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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第5章 姉妹の絆 (琴音視点)
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5-27. 商店会長の悩み

週が明けたお店の営業の日、昼下がりのおやつ時に二人の女性がお店にやってきました。それは風香さんと麗子さん、いつもの顔馴染みの二人です。

「琴音ちゃん、ミルフィーユとコーヒーのセットをお願い」

私がカウンターに座った二人に水の入ったグラスとお手拭きを出すや否や、風香さんが注文してきました。

「はい、コーヒーはブレンドですね」

風香さんが何も言わなければブレンドコーヒーと決まっています。

「それじゃあ、私はチーズケーキとコーヒーのセットで」

「畏まりました」

麗子さんは、モカコーヒーです。顔馴染みのお客様の好みは、忘れないようにノートにも書いていますけれど、お店を始めるときから一緒だったこの二人の好みは忘れたりはしません。

私はカウンターの裏側に戻ると、四辻さんにコーヒーをお願いしてから、ケーキの準備を始めました。そして、淹れたてのコーヒーとケーキをお盆に乗せて、二人のところまで行き、それぞれのケーキセットを給仕しました。

「琴音ちゃん、週末実家に帰っていたんでしょ?」

出て来たケーキを早速フォークで切り取って口に入れながら、風香さんが私に声を掛けました。

「ええ、用事がありまして」

私は風香さん達がどこまでのことを知っているのか分からなくて、曖昧に答えました。

「えへへ、知っているよ。とても大きい奴が相手で大変だったみたいだね」

風香さんがにやついた顔をしています。

(ウチ)だって東護院家にゆかりがあるんだから、そういう情報はある程度は入ってくるのよ」

「そういえば、道場には蹟森の人もお世話になっているのでしたね」

「そうそう、そう言うこと」

テーブル席のお客様達はそれぞれの会話に余念がないので私達の会話は聞こえていないとは思いつつも、なるべく知っている人にしか分からないように言葉を選びながら話します。

「それで琴音ちゃん、新人さん達が活躍したんだって?」

新人さん達って、愛花さんと摩莉のことですね。活躍したのは柚葉ちゃんもですけれど、そう言えば柚葉ちゃんも高校二年生ですし、正式な巫女になってからそれほど時間が経っていないので、新人さんに数えられているのでしょうか。

「そうですね。彼女達に助けて貰いました。やはり本部の人は強いです」

「自分達で斃せなくて悔しかった?」

「勿論、自分達で斃せれば良かったですけれど、あのまま続けていても難しかったと思いますよ」

「まあ、仕方が無いよね。この半世紀くらい、そんなに大きいのが出て来たなんて話は聞いたことが無いし、琴音ちゃん達は運が悪かったんだよ」

「はい」

微妙に違和感のある言い回しに思えたのは、私の考え過ぎでしょうか。

風香さんにそのことを指摘する前に、お店の扉を開ける音が聞こえて来たので、私は扉の方を向きました。

「いらっしゃいませ。あ、会長さん」

巴ちゃんが出迎えたのは、ここの商店会の会長の古旗さんでした。名前は、えーと、彰吾だったでしょうか。この商店街の中で雑貨屋さんを営んでいます。優しくて世話好きで面倒見が良いので、皆から慕われています。私もお店を始めた時からお世話になっています。

