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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第5章 姉妹の絆 (琴音視点)
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5-18. 愛子さん

そう、お客様とは仲園愛子さん、仕事では仲埜(なかの)姫愛(きあ)の名前を使っている、朱音の仕事仲間の女性です。バーチャルアイドルユニットのロゼマリのロゼをやっていると言えば話が早いでしょうか。

彼女のことは探偵社の人から聞いていました。朱音がお世話になっているのと同じ事務所に所属していて、学年も一緒。ロゼマリをやるようになってから仲良くなって、仕事帰りに一緒に過ごすことが多いけれど、それ以外のプライベートな付き合いはしていないとのこと。それでも、朱音と過ごす時間が一番多い人でしょう。だから、彼女と知り合いになれば、朱音のことをもっと聞けるかも知れないと思っていました。

それで、彼女とお近づきになりたいことを十郷さんに相談したら、お店の常連になって貰うことが一番ではないかという話になりました。それというのも、大体金曜日の撮影が新宿であって、その撮影で使うスタジオはこの店からでも歩いて十分程度のところにあるのです。しかも撮影が夜で、彼女は仕事前に新宿の周辺で食事をしてからスタジオに向かうのが通例なのだとか。ということは、ここで食事をしてから仕事に行くようになれば、労せずして新宿での撮影の度に彼女に会って話ができるということではないですか。素敵です。もっとも、そんなに近くで撮影しているのなら、朱音が来てくれても良さそうなものですけれど。

それはそれとして、彼女にお店の常連になって貰うには、まずこのお店に来て貰わないといけません。そのために私が朱音の扮装をしてお店まで誘導してみることにしました。それで、十郷さんに最近の朱音の装いについて調べて貰ったところでは、髪型はミディアム、服装はシャツにパンツ姿が多いことが分かりました。写真も見せて貰い、服装については私の手持ちで大丈夫そうでしたけれど、私はセミロングでしたので十郷さんにお願いしてウィッグを用意して貰いました。実はそれが先日十郷さんから貰った封筒に入っていたのです。

そして金曜日の今日、彼女の位置を探知で確認しながら中野で電車に乗り、私の姿を彼女に気付かせるように大久保の駅で降りて店まで歩いて来たのです。

どうやらその作戦は成功したようです。でも、まだ第一段階。お店の常連になって貰うには、彼女に気に入って貰わないといけません。そのために日替わりパスタには私のイチオシのものを用意したのです。なので、彼女の反応が気になりますけれど、じっと見つめている訳にもいかず、給仕を終えたらカウンターの裏側こっそり観察することにして、下がるつもりでした。けれど、彼女は私の顔を見ているままで、視線を外しません。

そんな彼女がおずおずと口を開きました。

「あのう、お名前を聞いても?」

「北杉琴音と言います」

私は胸のネームプレートを示しながら答えました。

「北杉さん、ですか。苗字が違いますね。余りに似ていると思ってしまったので。でも、私の気にし過ぎでした。ごめんなさい」

「いえいえ、全然構いませんから。気にしないでください」

寧ろ心が痛んでいるのは本当のことを教えていない私の方なのですから。朱音は、日頃、西神陽夏(はるか)と名乗っていて、周りの人に本名を教えていないとのことでした。ですから、朱音と私の関係性が知られることは無いだろうと考えていたのです。そんな胸中を暴露する訳にもいかず、顔に出さないように取り繕いながら後を続けます。

「それより、今日のパスタは私の力作ですから、良く味わって貰えると嬉しいです」

「これ、北杉さんが作ったのですか?」

「ええ、心を籠めて作りました」

「じゃあ、いただきます」

図らずも、彼女は私の目の前で食べ始めました。スパゲッティを巻き付けたフォークを口まで運んで(くわ)えます。何度も咀嚼してから呑み込むと、「美味しいっ」と呟いてから私の顔を見ました。

「美味しいです、とっても」

「恐れ入ります。お口に合ったのでしたら良かったです」

「うん、バッチリ。コーヒーも良かったし、パスタも美味しいし、このお店、気に入りました」

「これからも御贔屓にお願いしますね」

掴みは上々でしょうか。


それから、毎週金曜日の夕方に、彼女がお店に来てくれるようになりました。どうやら第二段階も成功したようです。

次はもっと彼女と親しくなるのが目標です。と言っても有効な手立ても無くて、毎度やって来る彼女となるべく沢山話をするくらいのことしかできません。彼女がお店に来るのはいつも仕事前なので時間の余裕も無く、店に長居して貰えないので、親しくなるにも時間が掛かるだろうと諦めていました。ところが、彼女は思ったよりも社交的で開けっぴろげな性格でしたので、お店に来るようになって二ヶ月が経つ頃には「愛子さん」「琴音さん」と、お互いに名前で呼び合うような仲になれました。

