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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第5章 姉妹の絆 (琴音視点)
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5-17. 小さな作戦

お店を開いてから、三年余りが経ちました。

最初はどうなるかと思ったお店の立ち上げも、段々と固定客が増えて安定するようになりました。相変わらず四辻さんの淹れるコーヒーは美味しいですし、お客様にも好評です。

風香さんもよくお店に来て、ケーキやサンドイッチやたまにパスタを食べ、コーヒーを飲みながらお店の雰囲気を楽しんでいます。そして気が向くとお店の制服を着て、手伝ってくれることもあります。風香さんより頻度は落ちますけれど、麗子さんも顔を出してくれます。麗子さんは大抵は風香さんと一緒です。あの二人は高校時代からの仲だそうですけれど、本当に仲が良くて良いコンビだなと思います。

それから東護院探偵社の人達。大抵は本荘さんか十郷さんで、十郷さんの方が多いでしょうか。たまに他の人が代わりに来ることがあります。誰であっても、朱音の情報と引き換えに、コーヒーを一杯奢るのが決まり事になっています。

チリンチリーン。

お店の扉に付けていたベルが鳴りました。扉の内側に探偵社の十郷さんが立っていました。噂をすれば何とやら、です。

「いらっしゃいませー」

(ともえ)ちゃんが、元気よく十郷さんをお迎えしました。

「十郷さん、お一人ですか?いつものようにカウンターでよろしいでしょうか」

「ああ、巴ちゃん、こんにちは。そう、カウンター席に一人ね」

もう何年も通って貰っていて十分知った仲です。そう、巴ちゃんとは、開店セレモニーのときに司会進行をやってくれたアルバイトの桐生巴ちゃんなのです。アルバイトの人は短期の人もそれなりにいる中で、巴ちゃんは開店以来ずっと働いてくれています。基本、お客様の多いお昼時を勤務時間帯としつつ、たまに夕方のシフトにも入ってくれます。開店当初は給仕専門でしたけれど、このお店で働き始めてからお料理の腕も磨いていて、私の休憩時間には巴ちゃんに調理して貰う日もあります。

そんな巴ちゃんに案内されて、十郷さんがカウンター席に座りました。

「ご注文は何になさいますか?」

「いつものブレンドで」

おしぼりと水のグラスを出しながら注文を尋ねた巴ちゃんに、十郷さんは迷う風もなくいつものオーダーを返しました。

「畏まりました」

巴ちゃんは四辻さんに注文を伝えにカウンターの裏に下がりました。

「十郷さん、いつもありがとうございます」

「いや、何も問題ないですよ。ここに来ると息抜きにもなりますからね。それにコーヒーがただで飲めるし」

「ただのコーヒーは一杯だけですよ」

「もちろん、分かってますって。それで、琴音さん、アレ見てますか?」

「ええ、見ていますよ。私には良く分からないところもありますけれど、朱音が楽しそうにしているのを見るのは、私も嬉しいですから」

アレとは、動画サイトにアップロードされているバーチャルアイドルの動画です。登場するのはバーチャルアイドルのロゼとマリ、合わせてロゼマリという二人のアイドルユニットです。朱音がオーディションで合格して、マリの役を射止めたという情報を十郷さん達から得たのは半年くらい前でしょうか。それから動画配信が始まると言われて、その最初から見ていました。勿論、バーチャルアイドルですから朱音の顔を見ることはできませんが、声と体の動きを見るだけでも心が和みます。

「大分人気が出て来ましたよね。再生数も登録ユーザー数も順調に伸びているみたいだし」

「ええ、そうですね。朱音の顔が見られないのは残念ですけれど」

そう、東京に来てから四年以上になるものの、まだ一度も朱音の顔を見ていません。私がここに居ることには気付いている筈なのですけれど、会いたいとは思って貰えていないようで寂しい限りです。私の方から近付いても避けられてしまうのではと思うと、中々自分から朱音の方に向かう勇気も湧きません。

「ああ、そうそう。先日頼まれていたもの、持って来ましたよ」

十郷さんは、店に入るときに小脇に抱えていた封筒を私の方に差し出してきました。私は差し出された封筒を両手で掴みました。その封筒は厚みを持っていましたけれど、重くはなくて中に綿のような柔らかいものが入っているような感触です。

