5-6. 力試し
碧音お婆さんも天音お婆さんも碧音お婆さんの部屋にいることが視えていたので、朱音と私は碧音お婆さんの部屋に行きました。
「朱音と琴音です。良いでしょうか?」
言葉と共に部屋の扉をノックすると、中からどうぞと返事がありました。
私が扉を開けて中に入ると、後ろから朱音が続きました。
「二人ともどうかしたの?」
天音お婆さんが尋ねて来ました。
「書庫で見つけた古いメモのような物があって。字が書いてあったんだけど私達には読めなかったから、お婆さん達に呼んで貰えないかなと思って来たの」
朱音の説明に天音お婆さんが頷きました。
「それを読ませて貰える?」
「はい」
朱音は素直に天音お婆さんに紙を差し出しました。天音お婆さんは紙を受け取り、開いて眺めます。
「これは母さんでないと駄目ね」
天音お婆さんは、そのまま紙を碧音お婆さんに渡しました。
「ふーん、随分と達筆だね」
「ねえ、碧音お婆さん、何て書いてあるの?」
「なになに。集束陣。光星砲ノ力ヲ集メ、強化シタ集束砲ヲ発射ス。力ヲ多ク使ウ為、注意ヲ要ス。単独ノ際ニ使ウベカラズ。同伴者ノ支援ノ下デ使ウベシ、とあるな」
「これ、集束陣なんだ。お婆さん達知ってた?」
「いや、聞いたことはない。初めて見たな」
「空音お婆さんがこれを見つけたことがあると思いますか?」
「どうだろな。必要以上の力は要らないというお人だったから、例えこれのことを知っていたとしても、いざと言うときまで黙っていそうな気もするが」
「そうですか」
私のモヤモヤは晴れませんでしたが、描かれている作動陣が何かは分かりました。
そして朱音は目をキラキラ輝かせています。朱音が何を言いたいのか、大体想像が付きました。
「お姉ちゃん、これ試してみようよ」
予想通りです。
「構わないですけれど、強力な技みたいなので試す場所は選ばないといけませんよ」
「そうだね。地上だと試せそうなところがないから、やっぱりダンジョンかな?どうせだから、魔獣相手に試してみたいな」
「朱音、きちんと注意書きのこと覚えていますか?同伴者がいないと危ないって書いてあるのですよ。魔獣を相手にしていて何かあったらどうしますか」
「勿論忘れていないよ。同伴者ってお姉ちゃんがいれば大丈夫だよね」
「理屈ではそうですけれど」
母に相談したいと思った私は、早々に碧音お婆さんの部屋から出て、母のところに向かいました。朱音は私がどこに行くのか言っていませんが、私に付いて来ています。
母はリビングでお茶を飲んでいました。朱音と私がリビングに入ると、母は視線をこちらに向けました。
「どうしたの?二人して」
「お母さんに相談したいことがありまして」
「何を?」
母の言葉に、朱音が書庫で作動陣を描いたメモを見つけたこと、そこには集束陣が書いてあったこと、メモに書いてあった文章は碧音お婆さんに読んで貰ったこと、そしてダンジョンに行って集束陣を試したいことを説明しました。
「それだと琴音と二人で行けば良さそうだけれど、琴音は何か心配事があったってこと?」
「ええ。何となく私一人だけで付いてくのには不安があって、お母さんも行けたらと思ったのですが」
「ダンジョンにはいつ行くの?」
「明日!」
朱音が間髪を入れずに答えました。
「明日は会合があるからダンジョンには行けないわ。ダンジョンに行くのは来週にできないの?」
「だって早く試したいんだもん。お姉ちゃんと二人でも大丈夫だよ」
「琴音、どうします?」
期待するような朱音の目を見て、私は仕方ないかと思いました。
「分かりました。明日二人でダンジョンに行ってきます」
「やった、お姉ちゃん、ありがとう」
そうして、私達は二人でダンジョンに行くことになりました。
翌朝、朱音と共に車に乗り、エンジンを掛けます。
「今日もこの前と同じ平泉西ダンジョンに行こうと思いますけれど、良いですか?」
