5-3. 平泉西ダンジョン
車を平泉西ダンジョンの駐車場に入れると、朱音と私はダンジョンに潜るための装備を持って車から降りました。装備と言っても、ライトの付いたヘルメットに剣、そして荷物を入れるための小さな背負い鞄です。朱音も私も服装は半そでのポロシャツに短パンといういで立ちです。黎明殿の巫女は、身体強化に防御障壁、それに治癒が使えるので軽装の方が楽で良いのです。体の周りの空気を加熱で暖かくできるので、寒くもありません。本当はヘルメットも要らないのですけれど、流石にヘルメットなしだと受付で指摘を受けてしまいます。そこでわざわざ説明するのも面倒なので、ヘルメットは被るようにしているのです。
受付に行って、ライセンス証を見せます。C級であれば軽装であることやら盾がないことが指摘されるのでしょうが、2人ともA級なので何事もなく通過できました。
そして、ヘルメットのライトを点けてダンジョンに入っていきます。
「朱音が行きたいのは五層なのよね?」
「うん、勿論だよ」
でしょうね。朱音はいつも大型の魔獣狙いで五層に行きたがります。
「では、いつものように、転移していきますか」
「そうしよ、そうしよ」
朱音はすぐにでも転移していきそうな勢いでしたけれど、周りに人がいないか慎重に探知で確かめます。結果として問題なさそうでしたので、朱音を促すことにしました。
「最初は1層の終わりの杭まで行きましょう。人が居るところには出ないように気を付けてね」
ダンジョンは段々下に降りていくので階層の区別が難しいのですけれど、ダンジョン協会が設置した杭で区別することになっています。ただ、その杭もあるのは6層の終わりまでです。7層以上は普通の人には危険なので、入る人は自己責任になるのです。
「うん、お姉ちゃん、分かってる。先に行くよ」
朱音は足下に転移陣を描くと転移して消えました。私も自分の足下に一つ、1層の終わりの杭の横にもう一つの転移陣を描き、向こう側の転移陣まで転移しました。
そして、そこからも転移を繰り返します。1層の終わりの杭からは、探知で2層の終わりの杭が視えるので、2層の終わりの杭までは一回の転移で行けますけれど、3層から先は一度途中まで転移しないと終わりの杭が視えず、終わりの杭まで転移を二回しないと到達できません。でも、回数だけの問題で、魔獣を避けながら転移していくことで、難なく4層の終わりの杭まで進むことができました。ただ、以前に比べて、探知に掛かる魔獣の数が増えているような気がします。
「さて、五層に着いたけど、どの魔獣と戦おうか?」
「朱音が来たがったのですし、朱音の好きにして良いですよ」
「ありがと、お姉ちゃん」
朱音は嬉しそうにしながら、探知で獲物を探しています。私も探知で魔物を見つけながら、朱音だとどれを選ぶか予想していました。五層は大型魔獣が出る分、四層より魔獣の密度が下がっているので、他の魔獣に出会うことなく目的の魔獣のところまで行けることが多いのです。魔獣は斃すと入り口まで運ばないといけませんから、戦う相手は慎重に選びたくなるのです。
「うーん、どうしようかな」
「何を悩んでいるのですか?」
「動きが遅いけど堅いのにするか、すばしこいのにするか、どうしようかなって」
まあ、確かにどちらも手こずりそうで戦い甲斐がありそうですけれど。
「朱音の得意とする戦い方からすれば動く相手の方が相性が悪いのですから、すばしこいのが良いのではないですか?」
「やっぱりそうだよね。じゃあ、そっちのにするかな。お姉ちゃん、行くよ」
「はいはい」
朱音は腹を決めたようで、私を促すと走り始めました。後ろから見ても、久しぶりに大型魔獣相手に戦いができる喜びでワクワクしているようすが見て取れます。そうは言っても危険なことに変わりはありません。何事も起きないようにしっかりサポートしなければと心を引き締めます。
しばらく走ると朱音が立ち止まりました。
「お姉ちゃん、あいつと戦いたのだけど?」
辿り着いたそこには、サーベルタイガーのような魔獣がいました。
「良いですよ。それで、どういう風に戦いますか?」
「いつもみたいに魔獣が弱るまでは二人で攻撃して、最後はアレで」
朱音が私を振り返り、期待するような視線を向けてきました。
「分かりました。朱音らしいですね」
「まーね」
何か自慢げっぽい返事が来ました。別に褒めたつもりではないのですが、まあいいでしょう。ともかく行きましょうか。
朱音が右の方から魔獣の方に回り込むように走っていったので、私は反対の左側から回りこみます。魔獣は先に動き始めた朱音の方に狙いを定めているようです。魔獣は高さが1.5mから2m程度。普通の虎より一回り、いや二回りほどの大きさがあります。大きいですけれど、意外に敏捷なので要注意です。足止めするには、まず後ろ足への攻撃ですね。
