4-35. 愛花と摩莉の参戦
男の人たちは、その一角が逃げ始めると、他の人達も連れ立って逃げに入ってしまった。その結果、北御殿の前の広場に魔獣と共に残っているのは、琴音さん他二人の冬の巫女と、柚葉ちゃん、清華ちゃん、灯里ちゃんの六人だけになった。そして、魔獣は顔に攻撃を与えた琴音さんに狙いを絞っている。魔獣は口開け、再び黒い弾を琴音さん目掛けて飛ばそうとした。琴音さんはそんな魔獣の動きに構うことなく、魔獣の方に近寄っている。魔獣の近くにいた方が、黒い弾が撃ちにくくなると考えたのだろう。確かに、魔獣は黒い弾を飛ばそうとしながら、自分の傍にいる琴音さんに黒い弾を飛ばすことはなかった。その代わりというか、魔獣は琴音さんに噛みつこうとしていた。
それを見た琴音さんは、光弾を魔獣の開いた口の中に撃ち込んでから、やってくる魔獣の頭を素早く走って避ける。口の中までは鱗が生えていないので、光弾は効いているようだが、魔獣の反応がそこまでではないところを見ると、それほどのダメージにはなっていないようだった。
「ねえ、摩莉、斃せると思う?」
「そうだね、上手くすれば斃せるかもってところかな?」
「やっぱり?少し厳しそうに見えたんだよね」
そう、愛花の見立ては正しい。状況は膠着状態に見えるが、巫女の側はほぼ全力を出している一方、魔獣の方はまだ余力がありそうだ。今のところは魔獣の攻撃は凌げているし、有効な攻撃手段もあるので斃せる可能性もある。ただ、実力差があるところで勝とうと思うと奇襲だが、既に手の内を出しきっているとなると、奇襲も難しいだろう。
とは言え、今は最初のフォーメーション通りに魔獣は琴音さんに集中している。琴音さんは、魔獣の攻撃を避けながら、一番の弱点であろう頭部に有効打を叩き込もうと狙っている。
「あ、杖の人が、また集束砲を撃とうとしているよ」
私は琴音さんの動きを見ていたので、杖を持った巫女から注意が逸れていた。愛花の声で見てみると、確かに巫女が杖を構えて集束陣を描いていた。そして、巫女の両脇に光星陣が。
「駄目だよ、あれ。愛花、行くよ、琴音さんをお願い」
「え?摩莉?」
私は愛花の返事を待たずに転移した。
杖を持った巫女は、突然現れた私に杖を奪われて驚いていた。
「何をするのです」
「あなたこそ何をしようとしていたの。あれを撃ったらどうなるか分かっているの?」
「私のことは良いんです。琴音を助けられるのなら」
「良いわけないでしょ。ともかく、琴音さんの方には愛花が行ったから」
私は琴音さんにいる方向を指さして示す。そこでは、愛花が力を乗せた剣を振っていた。相当強い力を出していると思われ、愛花の髪は白い銀色に光っており、剣は着実に魔獣の体に傷を付けていた。琴音さんは、愛花の後方に下がっている。愛花の攻撃が効いているのか、魔獣の標的は今は愛花にあるようだ。魔獣の気が逸れて余裕ができた琴音さんは、先程と同じように光星陣を描き、光星砲で愛花を援護しようとしているようだった。私も別の方向から魔獣を攻撃して、魔獣の注意を分散させよう。
「それでは、私も行きますので、あなた方は手を出さずに黙って見ていてください」
私は返事を待たずに魔獣の方に向かう。転移で剣を呼び出し、右手に持って力を乗せる。愛花と同じように強い力を引き出して剣に乗せているので、私の髪も銀色に輝いているだろう。
私は愛花達とは反対側の方向に走り込み、一撃二撃、剣で打ち込んだ。強い力の乗った剣の刃は魔獣の体に傷をつけることができたが、期待したほどの深手を負わせることができなかった。さらに、魔獣は体を動かすので同じ場所に連続して攻撃ができず、傷つけられてから時間が経過したところは、どんどん再生してしまう。集束砲を使えばもっとダメージを与えられるかも知れないが、真横からだと避けられたときに周りに被害を与えてしまうことになるので、使うのは躊躇してしまう。
