がたんまり必要やて、封印の地の巫女では危険と言われとるんよ」
「そうなんだ。それは残念。でも、見学は良いんでしょう?」
「勿論ええよ。藍寧さん、やりますけど、ええですか?」
「ええ、どうぞ」
「ほな」
美玖ちゃんが杖に力を流し込み始めました。それと共に、杖から巫女の力とは異なる力が発生し、ダンジョン入口である時空の接合面へ干渉し始めたように見えました。でも、力の方向が定まっておらず、効率が悪そうです。
とは言え、時間が経つにつれて、少しずつ接合面が小さくなっているようです。そして、接合面が小さくなるにつれ、接合面の縮小スピードが上がっています。遂には、接合面が完全に消え、ダンジョンの入口も見えなくなりました。
「美玖さん、ダンジョンを消せたようですよ」
「そやな」
美玖ちゃんは、返事をすると力の流し込みを止めました。
「珠恵ちゃん、どうやった?」
「うん、ダンジョン消すところを初めて見たよ。凄いね。だけど――」
「どないしたん?」
「んー、上手く言えないんだけど、闇雲に叩いているから正しいところに余り当たらなくて、効率が悪い感じ?」
「え?珠恵ちゃん、当たったかどうかとか見えとんの?」
「目で見てるわけじゃないけど、何となくそう言う感じがするんだよね」
「へー、何や珠恵ちゃん、それって凄いことかも知らへん」
美玖ちゃんに感心されてしまいました。少し嬉しいかも。




