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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第5章 姉妹の絆 (琴音視点)
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5-29. 捜査

猫探しの一件があってから半年が経ち、春めいてきました。

あの猫探しのことがどうなったかと言いますと、私が榎木沢さん宅を訪問して直ぐ、榎木沢さんが猫屋さんの家に猫を連れて行って解決しました。それは良かったのですけれど、その後、どこから話を聞きつけたのか、会長さんがお店に来て私にありがとうと言って来たのです。榎木沢さんには口止めしておいた筈なのに、おかしなことです。ともかく、私は何もしていませんから、という立場を押し通しました。また猫探しの依頼が来ても困りますし。

さて、この半年間での変化ですけれど、バーチャルアイドルのロゼマリは着実にファンを増やしています。私が教えたので、母など実家の人達も動画を見ているそうです。

本部の巫女の愛花さんと摩莉も段々と名前を知られるようになりました。二人はロゼマリには似ているものの、一応別人として認識されているようです。二人とも蹟森の戦いの後は、敢えてロゼマリとは髪型を変えて、違うことをアピールしようとしているようです。けれど一度だけ、ロゼマリファンの有麗さんにせがまれて、ロゼマリの扮装をしてロゼマリの曲を歌ったことがあります。本人だから当たり前ですけれど、ロゼマリにそっくりな二人がリアルに目の前で歌うのを見た有麗さんは、涙を流すほど感動していました。その一方で、当人達はロゼマリに似すぎていると思ったようで、尚更、日頃はロゼマリとは違う雰囲気を醸すように努力し始めていました。今は魔獣と戦うときでも、なるべく髪が白銀に輝かないように注意をしているそうです。そんな愛花さんと摩莉について、黎明殿本部は彼女達は遊撃隊と言うことにしていて、花楓さんや有麗さん他の本部の巫女の担当地域は変更されていません。

柚葉ちゃん達はと言えば、取り立てて事件も無かったことから、学業に精を出しているようです。もっとも、私の知らないところで何かやっていたのかも知れませんけれど。部活動でのダンジョン探索は定常的に行っていて、先日初めて部活動の皆で戸山ダンジョンの二層に行ったと言っていました。今は三年生の卒業式も終わり、期末試験が近付いていて、部活動も試験が終わるまではお休みになっています。

そんな三月の午後のこと、昼食の時間からしばらくしてお店の中に空席が目立つ頃、三人の男女がお店に入ってきました。

「いらっしゃいませ」

いつものように巴ちゃんが出迎えます。そして、いつものように席へと案内をしようとしていますが、何か手間取っているようです。このお店で働いて随分になる巴ちゃんなので間違いはないと思い、私は様子見していました。それから数分後、いつもに比べれば時間は掛かりましたけれど、巴ちゃんがカウンターの裏に戻ってきました。

「巴ちゃん、どうかしましたか?」

「あの、今のお客様、警察だって。捜査のために、隣り合った二人席を二つ用意して欲しいって言われたんです」

あらあら、捜査って、ここで何かしようというのでしょうか。

「それで、警察の人からは所属と名前は聞けましたか?」

「はい、ここに控えてきてます」

巴ちゃんは、きちんとオーダー用紙に所属と名前をメモしてきてくれました。

「それならマニュアルに沿って、警察に電話して所属確認して貰えますか?」

「はい、すぐに。あ、琴音さん、オーダーはお願いして良いですか?」

「ええ、勿論」

巴ちゃんは、電話のためにお店の裏に向かいました。従業員用の控室から電話をするのです。マニュアルは会社から支給されていて、何か問題が起きた時にどういう対応をするべきなのか役に立つことが書かれています。そこには警察が来たときにどうするか、ということも書かれています。

私は、巴ちゃんから預かったオーダー用紙を確認して、四辻さんにコーヒーをお願いしつつ、セットのケーキを準備しました。

そこに、電話を終えた巴ちゃんが戻ってきました。

「琴音さん、話してきました。所属と名前が一致する人がいるそうです」

「ありがとうございます。分かりました」

巴ちゃんは報告を終えると周りを見回してケーキの準備が出来ているのに気が付いたようです。

「そのケーキとコーヒー、私が持って行きましょうか?」

「いえ、いまは私が持って行きますね」

「はい、お願いします」

確認したとはいえ、私も自分の目で確かめておきたいのです。私はお盆に注文の品を乗せて、その人達の席に行きました。

「お待たせしました、ブレンドコーヒーです」

ブレンドコーヒーは同じテーブルに座っている男女二人のオーダーでした。どちらも年の頃は四十歳前後でしょうか。スーツを着ています。刑事さんでしょうか。

「こちら、シフォンケーキと紅茶のセットです」

別のテーブルに一人で座っているのは、年配の女性でした。荷物の入った手提げ袋を大事そうに膝の上で抱えています。こちらの女性は警察の人には見えないのですけれど、どういう関係性なのでしょう。何かが起きそうではあるものの、しばらくは黙って様子を見ることにします。