ならば、と魔獣の体に手を付け柚葉ちゃんに教わった掌底破弾を打ち込む。力の爆発の衝撃で魔獣の体の一部が抉れるが、しかし、剣での打ち込みと同様、深いところにまで傷を負わせることはできなかった。さてどうしたものだろうか。
「摩莉ぃ、攻撃して傷付けても、どんどん再生されちゃうよ。どうしよう?」
魔獣の向こう側から、愛花の嘆きの声が聞こえた。
「愛花、ともかく魔獣の注意を引き付けるように攻撃し続けて。私は強力なの撃ってみる」
「分かった」
私が攻撃を控えると、魔獣は愛花の方を攻撃しようとする。そこで私は魔獣の頭に照準を合わせて光星陣を描く。私が光星砲を撃とうとしたとき、魔獣が私に気付き、光星砲の射線を避けながら私目掛けて黒い弾を撃ってきた。私は後ろに飛びのき黒い弾を避ける。そのまま光星砲を撃っても当たらないことが明らかなので、一旦光星陣を解いた。
攻撃するには、魔獣の動きを止めたいのだが、良い方法が思い浮かばない。
「ねえ愛花、魔獣の動きを止められないかな?」
剣で打ち込みながら、魔獣越しに愛花に叫んでみた。
「え?どうやって?」
残念ながら、愛花の方も手立てが無さそうだった。私はちょっとした思い付きを愛花に投げてみた。
「防御障壁で抑え込めないかな?」
「うーん、やってみても良いけど?」
「じゃあ、私は一旦下がるから、五秒したら魔獣を防御障壁で囲んでみて」
「分かった」
私は愛花の防御障壁に囲まれないように魔獣から十分距離を取る。五秒経った時、約束通り愛花が防御障壁を発動して、魔獣を囲もうとした。しかし、魔獣を囲む円周の三分の一くらい展開した段階で魔獣の尻尾の攻撃を受け、愛花の防御障壁は簡単に割れてしまった。この魔獣相手では、普通の防御障壁は通用しないようだ。
いよいよ打つ手が無くなってきた。このまま膠着状態に陥ってしまっては、他人のことを言えた義理ではない。私は焦った。
魔獣の動きを止めての遠隔攻撃が駄目ならば、近接攻撃しかない。効果的にダメージを与えるならやはり頭だろうか。掌底破弾を頭部に思い切り打ち込めば、流石の魔獣も大きな痛手を受けるのではないか。そう考えた私は魔獣の体の上に飛び乗った。そして魔獣の体伝いに頭部を目指す。
私が体の上に乗ったことに気付いた魔獣は、不味いと思ったのか私を振り落としにかかる。振り落とされてはなるものかと、私は必要に応じて剣を魔獣の体に刺して落とされないようにしながら、徐々に魔獣の頭部に近づいていった。しかし、もう直ぐ頭部というところで、魔獣が私ごと体を地面に叩き付けるという行為に出たため、地面に打ち付けられてしまった。そして魔獣は怒り狂ったかのように、私を中心に黒い弾を乱射し始めた。
私自身は防御障壁で耐えることができたが、運が悪いことに私が地面に打ち付けられたところから、そう遠くないところに杖を持った巫女たちが立っていた。私は、強く打ち付けられた直後で、頭が朦朧として身動きができず、巫女達の方まで手が回らなかった。愛花たちはというと、魔獣が私を振り落とそうとしたときに、魔獣の体で吹き飛ばされたようで、地面に倒れていた。
「まずい」
何とかしなくちゃと思っても体は思うように動かない。巫女たちは防御障壁を張っていたが、黒い弾が何発か当たると割れてしまっていた。そこに新たな黒い弾が飛んでいく。
「駄目ぇ」
私は必死の思いで巫女たちの前に転移して身体強化と防御障壁を張り、自分の体で巫女たちを護ろうとした。弾の射線から外れないように浮遊陣で体を支え、激しい衝撃に備えて、体をなるべく固くしてその時を待つ。そして間近で大きな爆発音がする。しかし、私に衝撃が加えられることにはならなかった。
「まったく、摩莉さんたちは何をやっているのですか?」
目の前に、髪を巻いて簪を挿した後ろ姿が見えていた。柚葉ちゃんだ。




