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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第6章 導く者 (珠恵視点)
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6-3. 従姉の梢恵

「へーえ、珠恵ちゃん、東京で面白(おもろ)そうな大学を見つけはったんや。良かったなぁ」

「うん、頑張って行って来た甲斐があったよ」

今は月曜日の夕方。週末、土日に掛けて東京の大学巡りをして、帰って来た日曜日の夜は疲れて寝てしまい、朝起きて学校に行って帰って来たところです。

従妹の梢恵ちゃんを家に招いて、話をしています。1LDKの間取りの学生用マンションの中、リビングに置いてある座卓を囲むように梢恵ちゃんと私が座布団を敷いて座っています。梢恵ちゃんは、私より二つ学年が上で、今は大阪の大学の二年生です。学年は違いますけど、昔から仲良くさせて貰っていて、お互いにちゃん付けで呼び合う間柄です。住んでいるのが同じマンションなので、良く行き来しています。

私の実家は西の封印の地ですけど、それは島根県にあり、中学まではそこで暮らしていました。高校への進学の際、大阪の高校を希望して認められ、家を出て一人暮らしを始めました。もっとも、このマンションは西峰家の関連の会社の持ち物なので、ここはまだ実家の影響の及ぶ範囲内だったりします。両親は、私の生活にはそれほど干渉して来ませんけど、それでも何となく見張られているような感覚があって落ち着きません。東京に行きたいと思うのは、親の手の届かないところに行きたいという気持ちに因るところが大きいのです。

何故私がそんな風に思うか、それはともかく家の中の居心地が悪いからということに尽きます。私の母には姉がいて、それが梢恵ちゃんのお母さんなのですけど、母との間で妙に張り合っているのです。叔母は、巫女の力を持っていません。叔母の妹に当たる私の母は巫女の力を持っていて、それがために西峰家の次期当主と言われていて、それが叔母には我慢ならないらしいのです。それって別に母が決めた話でもなく、封印の地の昔からのしきたりなのですけど。

そんな状況の中、叔母は母より先んじて娘、つまり梢恵ちゃんを産み、しかし、梢恵ちゃんは巫女の力を持っていませんでした。次に生まれたのが巫女の力を持っていた私、それでもう話は決まったような状況の筈だったところに、叔母がもう一人赤ちゃんを授かり、私の一年後に生まれた知恵ちゃんが巫女の力を持っていたことで、ややこしくなってしまいました。

まあ、それでも母と叔母の二人だけで競ってくれていればまだマシだったと思うのですけど、叔母は知恵ちゃんに物凄く肩入れし、さらに知恵ちゃんを私にけしかけてきたりしました。母は母で、知恵ちゃんに遅れを取らないようにと私に迫ってきますし。でも私は、そんな内輪の争いには興味は持てなかったし、巻き込まれるのも嫌でした。

梢恵ちゃんは梢恵ちゃんで、力が無いがために知恵ちゃんが生まれてからは叔母さんに構って貰えていないようでしたけど、これ幸いにとまだ中学生のときに大阪行きを決め、一人暮らしを始めていました。梢恵ちゃんは優しくて、そして私が母と叔母の鍔迫り合いに巻き込まるのが嫌なのも良く知っていて、私が小さい頃はよく慰めてくれたものです。梢恵ちゃんが大阪に行ってしまってからは、声を聞きたいときは電話を掛けるくらいしかできず、寂しい思いをしていました。

そうしたことから、中学三年のときに大阪の高校への進学を希望して、梢恵ちゃんと同じマンションに入ったのです。ここなら、思う存分、梢恵ちゃんと会うことができるからです。封印の地の内輪揉めの話は、そうそう他人には言えないですからね。

でも、何を勘違いしたのか、知恵ちゃんも大阪の高校に行くと言い出して、ここに来たのは誤算でした。梢恵ちゃんはもっと迷惑そうでしたけど、流石に一人暮らし用の学生マンションに二人で住むことにはならず、別々の部屋になったのは幸いだったでしょうか。梢恵ちゃんは2階、私が3階、知恵ちゃんが4階で、梢恵ちゃんと私が行き来するときに、知恵ちゃんと鉢合わせする心配がないことでは助かっています。