「それではどうぞごゆっくりお過ごしください」

「あ、ちょっと」

私がお辞儀して下がろうとしたところで、男性から声を掛けられました。

「何でしょうか、お客様」

私が返事をすると、男性は席から立ち上がり、少し抑えた声で話してきました。

「今ここで待ち合わせをしているんだ。だから、『待ち合わせ』だと言う客がいたら、こちらのご婦人の席に案内して貰いたいのだが」

「畏まりました。そのように致します」

「ああ、よろしく頼む」

「それでは失礼します」

もう一度お辞儀をして、今度こそ私は下がってカウンターの裏に戻りました。男性は席に戻ってコーヒーを飲み始めていました。落ち着いた様子から見るに、何かあるなら、待合せの人が来た時なのでしょう。私は誰がお客様の応対をしても間違えないよう、男性から言われたことを四辻さんと巴ちゃんにも話しました。

チリチリーン。

何分かしてから、お店を開いた時に鳴るベルの音がしました。お客様です。でも、二人組でしたので、待合せの相手ではなさそうです。巴ちゃんが別のテーブルに案内しました。そして、お水とおしぼりを持って行き、注文を受けています。

巴ちゃんは注文を取り終えると、四辻さんの方に行き、そのまま待機の姿勢になりました。どうやら注文されたのはコーヒーだけのようです。

そうした間、新しいお客様は来ていません。私に待合せの話をした男性は、しきりに入口の方を振り返っていて、少し苛立っているように見えました。男の人の苛立ちを他所に、長閑(のどか)な時間が過ぎていきます。

巴ちゃんが最後に来たお客様達に注文されたコーヒーを出しているとき、また入口の扉のベルが鳴りました。

「いらっしゃいませ」

お店に入ってきたのは若い男性です。待合せの人でしょうか。

「あの、ここで待合せしてるんだけど」

「はい、あちらの席でお待ちです」

私は男性を、年配の女性の席に案内しました。そして、お水とおしぼりを取りに戻ろうとしたら、給仕を終えた巴ちゃんが私より先にお水とおしぼりを持ってきていて私と入れ違いにテーブルに向かいました。私はそのままカウンターの裏に戻ろうとしましたけれど、その途中、後ろでコツンと何かがぶつかった音がして、慌てたような巴ちゃんの声が聞こえました。

「あぁ、お客様、申し訳ございません」

振り返って見ると、テーブルの上に水がこぼれていました。どうやら巴ちゃんが水の入ったコップをテーブルにぶつけたかして倒してしまったようです。巴ちゃんはお盆に乗せていた布巾で拭こうとしていましたが、それだけでは足りないように見えたので、私は急いでカウンターの裏からタオルを何枚か持っていきました。

「巴ちゃんも、これ使って」

巴ちゃんにもタオルを渡して二人で濡れたところを拭きます。女性の方にも水がこぼれ落ちてしまいましたので、謝りながらタオルで拭かせて貰いました。でもタオルだけでは乾かないので、店の奥でドライヤーを掛けさせて貰えませんかと尋ねたら、そこまでしなくても良いと遠慮されました。

一通り拭き終えると改めて二人でお詫びしました。

「この度は、とんだ失礼をいたしました。申し訳ございません」

「いえ、水で濡れたくらい、大丈夫だから良いのよ」

女性が優しく声を掛けてくれました。

「恐縮です」

そして、若い男性の方を向きました。水は幸いにも男性の方には流れていなかったので、男性の服は濡らさずに済みました。

「あの、ご注文はいかがでしょうか」

私の問いに、若い男性は少し考えてから口を開きました。

「いや、すぐに出るからいいや」

「畏まりました」

私達はその場は黙って下がりました。できれば注文を貰いたかったのですけれど、負い目があるので仕方がありません。

それから数分もしないうちに、若い男性はその言葉通りに席を立ち、店の入口に向かいました。しかし、男性は入口の扉に手を掛ける前に、立ち止まらざるを得ませんでした。

それは、私が入口の扉の前に立っていたから。

どうして私が立ちはだかることにしたのか。それは犯罪の匂いがプンプンしていたためです。お店を犯罪の舞台に使われては堪りません。

「お客様、その手にお持ちのものは何でしょうか?」


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