5-7. 救助
「朱音っ」
私が朱音に近づいてみると、体のあちこちに裂傷が出来ているようで、シャツの下から血が滲んでいました。息はしているようで一安心ではあるものの、力による治癒の進みが遅いようなのが気になりました。私も力を貸して朱音の治癒を手助けしたいところですけれど、その前にやらないといけないことがあります。
私は立ち上がると魔獣の方を向きました。先程朱音は二発目の集束砲を放つ前に斃れてしまったので、魔獣はまだそれほどダメージを負っていません。防御障壁を張って、朱音の治療を優先することも考えましたが、この魔獣相手にどこまで防御障壁が通用するか分かりませんでしたし、治療に集中できないだろうと思ったこともあって、ともかくこの魔獣を斃してしまおうと決心しました。朱音の状態を考えると時間は掛けていられません。早く勝負を決めてしまわないといけません。
私は両手を合わせて前に出すと、その先に光星陣を描きました。朱音の様子を見ていましたし、一人では使うなとのことでもあったので、集束陣は書かずに単発の光星陣にしておきました。でも、この一撃で終わらせないと。
集束陣に力を籠めながら、私は目を閉じて祈りました。朱音を護れるだけの力を、朱音を回復させるための時間を、私に与えてくださいと。すると、私の祈りが通じたのか、体の中で湧き上がる力が増えたような気がしました。私は、その増えた力もすべて集束陣に籠めながら、さらに深く祈りに集中していきます。
目を閉じて祈っていても、探知で魔獣の位置は把握できていました。魔獣が十分近づいて来たところで私は目を開けて魔獣の頭部目掛けて光星砲を撃ちます。光星陣から発せられた輝く光の帯は、魔獣の頭部に突き刺さり、そのまま貫通しました。
「う、そ」
自分からそう決意してやった上で、願い通りの結果になったとは言え、朱音が集束陣を使ってもなお斃せなかった魔獣が、単発の光星砲で斃せたことに信じられない気持ちでした。力を追い求めた朱音が力を行使できずに体を痛め、朱音のサポート役の私の方が強い光星砲を放てるようになるとは、何とも皮肉なものです。ともあれ、魔獣は斃せたのでそれ以上考えるのは後回しにして、朱音を何とかしないとと思いました。
朱音の傍らに跪いて様子を見ると、息はしているもののハーハーと息苦しそうにしています。こんな朱音を見るのは初めてで、気が動転していて心の中は焦りで一杯です。ただ、私の力で治癒しようとしても、力を通そうとしただけで朱音が痛がるので治癒することもできません。私は手を出すことができず、荒い息をしている朱音を見守るばかりでした。
そんな時、私の後ろに力の気配を感じ、その次の瞬間、誰かが転移してきました。それが花楓さんであることは探知で直ぐに知れました。
「琴音ちゃん、何が起きたの?」
「あ、花楓さん、どうしてここに?」
花楓さんの質問に答えるより、花楓さんが何故いまこのタイミングでここに来たのかの方が気になって、逆に質問し返してしまいました。
「いや、この前、朱音ちゃん達に古文書の話をしたのが気になっていて、今日また北の封印の地に行ったんだよね。それで、古文書の中から見つかったっていうメモを見せて貰って、集束陣のことが書いてあったから嫌な予感がしたんだ。二人は集束陣を試すためにダンジョンに行ったっていう話だったし。だから大急ぎでここまで転移してきた」
「わざわざ心配してきてくださったのですね。ありがとうございます。でも、よくここが分かりましたね」
「この辺りにあるダンジョンはそう多くないし、琴音ちゃんの車があったから、直ぐに分かったよ」
「ああ、そうでしたね」
私は、まだ冷静になり切れていない自分を感じました。
「それで朱音ちゃんはどうしてこうなったの?」
「朱音は集束陣を試そうとしたのです。光星砲一つを集束陣に通すのはできて、だけど思ったほどの強さにならなくて、今度は光星砲三つを集束陣に当てたのです。そしたら、朱音の体が光ったと思ったら倒れてしまって」
