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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第5章 姉妹の絆 (琴音視点)
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5-30. 警察の権限

若い男性は、右手に手提げ袋を持っていました。

「何だよあんたは」

「このお店の店長です」

「は?店長とか関係ないだろ?そこを退けよ」

若い男性は、空いた左手で私を脇に押し退けて扉に近づこうとします。しかし、逆に私に手を掴まれてしまいました。彼は私をただの女性店員にしか思っていないようですけれど、こちらは封印の地の巫女、身体強化を使えば一般人が力で叶う筈がありません。

「関係ないことはないですよ。ここは私のお店なのですから。お店の中で起きたことは、私にも責任があります」

「あいたたた。放せよっ」

私が男性の手を捻じって後ろ手にしたので、彼は私に背中を見せる形になり、肩越しに私に手を放すように訴えてきました。まあ、応じませんけれど。

私は男性の後ろから右手に持っていた手提げ袋を取り上げました。そしてそのまま年配の女性のところに向かいます。

「おいおい、君は何をしようとしているのかね」

年配の女性の隣のテーブルに座っていた、刑事と思われる男性が立ち上がり、私に迫ってきました。

「貴方がたとは後でお話しますね。まずはこちらのお客様とお話させていただけませんか」

「何を言っているんだ君は。我々は警察だぞ。捜査の邪魔をする気なのか?」

「貴方がたは警察かも知れませんけれど、ここはお店の中で、店長は私です。このお店の中では私の指示に従って貰います。貴方がたともお話しますが、それは後です。そこで待っていてください」

私の断固とした態度に、男性は絶句していました。私はこの隙にと若い男性を引っ張りながら、年配の女性のテーブルの横へ行くと、手提げ袋を見せて女性に尋ねました。

「この手提げ袋は、お客様がお持ちだったものですよね?」

「はい、そうです」

「どうしてこの男性にお渡しになったのですか?」

「それは警察におとり捜査に協力して欲しいと言われて」

年配の女性は、私に質問されて戸惑っているようでした。その気持ちは分からなくもありません。まさかお店の人が、しゃしゃり出てくるなんて、普通は無いでしょうから。私も、普通ではないことをやっている自覚はありましたけれど、見過ごせないものは見過ごせないのですから、仕方がありません。

「それで、この手提げ袋の中身ですけれど」

私は手提げ袋を女性の前のテーブルの上に乗せて、中身を取り出しました。それは風呂敷に包まれています。風呂敷を広げると、その中に見えたのはお金の札束でした。

「このお金はどなたが用意したのですか?」

「それは私が用意しました。息子が会社で失敗してお金が必要だと言うものだから、銀行に行って下ろしてきたんです」

「でも、息子さんに直接渡すのではないのですね」

「はい、失敗の後処理で忙しくて手が離せないからと言われて」

「息子さんは会社の経営者なのですか?」

「いえ、会社員だと思いますけど」

「警察はどうして出て来たのですか?」

「家に警察から電話が来たんです。最近、詐欺事件が多いから注意してくださいって。それで、心配になって今回の件を相談したら、お金を渡した人の後をつけて事実確認するから一緒に行きましょうと言われたんです」

