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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第6章 導く者 (珠恵視点)
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6-4. 模試と受験対策

夏休みになりました。いや、もう夏休みになってしまったと言うべきでしょうか。

梢恵ちゃんから譲って貰った教科書や参考書を使って勉強を始めたものの、そんなに直ぐに身に付くものではありません。6月の下旬の模試を五教科で受けて、いくつかの大学の文学部と西早大の地球科学科とを志望大学に書いてみたのですけど、地球科学科はE判定と、ある意味予想通りの結果に終わりました。前途多難であることを改めて感じたような状況です。

でも、諦めたわけではありません。

毎日、学校の勉強とは別に数学と化学の教科書を開いて、少しずつでも覚えようと努力しています。梢恵ちゃんも応援してくれていて、週に何度かは家に来て勉強を教えてくれているのです。もう、本当に梢恵ちゃんに感謝です。

そして今日も梢恵ちゃんが来てくれたのですけど、返って来たばかりの模試の結果を見て、私はひたすらテンションが下がっていました。

「珠恵ちゃんどうしたん?そんなに肩を落としはって」

「梢恵ちゃん、これ見てよぉ」

私は梢恵ちゃんに模試の結果の紙を渡すと、リビングのローテーブルの上にうつ伏せになりました。

「何?あー、この前の模試の結果やね?」

「そう。まあ、予想通りと言えばそうなんだけど、西早大はE判定だったよ」

「それは仕方が無いんと違う?この模試受けたのって、数学と化学の勉強始めてから二週間くらいしか経っておらへんかったよね?」

「それはそうなんだけどさ。厳しいなって」

「そないに簡単に事が進んでしもうたら、人生詰まらないんちゃう?まだ時間はあるんやし」

「そうかも知れないけど、こういう結果を見ちゃうと焦るんだよ」

「まあ、珠恵ちゃんの気持ちは分かるんやけどな。焦ってもしゃーないと思うねん」

「そりゃまあね」

そう、梢恵ちゃんの言う通りなんだよね。こうして今日も勉強を見に来てくれているのだし、しょげてばかりいないで、前に進む努力をしようかな。

私は何とか気持ちを切り替えて起き上がります。

「勉強する気になったん?」

「うん、少しでも前に進まないとだから、頑張る」

「そうそう、その意気や」

「うん。あ、お茶まだ出してなかったね」

「ええよ、それはウチがやるよって。珠恵ちゃんは勉強の準備をしとき」

「分かった。ありがと」

梢恵ちゃんはキッチンに行っている間に、私は書棚から数学と化学の教科書に参考書を抜き出し、引き出しの中に閉まってあったノートと筆記用具を取り出して、勉強の準備を整えました。

台所に行っていた梢恵ちゃんがお茶の入ったコップを二人分持ってきて座り、お勉強の時間の始まりです。

「さあ、今日は何をやるん?」

「まずは数学かな。三角関数のところ」

sin(サイン)cos(コサイン)やな?」

「そうそう。一応、sinやcosの定義は分かるんだけど、rad(ラジアン)って何?何で、45度、とか90度、とかじゃないの?」

「うーん、珠恵ちゃんは、また難しいところで引っ掛かっとるんやね。そこはそう言うものやと流しておけば楽やのに」

「確かにそうかも知れないけど、気になっちゃうんだもん。これまで一周は360度って習っていたのに、いきなり(2パイ)ですって言われてもさぁ」

「珠恵ちゃんの気持ちは分かるんやけどなぁ、結局は決めの問題やしな。rad使うのは、その方が計算するのに好都合やったからや」

「好都合?」

「そや。radの定義、覚えとる?」

「えーと、半径1の円孤の長さが1となるときの角度が1 radだったよね?」

「そそ、合うとる。それで、角度がθ(シータ)radのときに、半径1の円弧の長さは?」

「θだよね」

「そそ。もし、角度がθ度って言ったら、円弧の長さはどないになる?」

「ええと、360で割って2π掛けるから、180分のπθ?」

「どっちの方が計算し易い思う?」

「radだね。でも、それだけなの?」

「それだけ言えばそれだけやけど、数式が単純になれば応用もし易くなるんや、十分な理由やと思うんやけどなぁ」

「そうかもだけど、何か違和感あるんだよね」

「練習問題沢山やればええんや。やっとるうちに自然に慣れるわ」

そうだね。グダグダ言ってないで、慣れちゃえばいいんだ。

「そや、ウチの好きな公式を一つ教えよか」

「何?」

「ちょっと待っててな」

梢恵ちゃんは肩掛けカバンの中を探っています。何かを探しているようでした。

「珠恵ちゃん、何か書くもの貸してや」

言われるがままに、梢恵ちゃんにシャーペンを渡しました。

梢恵ちゃんは肩掛けカバンから折り畳まれた紙を取り出してテーブルの上に置くと、そこに十字の座標軸を描きました。そして、横軸の原点から左右に等距離のところに点を打つと、右の点の脇に「1」を、左の点の脇に「-1」と書いていきます。次に原点から上下に先程と同じ距離とのところに点を打ち、上の点の脇に「i」と、下の点の脇に「-i」と書きました。