丁度そこに、注文されたコーヒーをお盆に乗せた巴ちゃんがやってきました。

「十郷さん、ブレンドコーヒーになります」

「ありがとう」

「どうぞごゆっくり」

形式的なやり取りの後、巴ちゃんの視線が私の持っている封筒に向きました。

「琴音さん、それは何ですか?」

私は何て答えようか迷いました。

「欲しいものがあって十郷さんに相談していたのですけれど、それを手に入れてきてくれたのです」

「あー、探し物だったのですね。贈り物にしては変だなぁって思ったので」

「贈り物ではないですよ。十郷さんと私はそういう間柄でもないですし」

「そうですよね。ごめんなさい、変な勘違いをして」

巴ちゃんは顔を赤くして俯きました。そしてお店を出ようと席を立ったお客様の対応のためにレジの方に行ってしまいました。

「巴ちゃん、どうしてしまったのでしょうか?」

「さあ?」

巴ちゃんの目が無くなったところで、私は封筒を開け、覗き込むようにして中を確認しました。流石は探偵社です、望んだものが入っていました。確認が済んだところで再度封をし、カウンターの下でこっそりと転移陣を起動して、封筒を自分の部屋に転送しました。探偵社の仕事に満足した私は、十郷さんにニッコリ笑い掛けました。

「ありがとうございます。お願いした通りのものでした。お礼はどうすれば?」

「お金はこのお店の会社の方からいただいてますから要りませんよ」

東護院フードサービスから探偵社の方に業務委託費が支払われているので良いということですね。

「そうですか。では、何か食べていきますか?奢りますよ」

「それじゃ、遠慮なく。ケーキセット貰えますか?モンブランが好きなんですよね」

「モンブランのケーキセットですね。コーヒーはブレンドのお代わりで良いですか?」

「ええ、それで」

「畏まりました。お代わりのコーヒーが必要になったら言ってくださいね」

ようし、これで計画を実行に移せます。


次の金曜日、巴ちゃんにお願いして遅いシフトにまで入って貰い、私は夕方お店を出ました。大久保から電車に乗って中野まで行き一旦改札を出た後、再び改札を入り新宿方面のホームに上りました。そこで待つこと25分。探知に引っ掛かるものがありました。

私は探知に合わせてホーム上を移動、そこへ千葉行きの電車が入ってきたので乗ります。電車が東中野に到着し、予想より自分が進行方向で後ろ寄りにいることが分かったので車内で前方に移動します。そして、電車が大久保に到着したところで下車。後方に少し威圧を掛けてみます。気持ちゆっくりめに歩いて階段を下り、改札を出てからは普通に通りをお店の方に歩きました。お店のところまでくると、さっと駐車場に入って、鍵を開けておいた裏口から店の建物の中に入ります。そのまま二階の自分の部屋に行くと、急いで制服に着替えてお店のカウンターへ。

そこでは、丁度巴ちゃんが新しく入ってきたお客様の注文を四辻さんに伝えているところでした。

「四辻さん、キリマンジャロを一杯お願いします」

「畏まりました」

「それじゃ、私はパスタを、あ、琴音さん、お帰りなさい。もう良いんですか?」

「ええ、用事は終わったから。巴ちゃん、ありがとう。もう休んで貰っても良いですよ」

「いえ、もう少しやっていきます。ところで、お客様から日替わりのパスタの注文が入っていますけど、琴音さん作りますか?」

「私がやりましょう。どのテーブルのお客様?」

「カウンター席のお客様です」

「分かりました」

私は早速調理に取り掛かりました。そして出来上がったパスタをお皿に盛り付け、お盆に乗せてカウンター席まで運びます。

「お客様、お待たせしました。本日のパスタ、サーモンとブロッコリーのクリームスパゲッティになります」

今日のパスタは私のイチオシです。サーモンとブロッコリーのクリームソースを和えたスパゲッティにトッピングとしてイクラを散りばめています。原価ギリギリアウトだったりするのですけれど、今日のためには少しくらいの出費は厭いません。

「ありがとうございます。えっ?」

お客様が私の顔を見て固まりました。

「お客様、どうかなさいましたか?」

「あっ、いえ、ごめんなさい。知り合いに似てたので吃驚してしまって」

「あら、そうでしたか。奇遇なこともあるのですね」

私はお客様を安心させるように微笑みました。実のところ、奇遇でも何でもありません。そのお客様の知り合いというのは朱音、私の妹なのですから。


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