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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第5章 姉妹の絆 (琴音視点)
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5-25. 告白

「皆さん、こんにちは。昨日は大丈夫だった?」

リビングの扉を開けて、花楓さんが入ってきました。誰も玄関まで迎えに行かなかったのですけれど、勝手知ったる花楓さんは、いつものようにさっさと家に上がりリビングまで来ました。

「花楓さん、いらっしゃい。ここに座ってください。何か飲みますか?」

私はソファから立ち上がり、花楓さんに場所を譲りました。

「そうだね、冷たいお茶が良いかな?あれ、初めて会う()達がいるね」

花楓さんが灯里さん達の方を見ると、三人は席から立ち上がって花楓さんの方を向きました。

「左から向陽(ひなた)灯里さん、東護院清華さん、南森柚葉さんです。こちらは、烏丸花楓さん」

それぞれが挨拶し終わると、皆ソファに座って落ち着いたので、私は食堂に行って花楓さんのお茶をコップに入れて来ました。リビングに戻ってみると、花楓さんが灯里さん達と話をしていて、早速打ち解けたようで良かったと思いました。

「はい、花楓さん、冷たいお茶です」

「琴音ちゃん、ありがとう。それで、この三人も昨日の魔獣との戦いのときに居たってことだよね?」

「そうですよ。花楓さんはどうしていたのですか?」

「私?昨日はこっちには来るな、絶対に手を出すなって言われたから、家で大人しくしてたよ。心配だったけど、本部の巫女が二人行くんだから斃せない訳がないって言われちゃってさ」

花楓さんは、少し拗ねたような表情をしました。

「だから今日は、昨日のことを教えて貰おうと思ってね」

花楓さんは、ニッコリ微笑みました。今日の立ち振る舞いはいつもの花楓さんと同じです。そして、灯里さん達も普通に話をしているのですけれど、母達の方に微妙な空気が漂っています。昨晩の話を引きずっているのでしょうか。

「ねえ、灯里さん、昨日の夜、剣の稽古を付けて欲しいって言ってたよね。今から道場に行ってやってみない?」

「え?柚葉ちゃん、良いけど…」

灯里さんは、リビングにいる人たちの顔を見渡しました。ここに残って一緒に話をするかどうかで悩んでいる様子です。

「良いから行こ?ほら、清華も一緒に」

「ええ、そうですね」

半ば柚葉ちゃんに押し切られるようにして灯里さんはリビングから出ていきました。その後を清華さんが付いていきます。

どうやら、柚葉ちゃんが気を利かせて席を外してくれたようです。リビングを出る直前、柚葉ちゃんは私の方を見て心配そうな顔をしたので、私は柚葉ちゃんを安心させるように微笑みを返しておきました。

「それでは、昨日の話をしましょうか」

私は、昨日、魔獣が現れた時から斃されるまでの一連の出来事を花楓さんに話して聞かせました。花楓さんは気になるところがあると、私の話を停めて質問してきましたので、すべてを話し終えるのに、随分と時間が掛かってしまいました。