「良いよ、勿論。行ったばかりだから地図も大体頭に入っているし」
「それでは、そうしましょう」
私は車を出して平泉西ダンジョンに向かいます。平泉西ダンジョンの駐車場まで大体四十分弱、いつもくらいの時間で到着しました。
車を降りて、さっさと受付を済ませると、私達はダンジョンの中に入りました。
「お姉ちゃん、四層の終わりの杭まで競争ね」
「競争するのは構わないですけれど、転移先の周囲には十分注意してくださいね」
「はーい」
朱音は返事をすると転移して消えていきました。私も朱音を追いかけて転移します。朱音がどう進んだのかは分かりませんけれど、一層の終わりの杭、二層の終わりの杭、三層の途中と終わりの杭、四層の途中と終わりの杭、と六回転移して四層の終わりの杭まで進みました。
私が四層終わりの杭に到着したとき、朱音は既にそこにいて、五層にいる大型魔獣を調べているようでした。
「朱音、何を相手にするか決めましたか?」
「うん、皮が堅そうな魔獣にしようかと思って」
「左の方にいるカメのような魔獣ですか?」
「右奥の方にいるのはどうかな、と思って」
「ああ、アレですね。でも、走るときは速いという話ですし注意が必要ですよ」
「だからこそ、一撃で斃せるようになりたいんだよね」
「他ので試してからの方が良いような」
「大丈夫だって。お姉ちゃんも私もA級ライセンスだし、大型魔獣一体に遅れは取らないって」
朱音は頑固なところがあるので、これと決めてしまうと中々意見を変えてくれません。私は半ば諦めながら、最後にもう一度尋ねました。
「もう少し動きが遅い魔獣を相手にした方が良いと思うのですけれど。危ないと思ったら、無理せず直ぐに逃げるのですよ」
「分かった。お姉ちゃんの言う通りにするから」
「そう、それでは右奥に行きましょうか」
朱音は喜んで右奥の魔獣のところに転移していきました。それを私も追いかけます。
朱音は魔獣から100mほど離れたところに転移していました。そこにいた魔獣はワニのような魔獣でした。堅そうな皮に包まれていて攻撃を通すのが大変そうですけれど、いまはまだ私達に気付いていないのか、じっとしていました。
「朱音、どうしますか?」
「集束陣使って先制攻撃してみる」
「いきなりですか?」
「動いていないから丁度いいんじゃない」
「まあ、朱音の好きなようにしてください。私はサポートしますから」
「お姉ちゃん、ありがとう。それじゃ、やるね」
朱音は槍を構えます。そう、今日、朱音は槍を持ってきていました。槍の方が遠隔攻撃で狙いをつけ易いというのが理由です。最初から気合が入っています。
朱音は構えた槍の先端に光星陣を描き、さらにその先に集束陣を描きました。朱音が力を籠めていくと、光星陣の前に光の珠ができて輝きを増していきます。
「よし、行けっ」
朱音の気合とともに光星砲が放たれ集束陣に当たりました。そして集束陣からさらに強い光が発生し、砲撃となって魔獣に向けて放たれました。その砲撃はものの見事に魔獣の頭に当たったのですが。
「あれ?斃せてない」
残念ながら威力不足でした。そして今の朱音の攻撃で魔獣がこちらに気付き、こちらに向きを変えてきました。
「朱音、魔獣がこちらに気付きましたよ。どうします?」
「光星陣の数を増やして、今度こそ斃す」
その言葉通り、朱音は再度槍を構え直してから、槍の先端を囲む正三角形の位置に光星陣を三つ、そしてその先に集束陣を一つ描きました。そして、三つの光星陣に力を籠めました。
「今度こそっ」
今度は三つの光星陣から光星砲が集束陣に向けて放たれました。そして集束陣から先程より強い光が発生すると同時に朱音の体からも光が発して。
「うげっ」
突然、声にもならない音を発して、朱音は体を海老ぞりにして倒れたのです。




