5-14. お店の構想
車に積んでいた荷物を運び終えた私達は、近くのファミリーレストランに入りました。
ボックス席の一つに入り、注文を終えると、風香さんは姿勢を正して真面目な顔で私を見詰めました。
「琴音さん、改めてよろしくお願いします」
そう言い終えると、風香さんは私に向かってお辞儀をしました。
「あ、いえ、こちらこそよろしくお願いします」
私もお辞儀を返しました。
「でも、どうしたのですか、風香さん?急に改まって」
「いや、さっきは少し夢中になり過ぎて我を忘れてしまったなと反省しまして」
「夢中になっていた風香さんは可愛かったですよ」
「うう」
風香さんは顔を赤くして俯きました。そのままもじもじしているかと思ったら、脇に置いていた鞄を膝の上に乗せて、中からスケッチブックを取り出しました。
「これはですね、お店の図面をもとに、私なりのアイディアを描いたものなのです。琴音ちゃ、あ、いや、琴音さんにもこんなお店にしたいっていう考えがあるかも知れないんだけど、お互いアイディアを出し合って良いお店にできればと思うんだよね。だから、見て貰っても良いかな?」
どうやら風香さんは揶揄われてもめげないタイプみたいです。しかし、私の呼び方を言い直しましたね。少し違和感を覚えましたが、ひとまず気にしないことにします。
「風香さん。私はお店を見たばかりなので考えるのはまだこれからです。私が考えるときに風香さんのアイディアもヒントになると思いますから、見せて貰えますか?」
私の言葉を受けて、風香さんがニッコリ微笑みました。
「そう言って貰えると嬉しいよ。じゃあ、順番に見せていくね」
風香さんはスケッチブックを開きました。
「まず考えたのは喫茶店にするとしたときのアイディアね」
そこに描いてあったのは、お店の中の平面図でした。入口から入って正面の壁に沿ってカウンターが設けられていて、窓際、左奥にテーブル席が配置されていました。
「お店の図面ですね」
「そう、まずこれ描かないと、モノの位置が決まらないから。それで、この図面をもとに描いたイメージ図がこれね」
風香さんは一枚捲って、次のページを見せてくれました。そこには、店内のイメージ図が綺麗に描かれていました。
「凄い、素敵なお店の絵ですね」
「えー、ありがとう。これ、図面をもとに頑張って描いたんだよね。こうして描いてみるとイメージが膨らむし、夢も広がるよね」
「本当にそうですね。私、早くお店を始めたくなりました」
「ふふーん、そうだよね。でも、これだけじゃないんだよ」
風香さんはドヤ顔しながら、さらにページを捲りました。
「これは、カウンターを入って右側に設置したときの図面ね。長さが足りないと思ってL字側にしてみたんだ」
「はい」
「そして、それを元にしたイメージ図がこれね」
風香さんが示した次のページには、第二案をベースにした店内のイメージ図が描かれていました。
「風香さん、凄いですね」
「そう?お店がやれると思うと、ついつい気合が入っちゃって。で、次がイタリアンのお店にするとしたらって思って、入口の右側にピザの窯を配置してみたんだけど、席数が少なくなってしまうので、これは却下かなと思って。で、次にフルーツパーラーを考えてみたんだよね。これは行けそうかなって。それから、こっちは甘味処ね」
風香さんは、次々にページを捲りながら説明してくれました。
「風香さん、本当に力が入っていますね。どれも素敵に見えますけれど、私が一番良いなと思ったのは、最初の喫茶店の案ですね」
「琴音ちゃん、あ、琴音さんもそう思う?私もそうなんだ。気が合って嬉しいなっ。やっぱり喫茶店が良いよね。」
風香さんは嬉しそうにしていますが、あからさまに言い直したことはスルーみたいです。
「ですけれど、私達が素敵と思うお店でも、お客様が来ないと駄目ですよね」
「うん、それはそう。知り合いに調べてみて貰っているんだけど、周りに幾つか学校があるから生徒さんが寄ろうと思うようなお店が良さそうみたい。後狙うとしたら主婦層?外国人も多いって話もあるけど、あまり色々狙うのは難しいと思うんだよね」