「それで、珠恵ちゃん、西早大の理学部受けるん?あれ?珠恵ちゃん、文系クラスと(ちご)うた?」

梢恵ちゃんの心配そうな言葉が耳に刺さります。返す言葉もありません。

「いや、そうなんだよね。正直それで困ってて。いまからコース変更も無理だし。なんで、勉強のこと、梢恵ちゃんに相談したいかなって」

「それは構へんけど。勉強したいんは、数学と物理で良かね?」

「数学はそうだけど、物理か化学かは悩んでる。どっちの方が勉強し易いかな?」

「どっちもどっちやけど、単に受験のことだけを考えよったら、化学の方が()えかも知らへんで」

「そうなの?」

「まあ、個人の好みもあるから確かなことは言えへんけど、化学の方が覚えること覚えたら、計算問題は大体傾向があるよって、点を落とし難いかなぁって思うねん」

「そうなんだ、じゃあ、化学にしてみようかな?」

「ともかく、ウチが高校の時に使っていた数学と物理と化学の教科書と問題集を持って来よるから、それを読んでみてから考えれば良か」

「うん、梢恵ちゃん、ありがとう」

私は梢恵ちゃんの手を取って、感謝の意を示す。

「そんなん、大したことあらへんて」

照れたように頬を赤らめている梢恵ちゃんが可愛らしい。梢恵ちゃんは私より年上なのに、時たま年下のように思わせるところがあります。髪はショートで前髪を揃えていて、背もホンの少しだけ私より低くて、ほんわかしたような佇まいがそう感じさせるのでしょうか。少しのんびりとした訛りのある喋りを聞いていると、それだけでも癒されます。

「それより、珠恵ちゃん、受験で合格したかて、叔母さん達は東京に行くことを許してくれはるんやろか?」

「うーん、まあ、そこも問題なんだけどね。でも、大学の研究室の人達が、私が東京に行く口実を作ってくれるって言ってたから」

「その人達、封印の地相手にそないなこと出来るん?」

「良く分からないんだけどね。梢恵ちゃんって、鴻神研究室って知ってる?黎明殿の研究とかやっているらしいんだけど。本部の巫女にも手伝って貰ってるって言ってた。」

「西早大の鴻神研究室やろ?知らへんなぁ。でも、本部の巫女が関わっとるんか。誰やろなぁ。本部の巫女の名前は聞いてへんの?」

「聞いてないけど、本部の巫女は地域ごとに担当が分かれているんじゃなかったっけ?」

「そやね。いまなら関東地域の担当は、石蕗(つわぶき)有麗(うらら)やったと思うねんけど」

「石蕗有麗かぁ。梢恵ちゃんは会ったことある?」

「いんや、あらへん。大体、会うんやったら関西地域担当の八尋(やひろ)美玖(みく)の方がええねん」

「八尋美玖って、黎明殿のアイドルだったよね?」

「そうや。西の美玖に東の有麗と言うてんけんど、石蕗有麗はもう年増やねん。黎明殿のアイドルは美玖の他にはおらんよ」

な、何か梢恵ちゃんて凄い美玖推しなんだ。

「石蕗有麗が年増って、梢恵ちゃん、何処でそんな情報仕入れてきてるの?」

「そんなん、こっちじゃ常識やねん。珠恵ちゃんは知らんかったん?」

「うん、そもそも本部の巫女のこと、全然知らないし」

「まあ、そうかもな。本部の巫女は、封印の地の巫女にはなるべく関わらないようにしとるしな」

「そうだよね。西の封印の地に本部の巫女って来たことが無いように思うし、どうしてなんだろう?」

私の疑問に、梢恵ちゃんは即答しなかった。だけど、私が首を傾げて悩んでいたら、仕方が無いと言った表情で、口を開きました。

「ウチが聞いた話だと、封印の地の巫女と本部の巫女はそもそもの役割が違うらしいねん」

「役割が違う?」

「そや。封印の地の巫女の役割は封印の管理、本部の巫女の役割は外敵の排除やと聞いたことがあるん」

「外敵って、魔獣?」

「そ。魔獣や、広い意味ではダンジョンもや」

「でも、魔獣は封印の地の巫女でも戦って斃したりしてるよ?」

「それは中型や大型の魔獣やろ?魔獣には、もっと強くて大きいものがいるらしいんや。そうなると、封印の地の巫女では対処し切れんから、本部の巫女の出番になるんやて」

「え?それって、封印の地の巫女より、本部の巫女の方が強くて戦いに向いているってこと?」

「珠恵ちゃん相手に言い難いんやけど、聞いた話からするとそうらしいんや。一人一人の身体能力が高いだけやなく、チーム戦言うて集団で魔獣と戦う術も持っとるという話や」

「へーえ、梢恵ちゃん、良く知っているね」

「まあ、大阪に出てきてから長いよってな、色々な話を聞く機会があったということや」

心なしか梢恵ちゃんが自慢げな顔付きになっています。

「そうなんだね」

私は梢恵ちゃんが物知りなことを素直に感心しました。

「ほな、一旦部屋に戻って教科書持って来るよって、ちょっと待っててや」

「え?今じゃなくて、今度(ウチ)来るときでも良いよ」

「受験までもう間も無いのやから、急ぐに越したことあらへん。時は金なりって言うやろ?」

「そう?じゃあ、お願い」

「任しときい」

梢恵ちゃんは立ち上げると、自分の部屋まで教科書などを取りに行くために出ていきました。


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