「カウンターで良いかい?」

「はい、どうぞ」

会長さんは、巴ちゃんに案内されてカウンター席に着きました。私はお水とおしぼりを取って、会長さんのところに行きました。

「今日は何にしますか?」

お水とおしぼりを出しながら、注文を訪ねました。会長さんは決まったものが無いので、聞かないといけないのです。

「そうだね、今日はブラジルが良いかな」

「畏まりました。ブラジルをお持ちします」

注文を貰ったので、私はカウンターの裏に下がり、四辻さんにブレンドを頼みました。そして風香さん達が席を立ち、私と入れ替わりに会長さんのところに行きました。

「会長さん、ご無沙汰してます」

「ああ、獅童さんと、ええと」

「有松です」

「そうそう、イラストレーターの有松さんでしたよね」

「はい、お久しぶりです」

「こちらこそ。それでお二人はここには良く?」

「私は二週に一度くらいでしょうか。風香はもっと来ているのよね?」

「そうだね。それでも週に一度か二度だけど」

「僕も色々あってそんなに来られていないからね。ここに来ると落ち着けるんだけど」

「ええ、ここは『皆の憩いの場』がコンセプトですから。これからも御贔屓にお願いします」

「そうさせて貰いますよ」

風香さん達の二人とも、お店を始めた時から会長さんとは面識がありましたけれど、確かに二人が会長さんと顔を合わせたのは久しぶりのように思います。

「それで会長さん、少しソワソワされているようですけど、何かありましたか?」

「え?分かっちゃうのか。参ったな。そうなんだよね、北杉さんに相談があるんだけど」

「私ですか?あ、少しお待ちください」

四辻さんにコーヒーが入ったと言われたので、カウンターの裏から出て、会長さんにコーヒーを運びました。

「ご注文の品です。ごゆっくりどうぞ。お話はコーヒーを飲んで貰って落ち着いてからで良いですか?」

「ん?ありがとう、そうさせて貰うよ」

私は一旦下がりました。風香さん達も元居た席に戻りました。会長さんは味わいながらコーヒーを飲んでいます。そう、この時くらいはゆっくりして貰わないとお店に来て貰った意味がありません。

会長さんは、しばらくコーヒーを堪能した後、顔をあげてカウンターの内側にいる私を見ました。

「コーヒー美味しかったよ。それで、相談のことなんだけど、今良いかな?」

「はい、何でしょう?」

「これなんだけどさ」

そう言いながら、会長さんは上着のポケットから折り畳まれた紙を取り出しました。そして、それを広げて私の方に見せてくれました。そこには、『探しています』という言葉とともに、猫の写真が載っていました。

「ほら、北杉さん、前に迷子の犬を見つけてくれたじゃない」

確かに、以前、近所で飼っていた犬がいなくなったときに探して見つけたことがあります。そのときは、空き地の裏手でリードが柵に絡まって動けなくなって弱っていたのですけれど、見付かったお蔭で何とか回復して飼い主さんに感謝されたのでした。確かその犬を探すきっかけになったのは、会長さんが犬探しの相談を受けて困っているとお店で話したことだったように思います。犬は数がそれほど多くないですし、不自然な場所にいる犬は数えるほどでしたので、探知で見つけるのは難しくなかったのですけれど、猫は数が多くて手ごわそうです。

「そんなこともありましたね」

「いや、もう、あの時は僕も頼まれて途方に暮れていたんだけど、北杉さんが見付けてくれて本当に助かったよ。で、今度は猫を探して貰えないかって頼まれちゃってね」

「頼んできたのは誰なのですか?」

「猫屋さんだよ」

「ああ、猫のブリーダーの。そういえば、ラグドール専門でしたね」

猫屋さんは猫のブリーダーをやっているのですが、ラグドールが大好きで、ラグドールの繁殖を専門にしているのです。写真もラグドールのものでした。

「そうそう。それでどうかな?」

「猫屋さんは、どこに居そうかなど言っていませんでしたか?」

「そうだねぇ。人見知りせずに直ぐ懐く猫だから、どこかの家に入りこんでいるじゃないかって言ってたけど」

「そうですか」

他人の家の中だと、調べるにも苦労しそうです。

「今度も見つかるとは限りませんよ」

「うん、まあ、それは分かっているつもりだけど、できるだけお願いするよ」

会長さんは、両手を合わせて拝むような仕草をしました。

「会長さんにお願いされては仕方がありませんね。できる範囲でということでしたら、お手伝いしますけれど、それで良いでしょうか」

「ありがとう、助かるよ。それじゃあ、次があるから僕はここら辺で」

会長さんは席を立つと、レジのところで巴ちゃんに会計して貰ってから店を出ていきました。

「琴音ちゃん、厄介な頼まれごとされちゃったね」

風香さんが心配そうな顔をしていました。

「そうですね。猫は数が多いですし、人様の家の中だと調べるにも難しいですからね」

困惑しながら猫探しの紙を眺めていると、新しいお客様が来ました。

「いらっしゃいませ」

巴ちゃんが出迎えます。

「いらっしゃいませ」

私もカウンターの中から声を掛けます。

「こんにちは。五人ですが、席ありますか?」

巴ちゃんに質問したのは、高校の制服姿の女の子、そう、柚葉ちゃんでした。


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