「そうですね。オーソドックスですけれど、女子生徒と主婦向け中心の喫茶店ということで良いのではないでしょうか」
「私もそれで良いと思う。じゃあ、その線で進めようか」
「それで、この後はどう進めていくのでしょうか?」
「まずは、私達のイメージを固めてから工務店と話をして内装の工事をして貰わないとだね。それで並行して店内の設備とかを準備して、あと食品衛生責任者や防火管理者とかお店に必要な資格の準備かな。それに仕入先も考えないとだね」
「仕入先は、東護院フードサービスではないのですか?」
「一般的なものはそれで良いけど、コーヒー豆とかケーキとかお店の肝になるものは、自分たちでも探してみても良いかなぁって。実は近くに美味しいケーキ屋さんを見つけたんだよね、近場のお店と協力するというのもアリじゃない?」
「確かにそうですね。ところで、あの、私達だけで決めてしまって、お店のオーナーに了解貰わなくても良いのでしょうか?」
「え?ああ、大丈夫だよ、基本的に私達に任せて貰っているから。それに、必要なところは私の方から報告しておくから、琴音ち――さんは気にしないで良いよ」
「それは分かりましたけれど、風香さん、言わせて貰っても良いでしょうか?」
「え?何?」
「私のことを『琴音ちゃん』と言い掛けて直しているのはどうしてなのでしょうか」
「いや、仕事のパートナーなのに『ちゃん』呼びとか、馴れ馴れし過ぎると思って」
「何故かは分かりませんけれど、風香さんの中では私のことは『琴音ちゃん』なのですよね。なら、そう呼んで貰って良いですよ。無理して言い直しているのを聞く方が余程気になるので」
「そう?私の方がちゃんとしないといけないのに、逆に気を使わせてしまってゴメン。じゃあ、お言葉に甘えて、これからもよろしく、琴音ちゃん」
風香さんは、ニッコリ微笑みました。初対面だというのに、何故か憎めないその顔を見ながら、風香さんとは上手くやっていけそうと思いました。
それから私達はどんな喫茶店にするか話し合いながら案を詰めていきました。一時間くらい、内装のことやテーブルなど什器のこと、店の中の配置や揃えないといけないものなど、話し合いながら決めないといけないことをリストアップしていきました。一通り話し終え、次の話し合いまでにそれぞれ考えておくことにすると、私達はファミリーレストランを後にしました。
通りに出たところで別れるかと思ったのですけれど、風香さんがもう一度お店を見たいと言うので、一緒にお店の前まで戻りました。そこで風香さんはうっとりと外からお店を眺めていたのですが、しばらくすると考え込むような顔になりました。
「風香さん、どうかしたのですか?」
「うん、このままでも素敵なんだけど、でも、外からパッと見ると少し殺風景かな、って。琴音ちゃんは、どう思う?
「そうですね。ガラス面が多いですし、店内が明るければもう少し違って見えそうですけれど、ここを通りがかった人の目に留まるかというと難しいかも知れないですね」
「だよね。何かアクセントが欲しいよね。テープか何か張ろうかなぁ」
「目立つテープを貼れば、確かに目は引くでしょうけれど、お店の雰囲気を壊してしまいそうですよね」
「そうなんだよね、派手にすれば良いというわけでもないし、難しいんだよなぁ」
「色で目立たせるのではなくて、何か模様にするのはどうでしょう?」
「模様ね。確かに良さそう。単なる模様じゃなくて、絵になっているのが良いかも」
「切り絵みたいな感じですね?」
「そうそう、そんな感じ。そうだ、丁度私の友達にイラストレーターやっているのがいるから頼んでみよう。今度ここに連れて来るよ」
「ええ、楽しみにしています」
また一つお店のアイディアが出たことに満足したのか、風香さんは「じゃあ、またね」と言って帰っていきました。私は、調理道具や食器類に食材など、当座の自分の生活に必要なもの買い出しを兼ねて、商店街の様子を見に行くことにしました。




