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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第5章 姉妹の絆 (琴音視点)
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5-33. 柚葉の憶測と経験

その日の夕方、もう少しで日が沈むという時間に柚葉ちゃんがお店に来ました。

「いらっしゃいませ」

「琴音さん、こんばんは」

「柚葉ちゃん、こんばんは。今日も一人なのね。偶には清華ちゃんも連れてきてくださいな」

「そうですね、確かに最近一人でばかり来てますね。もっとも今は試験期間中で皆早く家に帰っているので」

「ああ、そうか、試験中なのですね。柚葉ちゃんは大丈夫なの?」

「ええ、まあ、一応は。それに私は家がすぐ近くですから」

確かに、いつもなら制服で来ているのですけれど、今日は私服です。フード付きのトレーナーにデニムのスカート。髪はいつものように頭の後ろで丸めて簪を挿しています。

「それで、琴音さん、カウンター席良いですか?」

最近は、内緒事も無く、カウンター席で世間話をしているのが普通でしたので、柚葉ちゃんは、そのままカウンター席に着こうとしました。

「あの、柚葉ちゃん、今日は少し相談があって、二階でも良いですか?」

その言葉だけで通じたようです。柚葉ちゃんは、一瞬眉をピクリとさせましたけれど、直ぐに笑みで答えてくれました。

「はい、良いですよ。愛子さんも一緒ですか?」

「そう思っていますけれど、愛子さんが遅いようなら柚葉ちゃんと先に話をしようかしら」

「愛子さんならもうすぐ来ますよ。それじゃ、琴音さん、カモミールティーをお願いします。あ、お水とおしぼり持って行きますね」

「柚葉ちゃん、ありがとう。カモミールティー、直ぐにお持ちしますね」

「はーい」

既に勝手知ったる柚葉ちゃんは、カウンターの裏に入り、水差しとグラスとおしぼりを出すと、それらをお盆に乗せ、二階へと上がっていきました。

それから5分もしないうちに、愛子さんがやってきました。今日は、Tシャツとパンツ、それに薄手のカーディガンを羽織っています。当たり前ですけれど、柚葉ちゃんより大人の雰囲気です。

「琴音さん、今日のパスタは何ですか?」

「生ハムとほうれん草のスパゲッティです」

「それじゃ、それを一つとコーヒーはキリマンジャロでお願いします。二階ですよね?」

柚葉ちゃんが二階にいるのに気が付いたのか、既に柚葉ちゃんから連絡が行っていたのかは分かりませんけれど、私が説明するまでもなく愛子さんは二階に行くことが分かっていました。

「ええ、私も愛子さんのパスタを作ったら二階へ行きますので、二階で待っていて貰えますか?」

「分かりました」

私は柚葉ちゃんのカモミールティーと、愛子さんのコーヒーを二階に運んで来てから、パスタを作り、お店を四辻さんにお願いして二階に上がりました。

「愛子さん、お待たせしました」

私は、愛子さんにパスタを給仕したあと、愛子さんの向かい座っていた柚葉ちゃんの隣のソファに腰を下ろしました。

「琴音さん、お店の方は大丈夫ですか?」

柚葉ちゃんが尋ねてきた。

「長くなければね。だから、手短に話します。愛子さんは食べながら聞いていてください」

そう前置きして、私は今日の午後に万葉さんが来た時の話を二人にしました。私がお店に万葉さんが来たと言ったとき、珍しく柚葉ちゃんが呆けたような顔をしていました。

「どうしてお婆ちゃんが来たんだろう?」

私が全部話し終えると、柚葉ちゃんは腕を組みながら独り言のように呟きました。

「どうしてって?」

元々私達に向けた言葉だったかも分からなかったのですけれど、私は柚葉ちゃんに問い掛けてみました。

「これまでお婆ちゃんは姿すら見せなかったんですよ。それなのに、長老会を代表してって。別に長老会に出ている人なら誰でも良かった筈なのに」

嫌な顔もせず、柚葉ちゃんはきちんと答えてくれました。

「確かにそうですね」

「だから」

柚葉ちゃんは続けます。その目は、どこか遠くを見ているように見えます。

「今日、このお店に来たのがお婆ちゃんだったことには意味があるんです、きっと」

「それってお師匠様の考え過ぎじゃないですか?」

愛子さんは、食べる手を休めて会話に参加してきました。

「そういう風に考えるのも有りですが、私は違うと思います。私は今日までお婆ちゃんのこと、全然知らなかったのに、琴音さんの話だけで色々分かりましたから。それに、どういう意図かも何となく想像が付く気がします」

相変わらず、柚葉ちゃんの目はボーっとしたような感じで、けれど先程より少し穏やかな表情になったでしょうか。私は愛子さんと顔を見合わせました。柚葉ちゃんが何を感じ取っているのか気になります。きっと、愛子さんも。

「柚葉ちゃんは、それが何だと思っているのですか?」

愛子さんがなかなか口を開かないので、私から柚葉ちゃんに問い掛けました。柚葉ちゃんは、少し考えて、答えを口にしました。

「お婆ちゃんは、私に伝えようとしたんです。私は一人じゃないんだって。そして、そろそろ覚悟を決めなければならないと」

「覚悟って、何のですか?」

その時になって、ようやく柚葉ちゃんは目線を上げて私の顔を見詰めました。そして、フッと微笑みました。

「私がこの一年半以上あやふやなままにしていたものをハッキリさせなさいと。それには勇気が必要なんですけど、そろそろ覚悟して勇気を出さないと駄目だって」

その柚葉ちゃんの物言いから、本当はもっと具体的なことまで思い至っていると感じましたけれど、それを私達に言うには「覚悟」が必要なのでしょう。ここはそっとしておいてあげるところでしょう。

