5-5. 古文書
朱音のおねだりを受けて、私達は二人で家の書庫に向かいました。
「花楓さんもあるか分からないと言っていたので、見付からなくても仕方がないですからね」
「うん、お姉ちゃん、分かっているって。一度は見てみたいだけだから」
そうして書庫のところまで行き、扉を開けて中に入ろうとしたところで、二人とも絶句したのでした。
「お姉ちゃん、これって」
「そうですね、これでは調査どころではないですね」
書庫の中は物置と化していて、冬の間使っていた炬燵やら、頂き物のお酒やら様々なものが所狭しと置いてあり、とても中に入れる状態ではなかったのです。
「まずは物を整理しないと入るに入れませんね。朱音、今日のところは諦めませんか?」
「そうだね、お姉ちゃん。お母さん達とも相談が必要だね」
私達は書庫の扉から離れると、その足で母のところに行って相談しました。その結果、次の週末までには書庫に置いてあった雑多なものは別の場所に移動して貰えることになりました。
「良かったね、お姉ちゃん。次の週末には調査できそうで」
「そうですね」
確かに書庫からは物は移動して貰えそうでしたけれど、「書庫が駄目なら御殿かしらねぇ」と言っていた母の言葉が気になっていました。いえ、祖母がいますし御殿を物置代わりに使うことは無いと信じましょう。
そして次の週末、朱音と私は改めて書庫の中に足を踏み入れました。書庫には窓がなく、天井灯の明かりだけが頼りです。母は約束通りに書庫の中の物を片付けておいてくれました。扉から入ったところは少し空間がありましたが、その奥には書棚が並び本が収めてあります。これまで書庫の中の本を読もうなどと考えたことも無く、家族との会話でも書庫にある本の話をした記憶も無かったですし、物置として使われていたことから想像しても、しばらく本の出し入れはされていなかったのだと思います。一番新しそうな本がある手前の書棚にしても、そこにあったのは七十年以上も前の小説や辞書などでした。
「これって碧音お婆さんの時代のものかな?」
朱音も書棚から本を取り出して奥付の日付を見ていました。朱音も私も手には白手袋をしています。母から古い本を触るときには手袋をするようにと渡されたものです。
「そうですね。でも、これくらいの時代のものだと古文書とは言わないと思うので、もっと奥のものを見てみましょうか」
「ねえ、お姉ちゃん、どうせだから一番奥を見てみようよ」
確かに年代順に並んでいると考えれば一番奥が一番古い物だと思われます。私は朱音の言葉に頷いて一番奥の棚に向かいました。
そして、最奥の棚を見てみると、そこには和紙を紐で綴じた冊子が何冊かずつさらに紐でしばって束ねたものが書棚に横置きに積んでありました。
「これって和紙でできた本?」
「本なら貴重なものですけれど、本なのでしょうか?」
「中を見てみる?」
「そうですね。見てみましょう」
書棚から冊子の束を一つ取り出して床に置きました。幸いにも紐は蝶結びだったので直ぐに解くことができて、一番上の一冊を取り出して開いてみました。
「お姉ちゃん、読めないよ。お姉ちゃんなら読める?」
「いえ、私にも読めません。ですけれど、これは何かの記録みたいですね」
「記録?」
「この辺り、数字が並んでいませんか?」
「ああ、四拾とか、伍百とか。そうね、数字みたい」
「他の頁にも数字の書いてあるところがあるので、記録のように思えて。帳簿かも知れません」
「どちらにしても作動陣について書かれてはいなさそうだよね」
「ええ」
そして、開いてみた一冊の下にあった冊子も何冊か同じように開いてみました。
「ここに束ねてあった他の冊子も似たようなものみたいです」
「この書棚の物、皆同じなのかなぁ」
「手分けして一通り見てみましょう」
「そうだね」
私は冊子を元の通りに束ねて書棚に戻しました。
「私はこの棚を調べてみますので、朱音は左の棚を見て貰えますか?」
「分かった」
それから二人して黙々と棚から冊子の束を下ろしては一冊一冊確認する作業を繰り返しました。三十分くらい続けて、漸く書棚一つ分の冊子の束を見終わることができました。
