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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第5章 姉妹の絆 (琴音視点)
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5-32. 万葉の話

「こちらがリビングです」

万葉さんが私と折り入って話がしたいとのことで、二階に案内しました。お店の方は、四辻さんと巴ちゃんにお願いしています。

「そちらのソファにどうぞ」

「ええ、ありがとう」

万葉さんにソファを勧めると、私は二階のキッチンでお茶を淹れて持って行きました。

「それでなんだけど」

私がソファの前のテーブルにお茶を置いて、万葉さんと向かい合わせに座ると、万葉さんは話を始めました。

「琴音さんは、一昨年の夏、南の封印の地で起きたことは聞いていて?」

「何か異変が起きたらしいとしか」

「そうね。詳細は伏せておくようにしていたから、そうなるわよね。これから話すことは蹟森の巫女達には伝えて良いけど、それ以外には他言しないで欲しいの」

「はい」

「ちなみに本部の巫女は知っている話だから、花楓さん達に話すのは問題ないわ」

そう前置きすると、万葉さんは本題に入りました。

「まず、封印の間だけど、あの下には大きな魔道具があって、その上に幻獣が眠らされた状態で封印の中に閉じ込められているわけ。そうやって、魔道具に力を供給し続けるようになっているのよ。魔道具は幻獣の力を使って、ダンジョンの発生を抑えている。そこまでは良い?」

「はい、何か途轍もないお話ですけれど。幻獣って危なくないのですか?」

「勿論危ないわよ。だから、公に出来ないの。私達だって気を付けているけど、それだけではどうしようもないこともあるし。なので、なるべく知っている人を増やさないようにしているのよ」

「知らなければ良いということでも無さそうですけれど」

「まあ、確かに、色々と悩ましいことはあるわけだけど。でも、今は話を先に進めても良い?」

「あ、すみません、先をお願いします」

「それで、南の封印の地で起きたことだけど、その封印が何故か弱くなってしまって、幻獣が目覚めてしまったわけ。それで、封印が破れて、幻獣が封印の間の外に出そうになったところを、柚葉が斃した」

「え?柚葉ちゃんが幻獣を斃したんですか?」

「そう、ギリギリ相打ち寸前だったけど、何とかね」

「幻獣ってどれくらいの強さですか?」

「この前蹟森に出た、超大型魔獣よりずっと強いわ」

私は何とコメントすれば良いのか分からなくなりました。

「それでなんだけど、幻獣を閉じ込めている封印は対になっているのよ。東の封印と西の封印、南の封印と北の封印。これらのうち南の封印が破れてしまったから、それと対になっていた北の封印も弱まりつつあるの」

「それって、蹟森の封印も破られて、幻獣が出て来るかも知れないってことですか?」

「そう言うこと。時間的にそろそろ危ないんじゃないかってことで、私が長老会を代表して話に来たの」

「長老会?」

「そう、長老会。だから天音さんもこのことは知っているわ。彼女に連絡を頼んでも良かったんだけど、蹟森から離れられないから代わりに私が貴女に知らせることになったの」

「何故私に?」

「それはね、いま蹟森の中で一番他の巫女達を知っているのは貴女だからよ」

「長老会の方では動かないのですか?」

「んー、まあ、長老会の方も色々あってね。私達の見立てでは、今回の件は貴女の知り合い含めて皆で協力して戦えば、勝てない相手ではないということなのよ。だから、頑張ってみて」

万葉さんは、終始にこやかに話をしていますけれど、聞いている私の方はプレッシャーが掛かりまくりです。

「まあ、どうしても駄目そうなら、応援部隊を投入するから。でも、きっとそんなことにはならないと思うわ」

「分かりました。いざという時には当てにさせて貰いますけれど、まずは私達でやってみます」

「ええ、よろしくね」

私はそこで話が終わりかと思いました。けれど、万葉さんは少し前のめりになり、上目越しに私のことを見詰めてきました。

「それで一つお願いなんだけど」

「はい、何ですか?」

「幻獣を柚葉一人で斃したことは、柚葉が自分で言うまでは他の人には言わないでおいて欲しいの。ほら、それを話しちゃうと柚葉に期待が集まっちゃうでしょ?でも、前の時はとても際どかったから、柚葉一人に頼るような雰囲気にはして欲しくないの」