「集束陣は、放つための強い力が体の中を通るからね。力が強すぎて体を痛めつけてしまったんだと思う。でも、それで魔獣が斃せたんだよね?」
「いえ、朱音は二発目の集束砲は放つことができなかったんです」
「え?じゃあ、魔獣はどうやって斃したの?」
「朱音が倒れたのでどうにかしなくてはと思って、私が光星砲を撃ったんです」
「光星砲?集束陣を使わないでってこと?」
「ええ、そうです。ただ朱音を護りたいと思っただけなのに、自分でも吃驚しました」
「そうか。琴音ちゃんの護りの心に、巫女の力が呼応したんだね」
「そうなのでしょうね。何故私にって思わなくもないですけれど。朱音なら良かったのに」
「朱音ちゃんは力のみを追い求め過ぎたんだと思う。護りの心を知れば、朱音ちゃんの力もきっと強くなるよ」
「そうだと良いのですけれど。でも、まずは朱音の今の状態を何とかしたいです。花楓さん、どうしたら良いでしょうか」
「待って、視てみるから」
花楓さんが朱音の脇で腰を落として、朱音の体に手をかざそうとしました。私は咄嗟に自分で試そうとしたことを伝えました。
「あの、力を流そうとすると痛がるんです」
「大丈夫、超音波を使うから」
超音波って、あの超音波検査で使われている超音波でしょうか。確かに、巫女の力を流さずに調べるには良さそうですけれど、自分では超音波なんて使ったことが無かったので、花楓さんて何て器用なのだろうと思いました。
花楓さんは、朱音の頭からお腹の辺りまで右手の掌を当てて状態を調べていました。そして、一通り調べ終わったのか、手を引いて私の方を見ました。
「どうでしたか?」
「うん、本当に命に係わるところは、最初からダメージを負わなかったか、力で治癒したかどちらかだと思うけど、ともかく命に別状は無さそうだよ」
「そうですか。でも、とても呼吸が息苦しそうなのですけれど」
「息が荒いのは、肺にダメージがあるからみたい。治癒できるか試してみても良いんだけど」
花楓さんは、右手を朱音の胸の辺りに当て、力を流し込もうとしましたが、少しでも花楓さんの力を流そうとすると朱音がとても痛がるので、花楓さんは諦めて手を引きました。
「私の力だと拒絶反応が強すぎて駄目だよ。琴音ちゃん、試してもらえないかな?」
「え?私だと違うのですか?」
「普段は気にすること無いと思うけど、力の相性ってあるみたいなんだよね。だから、琴音ちゃん、もう一度試してみて貰える?」
「分かりました。やってみます」
私は朱音の胸に右手を当てて本当に少しずつ力を流し込んでみました。朱音は時折り呻き声を上げますが、そこまでは痛がっていないようでした。
「行けているみたいだね。ゆっくりで良いから朱音ちゃんの力に馴染ませるようにして、肺に力を集めて」
「はい」
朱音の体の中の力を感じて、自分の力をそれに合わせていきます。そして、朱音の肺を徐々に力で満たしていきます。そのままゆっくり治癒を発動させると、朱音の息が静かになってきました。
「うん、肺を治癒できたようだね。あとはゆっくり休ませるのが良いと思うよ」
「花楓さん、来てくれてありがとうございました」
「ううん、元はと言えば私が変なこと言ってしまったからだし、朱音ちゃんには本当に申し訳ないことしちゃった。琴音ちゃんは朱音ちゃんを連れていけるよね?私はこの魔獣を買取カウンターまで持って行くから」
「お願いして良いですか?できれば、朱音の槍も持って行っていただけると助かります」
「うん、良いよ。任せて」
そうして、花楓さんは魔獣を引きずって、私は朱音を背負い、転移でダンジョンの入口まで戻りました。私の巫女の力が強くなったためか、探知できる範囲が広くなって、四層の終わりの杭から三層の終わりの杭まで、一気に転移できるようになっていました。