「こちらの書棚の物は、皆、記録みたいなものでしたよ。朱音の方はどうでしたか?」
「こっちのものも同じみたい。何でこんなに記録を残してあるの?」
「何故でしょうね。記録好きなご先祖様がいたのかも知れませんね」
「これ、残しておいて役に立つのかな?」
「私達にとっては要らなさそうですね。考古学の学者さんに見せれば喜びそうですけれど」
「えー、どうなんだろう」
はい。私もそこまで学者さんの役に立つと信じているのではないので、朱音が疑問に思うのも良く分かります。でも長いこと保管されていたものには違いがないので、何かの役に立つと良いなとも思うのです。
「ともかく、ここの古冊子の処分は私達だけでは決められないのですから、調査を先に進めませんか?」
「そうだね、お姉ちゃん。次はこっちの反対側の書棚だね」
最初に調べた書棚は、書庫の一番奥の壁を背に立っていたものでした。朱音が指し示しているのは、それと向かい合わせに立っている奥から二列目の書棚です。
「そうなりますね。朱音はそのまま右側の書棚を見て貰えますか、私が左側を見ますから」
「うん、良いよ」
二番目の列の書棚にあった冊子には、記録以外の物も含まれていました。一つは、魔獣の図鑑のようなもの、もう一つはダンジョンの地図らしきものです。
「ふーん、昔の人って、こういうダンジョンの地図を使っていたのかな?」
「朱音だって、花楓さんに探知を教えて貰わなければ地図が必要だったでしょうに」
「まあ、そうなんだけどね」
そうなのです。私達が探知と転移ができるのは、前に花楓さんから教わっていたからなのです。そうでなければ、魔獣を避けて簡単には五層まで行けなかったので、朱音も花楓さんには大いに感謝している筈ですし、探知が使えていなければ昔の人と同じだった訳で、昔の人のことをとやかく言えた義理ではないのです。
「ともかく、この地図と図鑑は分かるように分けておきましょうか」
私は持ってきたメモ用紙に地図、図鑑とそれぞれ書いて、冊子の束に挟んでから、その束を書棚に戻しました。
「でも、ここの棚にも作動陣を書いたものは無かったね」
「そうですね。今度は隣りの通路を調べてみましょうか」
私達はいま調べていた書棚の裏側の通路に移動しました。ここも両側が和紙の冊子の束が収めてあるようです。
「もうひと頑張り必要そうですね」
「そうだね、お姉ちゃん。ん?あれ?」
朱音が何かに気付いたようでした。朱音は通路の奥の方に向かい右側の書棚に近づくと冊子の束に挟まっていた紙を抜き取りました。
「これが挟まっていたんだけど」
「何でしょうね」
紙は折り畳まれていました。古そうな紙ではあるものの、束になっている冊子の紙とを比較すると、明らかに紙質が違うようです。
「何か書いてありますか?」
私の問い掛けに朱音が畳まれていた紙を開きました。すると、そこには作動陣と思われるものが一つ描かれていて、周りには文字が書いてありました。
「作動陣じゃないかな?」
「そうかも知れませんけれど、これだけだと何かが分かりませんね。文字を読まないといけないですけれど」
「私達には読めないよ、これ」
「そうですね。お婆さん達なら読めるかも知れないので聞いてみましょうか」
「うん、そうしようよ」
「それで、書棚の冊子の調査はどうしましょうか?」
「まずはその紙に何が書いてあるかを先に調べてしまおうよ」
「それでも良いですけれど。ただ、この紙が挟まれていた冊子の束だけは調べてみませんか?」
「それもそうだね」
私は冊子の束を書棚から取り出すと、紐を解いて中を見てみました。そこに書かれていたのは、他の冊子同様に何かを記録したもののようでした。
「この冊子の束は作動陣とは関係なさそうですね。どうしてこの紙だけがここに挟まれていたのでしょう?」
「誰かの覚え書きかな?役に立つものなら良いんじゃない?早くお婆さん達のところに行こうよ」
朱音に促され、一抹の気持ち悪さを感じながらも、書庫を出た私達はお婆さん達の部屋に向かいました。




