5-37. 北の幻獣
「あれが氷竜?」
「そうみたいですね」
「大きい」
「ええ、先日蹟森に現れた超大型魔獣と同じか少し大きいくらいでしょうか。まあ、大きいお蔭で、まだ穴につっかえているのが幸いですが」
そう、氷竜は首は穴から出ているものの、胴体が穴より大きくて外に出て来られないようです。
「攻撃するなら今のうちなのですよね?」
そう思うのは摩莉達も同じで、まず花楓さんが氷竜をターゲットにして自分の前に光星陣を描きました。そんな花楓さんを危険と感じたのか、花楓さん目掛けて氷竜はブレスを放ちます。そのブレスを、花楓さんは器用に避けながら光星砲を撃ちました。
しかし、その光星砲も氷竜の手前に形作られた氷の壁に阻まれます。
「氷の壁ですか」
「厄介ですね、あの氷の壁。下手に氷竜に近接攻撃を仕掛けようとすると、氷の壁に捕まってしまいそうです」
「でも、遠隔攻撃も」
「ええ、氷の壁が邪魔ですね。もっとも、氷の壁があると氷竜も前に出て来られませんが」
愛花さんが剣を呼び出し、浮遊転移陣に乗ったまま氷の壁に剣を突き立て、その一角を崩しました。その氷壁の崩れたところへ、花楓さんが光星砲を撃ちこみます。どうやら今度は氷竜に当たったようです。
「花楓さんの攻撃は当たったようですけれど」
「それほどダメージを与えられていませんね」
はい、残念なことに。
「まあ、まだ序盤ですから」
確かに柚葉ちゃんの言う通りですけれど、簡単には斃せそうもないだろうことが良く分かりました。
氷竜は、氷の壁の崩れたところからブレスを放ち、花楓さんをけん制しますが、愛花さんが氷の壁の別の場所を更に崩して、そこに今度は摩莉が光星砲を撃ちこみました。こちらも氷竜に当たったようですが、それほどのダメージになっていないようです。
それでも花楓さん達は攻撃を繰り返しています。
「あ」
「どうかしましたか?」
「有麗さんが来ます」
と、私達の目の前に転移陣が展開され、次の瞬間には有麗さんが立っていました。
「柚葉ちゃん、遅くなってごめん。あ、清華ちゃんおはよう」
「有麗さん、こんにちは」
「いま、どんな感じ?」
「まだ戦い始めたばかりですよ」
「そう、ギリギリ間に合ったってところかな?」
有麗さんは、花楓さん達が氷竜と戦っているのを眺めていました。
「有麗さん、お仕事終わったのですか?」
柚葉ちゃんに問われて、有麗さんは柚葉ちゃんの方を見ました。
「うん、徹夜で何とか。さっき担当さんが来たから原稿渡したよ」
「まさか、あの格好でですか?」
「そうだよ。私、アシスタントってことになってるから」
それを聞いた柚葉ちゃんの目が心なしかジト目になっています。
「女子としてどうかと」
「仕事の時は、いつもああだから。でも、ここへはちゃんと着替えて来たでしょ?」
「それが普通だと思いますよ」
目の前の有麗さんは、綺麗に髪をとかしたショートボブ、ふわふわのセーターにひらひらとしたキュロットスカートとタイツという可愛い出で立ちです。しかし、柚葉ちゃんはそんな有麗さんを呆れ顔で見ています。
「ともかく、仕事が片付いたのでしたら心おきなく戦えますね」
「まあね。それじゃ、そろそろ私も参戦してきます」
有麗さんは右手で敬礼のポーズを取ると、浮遊陣に乗って戦いの場へと赴きました。
私は有麗さんの後ろ姿を見ながら、気になっていたことを柚葉ちゃんに聞いてみました。
「あのう、柚葉ちゃん。『あの格好』って、どんなだったのですか?」
「え?ああ、それ聞いちゃうと、有麗さんのイメージが壊れますけど、良いですか?」
「私も知りたいです。プライベートの有麗さん」
「清華、良いの?本当に?」
柚葉ちゃんは、清華ちゃんと私を交互に見ました。そして清華ちゃんと私の両方ともが肯定の意を示すべく頷く様子を見て、諦めたように口を開きました。