「それで、このお店に来たのはどうしてですか?」

「それは、刑事さんから、傍にいても不自然にならない喫茶店で待ち合わせるように話を誘導して欲しいと言われたからです。そのとき、このお店が良いって言われました」

「ありがとうございます。大体のことは分かりました」

この女性から聞きたいことは、すべて聞けました。私は右手だけで風呂敷を包み直してから、手提げ袋の中に入れ、その手提げ袋を女性に渡しました。

「このお金は、手放さずに家までお持ち帰りください。あと、息子さんのことが心配でしたら、お店の電話で息子さんと連絡を取って貰って良いですよ」

私は店の奥の方に向かって声を出しました。

「巴ちゃん」

私の呼び声を聞いて、巴ちゃんが来てくれました。

「何でしょう?」

「こちらのお客様が息子さんに連絡を取るのを手伝ってあげてください」

「はい」

「悩むことがあれば四辻さんに相談してね。四辻さんなら大丈夫と思いますけれど、もしも難しければ探偵社に連絡してください」

「分かりました、琴音さん。お客様、どうぞこちらへ。電話のある所にご案内します」

年配の女性は巴ちゃんに連れられて店の奥へ行きました。

さて、今度は待たせていた刑事さん達と話をする番です。話をするには180度反転しなければいけません。しかし、反転するには左手で捕まえている若い男性が邪魔です。私は若い男性を押しながら一緒にお店の入口の方に移動して、右向きに振り返る形で男性の刑事さんの方を向きました。

「お待たせしました、刑事さん」

「何で君はこんな傍若無人なことをやっているんだ?」

「だから言ったではないですか。ここの店長が私だからです」

「どういうつもりかは分からないが、私達の計画が台無しだよ。どうしてくれるんだ」

刑事さんは随分と腹を立てているようですが、他のお客様の手前、我慢をして理性的に振舞おうとしているように見受けました。

「貴方がたの計画とは何ですか?」

「この男を泳がせて詐欺集団の本体を見つけ出すつもりだったんだよ」

「そうですか。では、貴方がたは最初からこの男は怪しいと考えていたのですね」

「勿論だよ」

「でしたら、おとり捜査と言うことになりますけれど?」

「それがどうした?」

「貴方がた警察は、おとり捜査はしないことになっているのではないでしょうか?」

私の指摘に、刑事さんは一瞬怯んだ様子でしたが、直ぐに立ち直って言い返してきました。

「君は我々のことをそれなりに知っているようだね。確かに原則としておとり捜査はしないのだが、必要と考えるときにはやっているんだ。禁止事項ではないんだよ」

「分かりました。そういうことにしておきましょう」

私が不本意ながら同意すると、男性は少しホッとしたような様子を見せました。

「分かって貰えればそれで良い。それでは、そこの男はこちらに引き渡して貰えるか?詐欺未遂として現行犯逮捕し、警察で取り調べようと思う」

「お渡ししても構いませんけれど、念のために警察手帳を見せて貰えますか?」

「良いだろう」

男性は、胸元の内ポケットから警察手帳を出して私に示しました。

「私の手に取らせて良く見せてください」

私が右手を出すと、男性は渋々私に警察手帳を渡しました。私は受け取った警察手帳をじっくりと観察したのですが、良く出来ています。

「ところで、貴方がたは、このお店がどういうところか知っていますか?」

「『どういうところ』とは、どういう意味だ?ここは喫茶店ではないのか?」

「喫茶店ですよ。でも、普通の喫茶店ではありません。刑事さんはご存じなのかと思っていましたけれど」

男性は、何のことか分かっていないようでした。仕方が無いので、私は近くのテーブルにおいてあるメニューを取ろうと手を出しました。しかし、その手は警察手帳で埋まっていたので、一旦警察手帳をテーブルに置き、それからメニューを取って男性に差し出しました。

「メニューのすべてに注意書きをしてありますけれど、見ていないですか?」

「何をだ?」

「メニューの一番下に赤字で書いてあるものです。言いましょうか?」

「いや良い。何?『本店の土地と建物はすべて黎明殿の所有物です』だ?」

男性はメニューから視線を外して私を見ました。

「これがどうかしたのか?」

「あのですね、普通の人は意識しなくて良いのですけれど、警察の人なら絶対に知っていないといけないことがあるのです」

「何を?」

私はやっぱり目の前の男性は警察の人ではないと確信して、溜息混じりに答えました。

「貴方がたの国にとって、黎明殿は別の国の扱いなのですよ。その黎明殿の所有物であるこのお店は、黎明殿の治外法権の地。大使館と同じで、貴方がたの国の警察の権限が通用しないのです」


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