「万葉さんの言いたいことは分かりますけれど、そしたら他の人には何て言えば良いでしょうか?」

「そうね、柚葉と一緒に強い人が戦ったって言っておいて。きっと、柚葉も否定しないから」

「その『強い人』って誰なのですか?」

「それはね、悪いんだけど、私の口からは言えないの」

万葉さんは片目でウィンクしながら右手の人差し指を口に当てて、内緒のポーズを取りました。どう見ても知っている顔です。

「分かりました。聞かないでおきます」

「琴音さん、良い人ね。ありがとう」

ようやく話が終わりになったらしく、万葉さんは湯呑を手に取り、ゆっくりお茶を飲んでいます。

私の方は、まだ頭の中が整理できていないのですけれど。なので、私はお茶を飲みながら、万葉さんに確認したいことを頭の中でまとめました。

「あの、万葉さん」

「何?」

「それで、蹟森の封印が破れるのはいつになるのでしょうか?」

「あと半月から一か月くらいかな?」

「そうですか」

それは困りましたね。

「何か問題?」

悩ましいのが顔に出てしまったようで、万葉さんが尋ねてきました。

「これから幻獣が現れるまで蹟森に戻るとなると、お店をずっと閉めないといけないかな、と思いまして」

「あー、そのこと?そうだ、ごめんなさい、一つ伝え忘れことがあったわ」

万葉さんは、両手を合わせて何かを思い出したという顔をしました。

「何でしょう?」

「貴女の移動手段を確保しようって話になったのよ」

「はい」

「本部の巫女の共用異空間の話は聞いたことがある?」

「ええ、前に愛子さんがそんなことを言っていたような」

「その共用異空間は長老会の会合でも使っていて、それぞれの封印の地にも繋がっているのよ。それで、ここからが重要なことなんだけど」

万葉さんは、重要性を強調するかのように、右手の人差し指を立てて、ここがポイントと言わんばかりのジェスチャーをしました。

「この建物にも共用異空間への入口を作ることにしたの。だから、これからは好きな時に蹟森との間を行き来できるようになるわ。まあ、普通は通路に使うものでは無いけど、緊急事態だから仕方ないわよね」

「それは助かりますけれど、本当に良いのですか?ここに入口を作ってしまっても」

「ええ、ただ、登録する人は制限させてね。ここの入口が使えるのは貴女と天音さん、それに清華さんと柚葉と、本部の巫女の希望者だけってことで」

「はい、そのようにします」

「うん、それじゃあ、それはそう言うことで。入口はアーネに作って貰ってね。えーと、今は『藍寧さん』だっけ?」

万葉さんは、お茶を飲みながら、どっちだっけ?という顔をしていた。

「どちらでも通じますよ。でも、何故、今藍寧さんを呼ばないのですか?」

「だって、彼女を呼ぶと柚葉に気付かれちゃうんだもの。柚葉、きっとここにスッ飛んで来るわよ。だけど、私、柚葉に問い詰められそうなネタを幾つも持っているから、柚葉に顔合わせ辛いのよね。だから私が居ないときに藍寧さんを呼んでね。柚葉や愛花(愛子)さんに言えば、いつでも呼んで貰えるから」

そんな柚葉ちゃんから逃げ回るようなことしなくても良いのでは、と思ってしまいました。万葉さんは、とても自由な人に思えます。羨ましいくらいに。でも、私には万葉さんの真似は出来そうにありません。

「万葉さん、本当に良いのですか?柚葉ちゃんと話をしなくて」

「良いのよ。そのうち嫌でも話をしなきゃいけなくなるから。今はまだそのときじゃない。私はもうしばらくは柚葉と会わない方が良いの。だから忙しなくて申し訳ないけど、今日はそろそろお暇するわね」

万葉さんがソファから立ち上がったので、私も一緒に立ち、リビングの扉を開けました。

「また来てくださいね」

「ええ、そうね。コーヒーも美味しかったし、また来たいと思わせるような良いお店だったわね」

「ありがとうございます」

私は万葉さんと一緒に階下のお店に戻りました。そしてそのまま万葉さんは優雅に、そして軽やかな所作でお店を出ていきました。

本当、どう見ても万葉さんはお婆さんには見えないのですけれど。


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