「私が昨晩会いに行ったときの有麗さんは、黒縁の眼鏡をかけて髪の毛ボサボサのジャージ姿だったんです」
「え?」
「何でも家で仕事をするときは、その格好が一番落ち着くからだそうです」
私達の間に静かな空気が流れました。
「まあ、人それぞれですものね」
フォローともつかぬコメントしかできませんでした。
「だけど、あの格好で私を駅まで迎えに来たんですよ。私、最初、駅で有麗さんを見つけた時、探知し間違えたかと思いましたから」
私に真剣に訴える柚葉ちゃんが少しおかしく思えてしまいました。
「柚葉さんは嫌だったかも知れないけど、私は何か親近感を覚えます」
「清華にそう言われれば、有麗さん喜ぶよ、きっと」
柚葉ちゃんは微笑みました。
さて、私達がそんな会話をしている間も、花楓さんや摩莉達は氷竜と戦っていました。
氷竜が出るに出られないとはいえ、岩壁の中にいて、さらに氷の壁を展開するために、攻撃もままならない様子です。有麗さんは、花楓さん達の加勢に向かいましたが、攻めあぐねている花楓さん達の様子を見て、何か考えているようでした。
そして有麗さんが何かを始めました。
「有麗さん、作動陣を描いていますけれど?」
「作動陣を描いているのではなくて、作動陣の中に絵を描いてますね」
「どういうことでしょう?」
「さあ?でも、あの絵は、バズーカ砲?」
有麗さんが素早く絵を完成させると、何とその絵が実体化しました。そして、有麗さんは実体化したバズーカ砲を取り出すと、それを使って氷竜に攻撃を仕掛けました。
「凄い、結構な威力ですね」
清華ちゃんが感心しています。
「弾が自動で装填されてます。反則のような」
柚葉ちゃんがぶつぶつ呟きました。そもそも力で武器を作るのが反則のように思えますけれど。
有麗さんは何発かバズーカ砲を試すと、それを愛花さんに渡してから、もう一つ作動陣の中に絵を描き始めました。
「今度は何でしょう?ガトリング砲ですか?」
ワクワクした声で清華ちゃんが予想しています。
「うん、清華の言う通りみたい」
有麗さんの描き上げた絵は、ガトリング砲として実体化しました。そしてまた、有麗さんはそれを取り出すと試し打ちをしました。ガトリング砲から打ち出された弾は、次々を氷の壁を砕いていきます。
ガトリング砲の出来にも納得したのか、有麗さんは今度はそれを花楓さんに投げ渡して、また次の絵を描き始めました。
「次から次に、有麗さんは器用ですね」
「絵が得意な有麗さん向けの作動陣だと思います」
私の言葉に、柚葉ちゃんが相槌を打って来ました。そうですね、私もそう思います。
そして次に描き上げられ、実体化したのはロケットランチャーです。
「え?まさか、ロケットまで自動装填?何という反則」
そう、柚葉ちゃんの言う通り、有麗さんがランチャーからロケットを打ち出してしばらくすると、ランチャーの先が、巫女の力によると思われる白銀の輝きに包まれ、そこにロケットが装填された状態になるのです。
バズーカ砲にガトリング砲にロケットランチャーと三つの火器の連続攻撃にさらされた氷竜は、氷の壁を張り直す余裕も無くなったようです。
そんな氷竜の様子を見た摩莉は、チャンスとばかりに先日の超大型魔獣に対して使った、六連星二重集束砲の作動陣を描いて撃ち出します。
強く眩いばかりに輝く白銀の光線が氷竜を直撃しました。
「摩莉、凄い」
思わず、言葉が口を突いて出てきてしまいました。
氷竜を襲った白銀の光が治まってくるとともに、徐々にその後の様子が見えるようになってきました。
「え?ああっ、そんな――」
光の薄れた後には、斃れた氷竜の姿を期待していたのですが、残念なことにあの攻撃でも氷竜には十分なダメージは与えられなかったみたいです。摩莉の攻撃の衝撃で、若干怯んではいるものの、傷の無い氷竜の姿が見えてきました。




