6-5. 特別選抜
「え?特別選抜を?私が?」
「そや」
「無理だよ、それ。私、読んだことあるけど、受かりそうな気がしなかったもん」
「何でや?よく考えてみたん?」
梢恵ちゃんは、テーブルから乗り出すように私の方に顔を近づけました。私はどうどうと、宥めるように梢恵ちゃんを押し留めます。
「だって書いてあるじゃない。特別選抜は応募資格が『地球科学科の学術領域において顕著な成果を挙げたもの』って。私、学者じゃないし、成果とかないよ」
「これ、大学受験なんやし、受けるのは高校生なんやから、学者を求めているんやないて。珠恵ちゃん、自分でハードル上げすぎやて」
「そうかなぁ。だけど、学者でなくても良くたって、成果は必要なんでしょ?私成果なんて何も出してないよ?」
梢恵ちゃんは、人差し指を立て、ちっちっちっとばかりにそれを左右に振りました。
「珠恵ちゃん、今は無くてもええんよ。これから成果を作ればええんやから」
「これから作るって、夏休みの宿題じゃないんだから、そんなに簡単にはいかないよね」
「そうかも知らへんけど、今の勉強続けるだけやと厳しいんちゃう?それに勉強ばかりやと煮詰まってしまいそうやし、気分転換に何かやってもええんやない?」
「うーん、まあ、そうかなぁ」
「それに珠恵ちゃんには強力な武器があるやないの」
「何?巫女の力のこと?」
梢恵ちゃんは、首を振って答えました。
「ちゃう。巫女の力のことやあらへん。珠恵ちゃん、忘れたん?研究室にスカウトされたんやろ?」
「うん、そうだけど。え?もしかして、研究室の人に手伝って貰って何かやるってこと?」
「いやいや、流石にそれは無いと思うわ。受験先の人に手助けして貰うなんて、やましいことがあらへんかったとしても、後で不味いことが起きそうな気しかせえへん。ウチが言いたかったのは、そういうことじゃあらへんよ」
「じゃあ、どういうこと?」
私は梢恵ちゃんの意図がさっぱり読めなくて、梢恵ちゃんにやれやれという顔をされてしまいました。
「珠恵ちゃん、研究室にスカウトされた理由を思い出せへん?」
「時空の活性化状態を認識出来たこと?」
「そやったよね。それで、何でそれが出来るから言うてスカウトされたと思うねん?」
「それは、出来る人が少ないからじゃないかな?」
私の答えは正しかったようで、梢恵ちゃんはウンウンと頷いています。
「ウチもそう思う。と言うことはや、その能力を使えば、他の人には出せない成果が出せるんやないかと思わへん?そないすれば、特別選抜も行けるんとちゃう?」
「あー、なるほど。だったら、時空の活性化状態を認識する能力を持っていることを証明すれば良いのかな?」
「いんや、それは止めておいた方がええ」
私の勢いを止めるかのように、梢恵ちゃんは片手を上げました。
「え?どうして?」
「その能力のこと、ご両親に教えんように言われておったやろ?証明してしまったら、バレてしもうやないの」
「確かにそうだね」
「そやから、その能力は使うにせよ、傍から見てその能力を使ったかが分からへん方が良いんや」
「何だか難しそうなんだけど」
「まあ、それは考えながら悩まへん?」
「良いよ。それで時空の活性化状態が分かる能力を使って出来ることだけど、やっぱりダンジョンを見つけることかな?」
梢恵ちゃんと私は、二人してウーンと唸りました。
「珠恵ちゃんは、ダンジョンがこれから出来そうなところが分かったりせえへんの?」
「あー、出来るときにも活性化状態になりそうだもんね。でも、ダンジョンが出来る予兆に気が付いたことは無いねぇ」
「はぐれ魔獣が見付けられるとかはあらへん?」
「うーん、はぐれ魔獣が現れるときには活性化状態になりそうだけど、一瞬だと思うんだよね。これまでそれに気付いたことも無いかな」
「他にその能力で出来そうなこと、あるといいんやけど?」
「そうだけどねぇ。これまでこの能力のこと、深く考えたことなかったんだよね」
それでも私は何かやれそうなことが無いか、懸命に考えてみました。でも、駄目です。
「残念だけど、思いつけないよ」
「そか、仕方あらへんなぁ。そないすると、ダンジョン探しするしかなさそうやね」
出来ることとして思い付けるのはそれくらいですけど。期待と不安の入り混じった気持ちを抱きながら、梢恵ちゃんのことを見ます。
「ねえ、梢恵ちゃん。ダンジョン見つけて、それで成果って言えるのかな?」
「そこんとこは、専門家に聞いてみなあかんかな」
「専門家って、誰になるんだろう?」
「仮にダンジョンを見つけたとするやろ?そないすると、まずはダンジョン協会に報告せなあかん。そやからダンジョン協会が一つ。そんで調査をするのは黎明殿本部の巫女。そういう意味では、黎明殿も専門家の一つと言えそうに思えるんやけど」
