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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第5章 姉妹の絆 (琴音視点)
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5-23. 戦いが終わって

「あのう」

摩莉の姿をした朱音は、まだ私の腕の中で泣いていましたけれど、そんな状況の中、柚葉ちゃんがおずおずと言った風に口を開きました。

「気持ちは分かるのですが、灯里さんに教えるわけにはいけないので、摩莉さん達はそろそろ引き上げた方が良いかと」

「あっ、そうだね」

愛花さんも少し貰い泣きしていましたけれど、直ぐに柚葉ちゃんの言いたいことを理解したみたいです。

「私は行けるけど、摩莉は行けそう?」

「う、うん、行ける」

愛花さんの呼びかけに、朱音は何とか泣き止んで私の腕から離れました。

「それじゃ、お姉ちゃん、また今度。天音お婆さんもお母さんも元気でね。碧音お婆さんにもよろしくって言っておいて」

「ええ、貴女も元気でね」

母の言葉に朱音は頷くと愛花さんの方を見ました。

「愛花、車に戻ろ」

「おけ」

言うなり愛花さんが転移して消え、それを追いかけるようにして朱音(摩莉)も転移して消えました。消える前、こちらの方を向いた朱音(摩莉)は、まだ涙目ではありましたけれど、控えめな笑顔を見せてくれました。

そこに灯里さんが、清華ちゃんとやってきました。

「凄い戦いでしたね。私は怖くて足がすくんでしまって、しばらく動けませんでした」

なるほど、灯里さんが戦いの後、直ぐにこちらに来なかったのは動けなかったからなのですね。お蔭で助かりました。

「魔獣は斃されましたから、もう大丈夫ですよ」

「ええ、最後の一撃は凄かったです。それで、あの、ロゼマリの二人はどうしたのですか?」

「ロゼマリ?ああ、愛花さんと摩莉さんのことですね?二人なら用があるからと言って帰りましたよ」

私は何とか誤魔化そうと、笑顔を作って灯里さんに返事をしました。

「あの二人って愛花さんと摩莉さんって言うのですか。てっきりロゼとマリかと思ってました」

「いえいえ、バーチャルアイドルではないですから。確かに似ていますけれど、二人はれっきとした本部の巫女なのですよ」

「そうなんですね。ロゼマリのキャラクターTシャツも着ていましたし、本人にしか見えませんでしたよ」

まったくあの二人は。ここに灯里ちゃんがいるのは知っていた筈なのにロゼマリの格好で来るとは何を考えているのやらです。

「あの人達、自分達と良く似ているからなのか、ロゼマリのファンみたいですよ」

「本当、良く似ていましたよね。少しでもお話して声を聞いてみたかったな」

灯里ちゃんは残念そうな顔をしています。そんな顔を見ると、申し訳ない気持ちになります。

「琴音さんはロゼマリのこと知っているんですね?」

「ええ、動画を見たことがありますよ」

「二人の声、ロゼマリと似てましたか?」

「結構似ていましたね」

「そうなんだぁ。本当に話ができなくて残念だったな。このこと姫愛さんと陽夏さんに話したら驚くかな?」

「姫愛さんと陽夏さん?」

「え?ああ、私のお友達です」

灯里ちゃんは、バーチャルアイドルのロゼマリの正体を漏らしてはいけないと考えて、曖昧な答えを返してきました。

「あら、そう」

私もロゼマリの正体を知っているとは言えません。

「そう言えば、摩莉さんの方だったと思うんですけど、琴音さんに抱き付いて泣いてませんでしたか?」

「え?ああ、それは、その――」

不味い、言い訳を考えませんでした。でも、ここで挙動不審になっては怪しまれます。

「摩莉さんは怖いのを我慢して緊張していたようで、戦いが終わって緊張が緩んだら泣けちゃったみたいです」

おお、柚葉ちゃん、ナイスフォローです。

「あれだけ強いのに怖いなんてことがあるんですね」

「そういうことはありますよ。攻撃がどこまで通用するか分からないような強い敵を相手にするときは、自分一人だけなら危なくなれば逃げれば良いですが、周りの集落を襲われたら被害が出てしまいますからね。だから、こういうところで戦うときは、決して逃げずに、そしてここに敵を釘付けにして何としてでも斃さないといけないんです。誰だって緊張します」

とても実感が籠った言葉で、私も思わず「確かに」と頷いてしまいました。柚葉ちゃんは過去にもそのような経験をしたのでしょう。

「言われてみれば、その気持ちは分かる気がします。変なこと言っちゃってごめんなさい」

灯里さんが思い切り頭を下げました。私は本当のことを言っていない後ろめたさ故に、少し焦りながら「いや、灯里さん、問題ないですから」とジェスチャーも交えて返しました。