「分かりました。柚葉ちゃんがそう感じたというのなら、万葉さんが来たことには意味があったのだと思います」

愛子さんもウンウンと頷くと、再びフォークとスプーンを持って残っていたパスタを食べ始めました。

柚葉ちゃんは、私から目線を外すと、少し俯き加減になりました。

「まあ、でも、やっぱりお婆ちゃんには会いたかったかな」

そういう詰まらなさそうな顔をするところは、やっぱり高校生だなって思わせます。

「そのうち会えるのではないですか?覚悟を決めなさいって言うことなら、覚悟を決めた後には会いに来てくれるかも知れませんよ」

「ん、そだね。琴音さん、ありがとうございます。私、頑張らないとですね。まずは、北の封印の地にいる幻獣に勝たないと」

柚葉ちゃんは、力強く手を握り、自分に気合を入れているようです。

「それで、琴音さん、北の幻獣って何か、お婆ちゃん言ってました?」

「え?そう言えば、幻獣のことは何も話してなかったですね。柚葉ちゃんが戦った幻獣は何だったのですか?」

「火竜でした。それなりに大きくて、赤くて、翼があって、焔を吐いてました」

「焔を吐いてって、封印の間の中で?」

「そうです。とても熱くて、封印の間の壁が皆溶けてしまうくらいで」

「よくそんな相手を斃せましたね」

「運が良かったんですよ。殆ど相討ちでしたし。死に掛けていたところを誰かに助けて貰ったんですが、その時、幻獣に対して力の相性が良かったから勝てたんだって言われました」

「力の相性?」

「あるみたいです、そう言うのが。普通の魔獣相手では相性の良さを感じたことは無いんですが」

「幻獣は魔獣とは違うと言うことでしょうか」

「違うと思います。どちらかと言うと、幻獣の力は私達の力に近いような、そんな気がしますね」

「そうですか」

幻獣がどういうものかは、実際に戦ったことのある柚葉ちゃんにしか分からないだろうと思いました。でも、次の時には私達も共に対峙して知ることになるのでしょう。

「あの、お師匠様?」

「何ですか、愛子さん」

「今の話からすると、お師匠様は前に一人で幻獣を斃したのですか?」

「さっきも言いましたけど、一方的に斃したんじゃなくて相討ちですよ、愛子さん」

「あっ」

私は万葉さんの話を伝えた時に、うっかり口が滑っていたことに気が付きました。

「琴音さん、どうかしましたか?」

「万葉さんから、南の幻獣は、柚葉ちゃんと強い人が戦ったって言うようにって言われていたのです。皆が柚葉ちゃんを当てにし過ぎてしまうからって。そのことを忘れてました」

「実際、当たらずとも遠からずなので、そうしておいてください。愛子さんも良いですね」

「えー、お師匠様、もっと自慢すれば良いのに」

「別に自慢するようなことじゃないです」

愛子さんは、それでもなお食い下がろうとしていましたけれど、柚葉ちゃんに睨まれてそれ以上言うのは諦めたようです。

「それにしても、北の幻獣の情報を教えてくれないなんて、お婆ちゃんもケチですね」

「何も知らないのかも知れませんよ」

何とはなしに万葉さんを弁護してしまいました。気のせいか、柚葉ちゃんは万葉さんに対して棘のある言い方をしているような感じがします。

「それにしても、柚葉ちゃん、万葉さんのこと『お婆ちゃん』と連呼し続けていますね。あんなに若く見えるのに」

「私はまだ会っていないから良いんです。お婆ちゃんが私の前に来て、『万葉さんって呼んでね』と言われたら考えます」

やっぱり、万葉さんに会えなくて拗ねているのではないでしょうか。

「そう言えば、琴音さん、お婆ちゃんは藍寧さんをここに呼んで異空間への入口を作って貰うようにと言っていたんですよね?」

「ええ、柚葉ちゃんか愛子さんにお願いすれば、いつでも呼んで貰えるって」

「まあ、今でも大丈夫ですが、琴音さんはまだお店がありますし、愛子さんはこれからお仕事ですよね?できれば清華にも見せたいから、別の日でも良いですか?」

「そうですね、いつにしますか?」

「週末ならいつでも。愛子さんは、土日両方ともお仕事ですか?やっぱり見たいですよね」

「勿論見たいよ。えーと、少し待って」

愛子さんは、スマートフォンを取り出してスケジュールを確認しています。

「今週末は仕事だね。でも、どちらも昼過ぎからだから、午前中なら大丈夫だけど」

「それじゃ、明日の朝10時で。藍寧さんと清華の予定は私が確認しておきます。明日朝が駄目だったら連絡しますね」

それでその場はお開きとなり、愛子さんは仕事に行きました。柚葉ちゃんは下のお店の方に降りて来て、しばらくカウンター席に座って私と世間話をした後、そろそろ勉強に戻ると言って帰りました。


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