5-8. 進路
平泉西ダンジョンから家までは、私は自分の車で戻りましたが、朱音は花楓さんに託しました。朱音は車に揺られるより、花楓さんに転移で連れて行って貰った方が良いだろうと考えたからです。
花楓さんが傷だらけの朱音を連れて帰ったら騒ぎになるだろうなとは思いつつも、そこまで酷いことにはならないだろうとも考えて花楓さんにお願いしたら、花楓さんも私と同じに考えたのか快諾してくれました。
そうしたことから、私の車が家に着いたのは、花楓さんの到着より三十分は後でした。私は家に入ると、朱音の部屋に向かいました。朱音の部屋には、碧音お婆さんに天音お婆さん、母、そして花楓さんがいました。朱音は汚れた服は着替えさせて貰っていて、体は包帯でぐるぐる巻きになってベッドに入っていました。
「ああ、琴音お帰り。ダンジョンでは大変だったみたいだね」
碧音お婆さんが私に気が付いて声を掛けてくれました。
「ただいま、碧音お婆さん。私は何ともないですけれど、朱音はどうですか?」
「さっき風呂場で汚れた体を洗われているときには痛がってギャーギャー言っていたが、今は落ち着いたようで寝ているよ」
風呂場での朱音の様子が余程面白かったのか、碧音お婆さんは思い出し笑いをしていました。
「朱音を寝かせておきたいので、リビングに行きませんか?」
母が皆を促した。
「そうさな、そうしよう」
碧音お婆さんが同意すると、皆リビングに向かって動き始めました。
リビングでそれぞれが思い思いの席に着いた後、私はダンジョンで起きたことの説明を求められ、花楓さんにしたときと同じ話をしました。
「ふーむ、そうかい」
私の説明を聞いた碧音お婆さんは、そう一言だけ言うと、花楓さんの方を向きました。
「それで、ふーちゃんは朱音達が書庫で見つけたメモに描いてあった集束陣を見て、そうなる危険性を察知して慌てて朱音たちのところに飛んで行ったんだな?」
「そう、私が着いた時には、時既に遅しだったけど」
「まあ、それは朱音が少々せっかちだったのだから仕方あるまいて。それで、ふーちゃんはどうして集束陣が危ないことを知っておったんだ?」
「集束陣を教えて貰ったときに言われたんだ。これは強い力を強制的に引き出すので、四季の巫女には危ないから教えるなって。だから、前に朱音ちゃん達にせがまれて光星陣を教えたときも集束陣は教えなかったんだけど」
花楓さんはシュンとして縮こまっていて、上目遣いに碧音お婆さんのことを見ていました。
「そういうことかい」
碧音お婆さんは冷静に値踏みするように花楓さんのことを見詰めていましたが、ふと視線を外すと、周りに座っていた皆を見渡しました。
「この件はここまでだな。朱音は手を出してはいけない火に手を出して火傷をした、そういうことだ。幸い、命に別条は無いようだから、これ以上騒ぎ立てる必要もないだろう」
皆は黙っていました。今の北杉家の当主の座は天音お婆さんに譲っているのですが、こういうとき、碧音お婆さんが絶対であることは変わっていません。碧音お祖母さんが終わりと言ったら、終わりになるのです。
「そういうことだよ、ふーちゃん」
碧音お婆さんは優しい目で花楓さんを見ました。
「ありがとう、碧音さん。そして、迷惑をかけてしまって本当にごめんなさい」
「その言葉は受け取っておくよ。それで、ふーちゃん、今晩はこの年寄りの話し相手になって貰えるんだよな?」
「も、勿論だよ、碧音さん」
花楓さんの顔が少し引きつっていたように見えたのは気のせいでしょうか。
夕食を皆で一緒に食べた後、碧音お婆さんと花楓さんは、二人で碧音お婆さんの部屋に籠って、二人だけの話をしていたようです。いつもは同席している天音お婆さんも入れないで話をするなんて珍しいことと思いました。