朱音は力を剣先に乗せ、身体強化に防御障壁を使っているようで、剣先と朱音の体のそれぞれを包み込むように淡く銀色に光る膜が覆っています。私も剣を抜くと剣先に力を乗せるとともに、身体強化と防御障壁を発動させました。
私は魔獣の目が朱音を向いているうちに魔獣の下半身の方に近づき攻撃を仕掛けようとします。しかし、私の接近に気付くと、魔獣はひらりと姿勢を変えて私の方を向いて前足の爪を出して引っ掻こうとしてきました。後ろに下がって避けるのは簡単ですが、そうすると攻撃ができないので、魔獣の体の動きを見ながら前に進み、振り下ろされてきた爪を剣で打ち返すとそのまま突進して魔獣の後ろ足に斬りかかりました。剣を持つ手に手応えは感じましたけれど、魔獣が咄嗟に足を引いたので与えた傷は浅いでしょう。
でも、私の攻撃に少し遅らせるタイミングで、つまり、丁度魔獣の重心が朱音の側の後ろ足に乗ったときに朱音が打ち込んだ剣戟までは避けることができなかったようです。しかし、それだけでは魔獣の動きを鈍らせるには十分ではなく、魔獣は後ろに飛び下がって私達から一旦距離を取ると改めて私達の方に向かってきました。
朱音と私は魔獣を挟む形で立っていましたが、魔獣が下がったために魔獣から見て同じ方向になってしまい、そのままだと同時に攻撃を受ける恐れがあります。なので、朱音も私も咄嗟にお互いから離れるように動き、魔獣から同時に攻撃を受けないようにするとともに、再び両側から攻撃を仕掛けていきます。今度は朱音が先に行き、私が少し後から斬り込んで、魔獣への攻撃を成功させました。
「このまま行ければ楽なんだけど」
「朱音は楽をしたいのではないでしょう?」
「まあ、それもそうだね」
魔獣が距離を取って体勢を立て直したとき、朱音と軽口を叩き合いました。時間はかかるかもしれませんが斃せない相手ではありません。ただし、魔獣が増えると面倒なことになるので、近づく魔獣がいないことは探知で確認しています。
次に二人で攻撃をすると、魔獣は動きを変えました。今度は私の方が先に進み、魔獣の前足の攻撃を避けたのですが、私が避けると直ぐ魔獣は前にジャンプして私達を飛び越して距離を取りました。
「賢いですね」
「姉さん、今度後ろ足に打ち込む前にジャンプしようしたら、アレで」
アレと言われましたが、朱音の言いたいことは理解できたので頷くと、魔獣に向かって走り出しました。いまは私が右側、朱音が左側です。魔獣の攻撃は朱音に向けられましたが、朱音はそれを際どく避けます。そして前回同様に魔獣がジャンプしようと姿勢を低くしたときに、私は剣に乗せていた力の刃を魔獣の後ろ足向けて飛ばしました。魔獣の反対側でも力を感じたので朱音も同じことをやっている筈です。良いタイミングで攻撃が入ったようで、魔獣が一瞬バランスを崩して動きが止まりました。私達は後ろ足に向けて走っていたので、改めて剣に力を乗せると怪我をしている後ろ足に追い打ちを与えました。
ギャーっと魔獣が叫び、転がりながら顔をこちらに向けました。
「朱音、そろそろ行けますか?」
「うん、お姉ちゃん、やってみるよ」
朱音は魔獣に対して少し右足を引き気味にすると、剣を体の前で横にして左手を剣の腹に当てて剣先を魔獣に向けました。そして剣の前に光星陣を描き、力を溜めてから魔獣に向けて光星砲を放ちます。
光星砲は狙い通りに魔獣の体に当たりましたが、致命傷にはなっていないようでした。
「まだ足りないようですね」
「そうだね。いつものことだけど」
朱音には落胆の色が見えましたが、すぐに気を取り直すと剣を構え直し、今度は剣先の周りに三つの光星陣を描きました。そしてそれらを同時に放ちます。
攻撃を受けた魔獣は力なく倒れました。どうやら今度は魔獣を仕留めることができたようです。朱音が倒れている魔獣に近寄り、確認しました。
「どうですか?斃せていましたか?」
「斃せてた。だけど、また一撃では斃せなかったよ」
「最初から光星陣三つを撃てば良いのではないですか?」
「それだと何となく負けな気がして」
「でも、朱音は光星陣を三つにしても威力が落ちないではないですか。前に私が同じようにやったときは、光星陣三つだと一つのときより一つ一つの威力は落ちてしまいましたからね」
「それを言われちゃうとだけど、やっぱり強い一撃を一発で斃したいなぁ。何か方法ないかな?」
「お祖母さんに聞いてみたらどうですか?」
「前は知らないって言っていたんだけど、また聞いてみるかなぁ」
「そうですね。あるいは他の人が知っているかもですけれど」
「あまり知り合いいないけど、機会があったら聞いてみるかな」
「ええ、聞いてみないことには始まりませんから。ともあれ、まずはこの魔獣を運ばないとですね」
「うん、そうだね」
そうして私達は魔獣を入り口外のダンジョン協会の買取窓口まで運んだのでした。