そしていよいよ最終段階。朱音の様子を愛子さんから聞き出そうというものですが、思ったより早くその機会が来ました。

愛子さんがお店に来るようになってから三ヶ月ほど経った頃のことです。愛子さんはいつもより元気のない様子でした。私が注文を取りに行くと、いつものようにキリマンジャロと日替わりパスタを注文してくれましたが、いつもの明るさがありません。なので、余計なお世話かもと思いながらも、愛子さんに聞いてみたのです。

「愛子さん、どうかしましたか?いつもより元気が無いようですけれど」

「うん、仕事の相棒と喧嘩みたいになっちゃって気まずいんだよね」

「喧嘩ですか?殴り合い、ではないですよね?言い合いですか?」

「言い合いって言うか、昨日、撮影終わってから、私が少し太ってしまったかなって話をしたんだけど。それで自分の下着を捲くってお腹を見せたら、陽夏が、あ、陽夏って相棒の名前なんだけど、その陽夏が『私もそれくらいだし、全然問題ないんじゃない?』って。そう言われたから、私が『だったら陽夏のお腹も見せてよ』って陽夏の下着を捲くろうとしたら、『止めて』って言われたの。なんだけど、私は調子に乗って無理やり下着を捲くろうとしたんだよね。そしたら陽夏が本気で怒っちゃって先に帰っちゃったの」

あー、なるほど。朱音は体の傷を見せたくなかったのだろうと容易に想像が付きました。怪我をしたときのことをまだ負い目に感じているのでしょう。無理強いした愛子さんが悪いとはいえ、きっと今頃は朱音も言い過ぎたと反省しているのではと思いました。

私は愛子さんを元気づけるように微笑みかけました。

「大丈夫ですよ、愛子さん。少しやり過ぎだっただけで、そこまで本気で怒っているのではないと思いますよ」

「そうかなぁ。あんなに怒った陽夏は初めてだったんだよね。だから仲直りできるか心配で」

「陽夏さんが怒ってしまったのは、負い目に感じる部分があったからではないでしょうか。そうなら陽夏さんも反省して愛子さんと仲直りしたいって思っていますよ」

「そうなら良いんだけど、少し怖いんだよね」

「でしたら、仲直りの印に何かお土産を持って行ってはどうでしょう?ケーキとか、いえ、シュークリームは如何ですか?ここのシュークリームは、商店会の美味しいケーキ屋さんのシュークリームで、とても評判が良いんですよ。二人で食べればきっと仲直りできます」

「うん、そうだね。そうしてみる」

愛子さんは少しホッとした方な笑顔になりました。

そしてその日、愛子さんはお店を出るときにシュークリームを二つお土産として買っていきました。

私はきっと大丈夫と思っていましたけれど、その結果は翌週早々に明らかになりました。

月曜日、お昼時を過ぎた頃、珍しく金曜日以外に愛子さんがお店に来ました。愛子さんはお店に入ると真っ直ぐカウンターの私のところに来ました。

「愛子さん、どうしましたか?」

「琴音さんにお礼言いに来たの。シュークリームを持って行ったら、直ぐに仲直りできたんだ。シュークリームは陽夏の大好物だったんだって」

「それは良かったですね」

はい、勿論、シュークリームが朱音の好物なことは良く知っていました。だから愛子さんが失敗することは無いだろうと思っていたのです。

「それで、どこのお店で買ったのって聞かれたから、このお店のことを教えたんだけど、喫茶店でシュークリーム作っているの?って言われて。商店街のケーキ屋さんから仕入れているらしいと伝えたら、ケーキ屋さんを知りたいって。ここに来るのでも良いと思うんだけどね?」

まあ、朱音はここにはまだ近付きたくないと思っているのでしょうね。残念ですけれど。

「陽夏さんはお家でゆっくり食べたいのではないですか?良いですよ、ケーキ屋さんを紹介しますから、教えてあげてください」

そして、ケーキ屋さんの名前と場所をメモに書いて愛子さんに渡しました。愛子さんはそれからコーヒーを飲みながらゆっくりしていってくれました。月曜日はオフとのことで、時間にゆとりがあるためか色々話をしてくれて、その中には陽夏の話も幾つか混ざっていたので私としても嬉しいことでした。


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