そんな灯里さんと私のやり取りを見ながら、柚葉ちゃんは腕を組んで考え始めました。

「さて、魔獣も斃しましたし、これからどうしましょうか?まずは後片付けですが」

柚葉ちゃんの視線の先には、朱音というか摩莉の攻撃によって斃された魔獣がいました。

「あ、斃した魔獣は、本部の倉庫に送るようにと言われています。天音さんよろしいでしょうか」

本部の事務局から依頼を受けていた清華ちゃんには、魔獣を斃したあとの指示が出ていたのですね。魔獣を斃したのは本部の巫女の摩莉ですけれど、この場所は北の封印の地ですし、北杉家の現当主の天音お婆さんに了解を取るようにと言われていたのでしょう。

そんな清華ちゃんの問い掛けに、天音お婆さんはゆっくりと頷いて、肯定の意思を示しました。

「ええ、ここに置いていって貰っても、大き過ぎて私達の手には余りそうですから。本部で処理してくださると言うのなら、お渡しします」

「ありがとうございます。それでは」

と、清華ちゃんは魔獣を見て戸惑った様子になりました。

「清華、どうしたの?」

「いえ、これが大きくて、このまま転送しても大丈夫なのか心配になって」

「じゃあ、清華が教えて貰っている転送陣を見せてくれる?向こうの様子を確認するから」

柚葉ちゃんが事も無げに言うのを聞いて、清華ちゃんは戸惑ったようですけれど、右手の掌に転移陣を描いて、柚葉ちゃんに見せていました。

「柚葉さん、これで良いですか?」

「うん、良いよ。ありがとう」

柚葉ちゃんは自分の右手の掌を清華ちゃんの掌に合わせて目を瞑りました。しばらくすると、柚葉ちゃんは目を開けて清華ちゃんに微笑みかけました。

「向こうは広いから、そのまま送っても大丈夫そうだよ。でも、人が誰もいないみたいだったけど、魔獣はそこに送るように言われていたんだよね?」

「ええ、送るだけ送って、連絡して貰えればそれで良いってことでした」

「ふーん、分かった。じゃあ、私が送るから清華は連絡入れておいてね」

「はい、そうします」

柚葉ちゃんは、斃された魔獣のところへ行くと、転移陣を起動して魔獣を転送しました。そして、魔獣が消えた後には、地面に大きく開いた穴が露わになっていました。

「あーあ、アレは少し強力過ぎだったね」

穴を見て、柚葉ちゃんがボヤキ加減に呟きました。

「何を言っているんですか、柚葉さん。アレって柚葉さんの指示なのでしょう?」

「え?まあ、そうと言えばそうなんだけど、私はできるだけ強くしてと言っただけで、集束陣を二重にしてとは言わなかったんだけどな」

柚葉ちゃんは、若干心外そうな顔を清華ちゃんに見せていました。

「ともかく、この穴は塞がないとだね」

柚葉ちゃんは、私の方に向きました。

「あの、琴音さん、この穴を塞ぎたいのですけど、どこからか土を持ってきても良いですか?」

その問い掛けに対して、私が答えるより早く母が反応していました。

「柚葉さん、穴を塞ぐのはこちらの方でやりますから、あなた方は母屋に入って休んでいてくださいな」

「奏音さん、ありがとうございます」

「これくらい大したことではないですよ」

母は柚葉さんにニッコリ微笑みました。そして、母屋の方へ向かう柚葉さん達の後ろ姿を見ていましたけれど、ふと振り返って虚空を見つめ出しました。

「お母さん、どうかしましたか?」

「え?ああ、何だか見られていた気がして。でも、気のせいみたいだから、大丈夫よ。それより琴音、柚葉さん達に付いていって貰えますか?」

「はい、お母さん、そうします」

私は、先に行く柚葉ちゃん達と一緒に母屋に入り、リビングに行きました。そして皆にコーヒーを淹れました。勿論、柚葉ちゃんにはハーブティーです。

コーヒーを飲んで一息ついたところで、清華ちゃんが皆を見回しました。

「魔獣のことも片付きましたし、これからどうしましょうか?」

「そうだね。今からなら、その気になれば今日中に東京に帰れちゃうけど、私はもう一泊したいかな」

「折角封印の地に来たのに、もう帰るなんて勿体ないです。私ももう一泊したいです」

「明日は祝日だから皆さん学校は無いと思いますけれど、灯里さんはお仕事の方は大丈夫なのですか?」

「明日は元からオフです。もしオフじゃなかったとしてもオフにします」

何だか灯里さんの目が燃えてます。

「清華ちゃんは?」

「私も皆さんと一緒にいたいです」

「それでは決まりですね。私も明日はお店がお休みですけれど、明後日はお店ですから明日の午後早いうちにここを出るつもりです。灯里さん達もそれで良いですか?」

「はい」

皆、私の言葉に笑顔で頷いて答えてくれました。

その日の晩は、魔獣を斃して緊張がほぐれたのか、楽しく騒がしい夕食になりました。


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