「これは複素数平面や。複素数はこの前勉強したやろ?」

「a+bi(アイ)って書く奴だよね?」

「そう、iが虚数単位で、aが実部、bが虚部やね。その複素数を平面上に表すのが複素数平面で、aの実部を横軸、bの虚部を縦軸にして、a+biを座標(a, b)で表すんや。ここまでは分かるん?」

「うん、まあ」

「それで、ここに書いた1, i, -1, -iやけど、これらは皆原点となる0からの距離が1や」

「何となく分かる」

「複素数にも絶対値があるんやけど、想像付く?」

「もしかして、原点0からの距離ってこと?」

「そや、だから複素数a+biの絶対値は、aの2乗とbの2乗の和の平方根や」

「三平方の定理だね」

「そそ、珠恵ちゃん、ええ感じや。そんで絶対値が1の複素数の集まりは、こう、1やiを通る円になるんや」

そう言いながら、梢恵ちゃんは半径1の円を描きました。

「ここでさっきのradなんやけど、原点0と1を結ぶ線を左回転に角度θ(シータ)rad(ラジアン)動かしたときの円上の点はいくつや?」

「え?cosθとsinθ?」

「そやから、複素数の値としてはcosθ+i sinθやね」

「ああ、そか」

「で、ここからが重要なんやけど、cosθ+i sin θには別の表し方があるんや」

「え?cos θ+i sin θは複素数で、実部がcosθで、虚部がsin θでしょ?他の書き方があるの?」

「それがあるねん。こう書くんや」

梢恵ちゃんは、ノートに数式を書きました。

「梢恵ちゃん、何これ?e?」

「eのi θ乗や」

「eって何?iθ乗って何?」

「eって自然対数の底やけど、そう言えば習うの数字Ⅲになってからやったな」

「私はまだ数学Ⅱの勉強中なんですけど」

「そやったわ。珠恵ちゃん、堪忍な。数学が美しくて楽しいことを分かって貰いたかったんやけど、まだ少し早かったみたいや」

「良いよ、梢恵ちゃんの気持ちは十分伝わったから」

「そか?ウチの愛情が伝わったん?i(アイ)乗なだけに」

「いや、そこでギャグは要らないから」

「うーん、珠恵ちゃんのいけずぅ」

梢恵ちゃんは口を尖らせ、頬を膨らませます。怒っている顔も可愛い。

私が梢恵ちゃんの怒った顔を見ながらほっこり癒されていると、梢恵ちゃんは怒るのを諦めたのか、顔の表情を戻しました。

「はー、止めや止めや。怒っているのに、ニコニコされてたら堪らんわ」

「梢恵ちゃんが可愛いからだよ」

「それはおおきに。それじゃ勉強の続きしよか」

と、そのとき、梢恵ちゃんは何かを思ったのか手を合わせました。

「そや、忘れとった。珠恵ちゃんに話があったんや」

「何?」

「えーと、鞄に入れて来たのやけど」

梢恵ちゃんは、肩掛けカバンの中をガサゴソと探っています。

「あれぇ?どうしたかなぁ?」

「何探しているの?」

「んー、紙に印刷してきたんやけど」

「紙?」

そう言われて、私はテーブルの上を見ました。

私の視線が向いたからか、梢恵ちゃんは、さっきまでテーブルの上で図を書いていた紙に気付きました。

「ああ、そやった。この紙やったわ」

梢恵ちゃんは、テーブルから折り畳まれた紙を取り上げると、それを広げました。そこには何か書かれています。

「それは何?」

「ネットで公開されている西早大の入試要項や。珠恵ちゃん、これに気が付いておるかな思うて」

梢恵ちゃんは、私に紙を見せて寄越しました。私が紙を受け取ると、梢恵ちゃんは、ある一部分を指で指し示しました。

「地球科学科特別選抜」

「そや、珠恵ちゃん、これ受ければええんやない?」


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