さて、朱音はと言えば、それから一週間学校を休みました。休んだ理由は、傷が癒えなかったこともありますが、力が使えるようになるのに時間が掛かったというのもあります。強い力によってできた傷は、自然治癒で血が止まりましたが、そのために目立つ形の傷跡として残ってしまいました。その傷が癒えるにつれ、力に対する体の拒絶反応は弱まったようで、防御障壁や探知や転移など体の中にそれほど力を通さない技は使えるようになったようですけれど、治癒や身体強化はおっかなびっくりでしたし、光星陣など遠隔攻撃型の技はトラウマになってしまったのか、まったく使えるようになりませんでした。
それでも翌週からは、朱音は高校に通学するようになりました。朱音に問題ないか尋ねたところ、高校には北の封印の地の関係者はいないからまったく問題ないのだとか。寧ろ、家の周りにいるときの方が、嫌だと言っていました。
怪我をして以降、遠隔攻撃が使えなくなったため、朱音は剣や槍などの近接戦闘の技の向上を目指すようになりました。母や父や私と道場で打ち合いをする時間も増えましたし、それでなくても一人で黙々と型の練習をするようになりました。
以前から、朱音は近接戦闘のセンスはあって、遠隔攻撃が無くても朱音は十分戦えると皆思っていましたけれど、訓練を近接戦向けに絞った結果、そのセンスに磨きが掛かり、ほどなく家の誰も朱音に勝てなくなりました。それでも朱音は満足できていないようで、練習を止めることはなかったのです。それも仕方のないことだったのかも知れません。朱音はたまにやってくる花楓さんとの打ち合いではまったく勝てませんでしたから。
朱音も以前は花楓さんとの打ち合いで勝てることがありました。でも、それは花楓さんが朱音に花を持たせてくれていたのではないかと今は思っています。朱音が近接戦闘に集中せざるを得なくなった原因を作ったという後ろめたさがあるのか、花楓さんは朱音との打ち合いは常に全力で対峙しているようです。
「朱音ちゃん、そんなにがむしゃらに突っ込んでくるだけじゃ駄目だよ」
「いえ、花楓さん、私にはもうこれしかないので」
「そう言うことを言いたいんじゃないんだけどな」
ボヤキながらも、花楓さんは朱音の打ち込みを軽々と捌いていきます。これまで花楓さんの実戦を見たことは無かったのですが、そうした立ち振る舞いを見ていると、実力の差と言うか大きな経験の差を感じます。
さて、そうこうしているうちに、朱音が怪我をしてから半年が過ぎ、年末が近付きました。私は春に短大の卒業を控えてその先どうするか考えていました。
「琴音ちゃんは、短大卒業したらどうするの?」
その日も花楓さんが家に来てくれていました。訓練をやったあと、リビングでお茶を飲んで寛いでいるところで、花楓さんから今後のことについて水を向けられました。
「今はこれといった目標が無いので、家で母を手伝うのでも良いかな、とも思うのですけれど」
「そうして貰えると私は助かりますね」
母としては当然の反応でしたけれど、花楓さんは別の意見があるようでした。
「いずれはそうかも知れないけど、まだ他のことをやっても良いんじゃないの?」
「他のことですか?」
「琴音ちゃん、短大卒業時に栄養士の資格が取れるんでしょ?だったら何か食べ物関係の仕事をするとか」
「確かにお料理は好きですから、そういうのも悪くないですね」
「そうそう、お店をやってみるとか」
「お店ですか?やるのは楽しそうですけど、お客様が来るでしょうか?」
「琴音ちゃんがお店やるなら、私、常連になるよ」
「そうだな、琴音のお店の料理を食べてみたいの」
碧音お婆さんまで花楓さんの話に乗ってきました。
「そうですか。あれ、でも、お店をやるには調理師免許が必要ですよね」
「実はね、調理師免許は無くてもお店は出来るんだよ。でも、基礎としっかりさせておいても損は無いから、調理師学校に行くのは良いと思うよ」
「そうなのですね」
個人的にはお料理するのが好きなので、調理師学校に行くのも良いかな、と思いました。
「うん、琴音ちゃん、是非考えてみてね」
花楓さんがノリノリのように見えるのですが、気のせいでしょうか。