「それって、私も専門家ってこと?」
「傍から見ればそうかも知らへんな。まあ、巫女によって経験の差はあるのは普通やし、情報量からすれば、すべての調査結果を纏めとる本部の事務局が一番やと思うねん」
「そうだね。確かに事務局は色々と知ってそうだよね。一度事務局に行って聞いてみようか?だけど、ここから近い事務局だとなぁ」
「そうやねん。ここから近い事務局は関西支局のやけど、そこは西峰家の息が掛かった人間がおるから、迂闊に近づけへんねん」
「そうなると、東京に行く?」
「相談先としては東京の事務局がええねんけど、わざわざ東京に行くなんてことをしてしもうたら、それも実家に気付かれてしまうやろうしなぁ。それはそれで厄介なことになってしまいそうやわぁ」
「それもそうか」
私は溜息を付いて天井を仰ぎ見ました。何となく道筋は見えてきてはいますが、中々すべてがクリアにならないのがもどかしいところです。
梢恵ちゃんに視線を戻してみると、梢恵ちゃんの方も悩ましげな顔をしています。私のことに、こんなに一所懸命考えてくれて有難いことです。私も梢恵ちゃんのために何かしてあげたいのですけど。
しかし、当座は私のことを何とかしないと。とは言え、どうするのが良いのでしょうか。
私が悩んでいるところに、梢恵ちゃんが口を開きました。
「珠恵ちゃんさぁ、一度事務局に電話してみよか?」
「え?でも、電話は使わない方が良くない?」
巫女に関することは、電話で話さないようにと良く言われていたので、梢恵ちゃんの申し出に私は迷いました。
「巫女の話は電話ではせえへんよ。ともかく一度会うて話が出来へんか、相談するのや。相談相手は事務局長がええと思う」
「ええ?事務局長って偉い人じゃないの?そんな人に私の相談を聞いて貰えるのかなぁ」
「そう言わはってもや。ええか?例え珠恵ちゃんが東京に行ったかて、結局、相談相手は事務局長になると思うんや。そやから大した差はないとは思わへんか?」
「うー、まあ、そうかぁ」
何か上手く梢恵ちゃんに言いくるめられた気がしなくもないですけど、それ以上に良い方策も思い付かないので、私は梢恵ちゃんの案に従うことにしました。
「じゃあ、電話してみるよ。今日は事務局やっているよね?」
「学校はお休みやけど、世間的には平日やからな。やっている筈やで」
「うん」
私はスマートフォンを手に取ると、東京の事務局の番号を確認して、ダイヤルします。
呼出音が三回鳴ると、電話口から女性の声が聞こえてきました。
『お電話ありがとうございます。こちらは黎明殿本部事務局です』
私は咄嗟に反応しました。
「あの、黎明殿西御殿の西峰珠恵と言います」
『はい、秋の西峰珠恵様ですね』
どうやら、私のことが秋の巫女であることに気付いて貰えたようです。
『ご用件は何でしょうか?』
「ご相談したいことがありまして、事務局長とお話したいのですけど」
『承知しました。少々お待ちください』
「はい」
それから保留音が聞こえてきて、しばらく待つとその音が切れ、また女性の声がしました。先程とは別の女性のようです。
『変わりました。事務局長の笛野です』
「私、西御殿の西峰珠恵です。笛野さんにご相談したいことがあって、お話ししたいのですけど」
『電話では出来ないお話ですよね?』
「はい、そうです。それで、どうしたら良いのかも悩んでいまして」
『それなら、丁度明後日大阪に出張なので、その時に直接会ってお話しするというのはどう?』
「え?良いんですか?」
『大丈夫ですよ。今回の出張は時間に余裕もあるから』
「それじゃ、是非お願いします」
『分かりました。明後日の15時に関西支局のオフィスにしましょうか?』
「あの、できれば関西支局では無い方が良いのですけど」
私は恐る恐る希望を伝えました。まあ、最悪関西支局でも仕方が無いですけど、避けられるなら避けるに越したことはなかったので。
『そう言うことね。では、何処かのお店でと言うことにしましょう。15時に新大阪駅の南口に居てください。貴女にだけ分かる方法で、場所を伝えますから』
「あ、はい、分かりました」
『では、明後日と言うことで。他に何かありますか?』
「いえ、ありません。明後日よろしくお願いします」
『はい。それでは失礼します』
「失礼します」
私は電話を切ると、暫くボーっと呆けていました。
「上手く行ったみたいやね」
「梢恵ちゃーん、緊張したよぉ」
「勇気を出して電話をした甲斐があったなぁ」
「うん、そうだね。梢恵ちゃん、後押ししてくれてありがとう」
「おおきに。やけど、本番は明後日やね」
「そう。梢恵ちゃん、明後日も一緒に行ってくれる?」
「仕方あらへんなぁ。まあ、学校も休みやし、バイトも入っておらんから構へんよ」
「ありがとう、助かるよ」
持つべきものは、梢恵ちゃんです。