「ふーん、そうすると、本部の巫女二人だけでは駄目で、柚葉ちゃんが手伝って斃せたってことね」

「そんなところです」

「でも、柚葉ちゃんって夏の巫女なんでしょ?封印の地の巫女だよねぇ」

「はい。けれど、観察眼が鋭いというか、洞察力があるというか、そういうところがありますね」

「そんな柚葉ちゃんが活躍したから、碧音さん達が何か微妙な雰囲気になってるの?」

やはり気が付いていましたか。そうですよね、花楓さんが来てからずっとこんなでしたから、嫌でも分かりますよね。

「いえ、昨日のこととは別のことで」

私はソファから立ち上がると、電話機のところまで行き、棚の引き出しから紙を出して戻りました。そして、ソファに座ると、紙を花楓さんの前のテーブルの上に置きました。

「この紙のことです」

花楓さんは紙を取り上げると、開いて中を見ました。髪に書いてあることを確認すると、元通りに紙を折って、テーブルの上に戻しました。その視線は下を向いたままです。

「何で今頃?ああ、その柚葉ちゃんか」

「ええ、もっとも証拠が無いから花楓さんを問い詰めるなとも言われたのですけれど。花楓さんは、その紙のことを仄めかせと指示を受けていたというのは本当なのですか?」

花楓さんは下に向けていた目を、横にいる私の方に向けました。

「ふーん、柚葉ちゃんは鋭いね。そう、まさに仄めかすようにと言われてたんだよ。でも、何が書いてあるのかは知らされてなかった。まさかリミッター無しの集束陣なんて。封印の地の巫女が下手に使えば死んでしまうかも知れない危険なもの。だから居ても立っても居られなくて、直ぐに朱音ちゃん達を追いかけたんだ。だけど間に合わなかった」

花楓さんの目はまた下を向いていました。でも、目の前にあるものではない何かを見ているようです。

「琴音ちゃんさぁ、巫女をやっていると色んな事があるんだよね。自分の心を押し殺してでもやらないといけないことだってあるのを知っているし、実際そうしたこともある。だけど私は空ちゃんに約束したんだ。北杉家の人達は私が護るって。なのに私は空ちゃんの名前まで使ってその紙を探すように朱音ちゃんに仄めかしたんだ。一歩間違えれば、取り返しのつかないことになっていたかも知れないのに」

見ると、花楓さんの目から涙が零れ落ちていました。うがった見方をすれば、それも演技だと言うことかも知れませんけれど、私には花楓さんの心からの涙に見えました。

私は、花楓さんに声を掛けたい思いに駆られつつも、今のこの場では、それは私の役目ではないように思われ、口を開かずに黙っていました。

「ふーちゃん、もう良いよ。顔をあげとくれ」

それまで黙って話を聞いていた碧音お婆さんが花楓さんに声を掛けました。

「その様子だと、十分に後悔しているみたいだしな。これまで散々世話にもなっているし、一度の過ちで縁を切るのもやり過ぎだろうて」

碧音お婆さんは、周り人達に言い聞かせるように、ゆっくり淡々と言葉を口にしました。

「だけど、ふーちゃん、一つだけ教えてくれないかい?」

碧音お婆さんの言葉に、花楓さんは顔を上げ、碧音お婆さんの目を見ました。

「何?」

「ふーちゃんがこの家に来るようになったのも、本部の指示があったからかい?」

花楓さんは碧音お婆さんから視線を逸らすと、下を向いて自嘲気味に微笑みました。

「ずるいよ、碧音さんは。私達は日頃、封印の地に近づかないように言われてること知っているでしょう?だから、理由の半分はそう。本部の指示があったから」

「じゃあ、残りの半分は何なんだ?」

「それは私の意思。私がここに来たかった、私が空ちゃんに会いたかったから。私ね、昔、空ちゃんに助けて貰ったことがあるの。だから空ちゃんに恩返ししたかったし、また会って話がしたかった。なので本部の指示は私にとっては渡りに船だったんだよ。喜んでその指示を受けたんだ」

「そうかい」

「あれ?碧音さんは本部の指示の内容を聞かないの?」

花楓さんは不思議そうな顔をして碧音さんを見ました。

「一つだけと言ってしまったからね」

「碧音さん律儀だね」

花楓さんは、フッと微笑みました。

「良いよ、私から教えてあげる。もう終わってしまったことだし」

「終わってしまった?」

今度は、碧音お婆さんの方が不思議そうな顔になりました。

「私が受けた指示は、朱音ちゃんが自ら進んで本部の巫女になるように仕向けること。ただし、私から朱音ちゃんに持ち掛けたり仄めかしたりするのは一切禁止」

「何だって?」

「謎な指示だよね。自発性が絶対だって言うんだから」

「いや、そうじゃなくて、最初から朱音が狙いだったってことなのかい?」

「そうだよ、碧音さん。悪いけど、その理由は知らないからね」

「ああ、分かった」

碧音お婆さんは、ソファに深く座って、溜息を付きました。

「一体何が起きているのだか」

独り言ともとれるその呟きは、シーンとしたリビングの中で皆の耳に良く聞こえました。


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