4-32. 魔獣出現予測、再び
翌日は、朝から平泉の世界遺産巡りだ。平泉の世界遺産は、五つの資産から構成されている。具体的には、中尊寺の他に後四つ、毛越寺、観自在王院跡、無量光院跡、金鶏山となっている。私たちは、まずは中尊寺だよね、ということで朝食を食べた後、早速中尊寺まで移動して撮影に入った。スタッフが予め撮影交渉はしてあって、許可が得られたところでだけ撮影して、他は見学して回る。境内には、本堂や金色堂を始めとしていくつもの建物が並んでいる。灯里ちゃんは金色堂にいたく感動したようで、しばらくそこから離れなかった。
中尊寺の次に、駅の方に向かいながら、無量光院跡へ行った。無量光院は、宇治の平等院を模して造られたそうだが、既に建物は消失していて存在していない。その昔に建っていたであろう立派な建物を想像しながら見る景色は、どことなく寂しそうな感じがした。
昼食を挟んでから金鶏山へ。金鶏山は小さな山だが、その昔から平泉の中心として意識されていて、例えば、無量光院は金鶏山を背景にする位置に建てられたそうだ。山頂には経塚があって、それを見ると当時のそうした想いが伝わってくる気がした。
金鶏山の後は、観自在王院跡に立ち寄る。ここも、昔建立されていた寺院の遺跡だ。遺跡発掘調査によって得られた情報を基に、遺構と庭園が修復されている。建物は失われてしまったが、舞鶴池を含む浄土庭園は、昔とそう変わっていないとすると、当時の人々が見ていた光景を自分も目撃していることになる。昔の人は、この光景を見て何を想ったのだろうか。
そして最後の毛越寺は、観自在王院跡の近くにある。この毛越寺にも浄土庭園がある。こちらの浄土庭園も発掘調査の後に修復された。毛越寺には、その昔建物が500以上もあったらしい。それらは火災によって失われてしまったとのことで、非常に残念なことだ。
「ここの毛越寺で平泉の世界遺産五つ全部見終わったけど、灯里ちゃんどうだった?」
「うん、楽しかったよ。遠い昔の時代を沢山感じることができたよ。世界遺産良いよね、ロマンだよね」
「そうだね。色んなものが失われて遺跡になってしまったのは残念だけど、残っている浄土庭園を見るだけでも、昔の人の想いが少し感じられた気がするよね」
「これで封印の地にも行けたら良かったんだけどなぁ」
「強く行きたいって思っていたら、いつか行く機会が来るかもね」
「うん、諦めないよ」
毛越寺の見学が終わった時点で程よい時間になったので、私たちは真っすぐ宿に戻ることにした。
宿に戻ったあとは、前の日と同じようにお風呂に入ってから夕食にした。そして、食堂が閉まる時間が過ぎたら部屋に戻って三人のお喋りタイムだ。
「そういえば、灯里ちゃん、大学は行かなくて大丈夫だったの?」
「前期の試験はもう終わってて、いまは補講期間なんですよ。補講が無ければ10月までお休みです」
「灯里ちゃんは、補講が無かったってことだよね」
「そうですよ。私、ちゃんと勉強してますから」
「大学の講義って難しくないの?」
「まだ一年の前期ですから、そこまでじゃないですね」
「でも、これから難しくなるんだ」
「そうですね、専門の講義も増えていきますし」
「うー、どうも大学の講義って難しいイメージしかないよ。私、大学行ってないし。姫愛は短大だっけ?」
「そうだよ。もう殆ど忘れちゃったけどね」
開けっぴろげにアハハと笑う姫愛。姫愛らしいけど、それで良いのか?
「研究室はまだまだ?」
「そうですね。正式な配属は四年になってからですね。でも、興味があれば顔を出しても良いんですよ」
「灯里ちゃんは、どこかの研究室に顔を出しているの?」
「はい、ときたま黎明殿の昔の出来事を調査研究している研究室に行ってますよ」
「そこの研究室で、この辺りに封印の地があるって話を聞いたの?」
「はい、先生が古い書物を調べていたら、封印の地のことが書かれていたって」
「そこにはどんなことが書かれていたか聞いたの?」
「えーと、黎明殿のことが書かれている書物は一つだけじゃなくて、いくつかの書物にバラバラに書かれていたそうなんです。それで、そこに書いてあった情報を先生がまとめると、大雑把には、封印の地は四か所にあって、東西南北の名前が付けられていて、北の封印の地は東北のここの辺り、東が伊豆方面、西が中国地方の北側、それに南は南国の島になると。そして、それぞれの封印の地には黎明殿の中央御殿を一回り小さくした御殿が建てられていて黎明殿の巫女が管理していたのだそうです」
「ああ、それで中央御殿があったってことなのね」
「そうなんですよ。でも、どの書物を読んでも中央御殿の場所のことは書かれていなかったって」
「謎な存在なのね」
「はい」
中央御殿のことなんて、故郷にいたときにも聞いたことが無かった。しかし、藍寧さんや姫愛のように封印の地とは関係の無い巫女もいる。もしかしたら、藍寧さんなら中央御殿のことを知っているのだろうか。
私はそんな物思いに耽っていたために、灯里ちゃんの変化に気付いていなかった。私が我に返ったのは姫愛の言葉を聞いたときだった。
「灯里ちゃん、大丈夫?」
見ると、姫愛が灯里ちゃんを心配そうに観察している。灯里ちゃんの目の焦点が合っておらず、放心したような状態のままでいる。
私が灯里ちゃんを揺すろうかと灯里ちゃんの肩に手を伸ばした時、灯里ちゃんがビクンと動いて目に生気が戻ってきた。
「灯里ちゃん、気が付いた?」
「あ、姫愛さん、陽夏さん。すみません。私どうなってました?」
「話してたら、突然意識がどこかに行ったみたいになったよ」
「うん、そう、姫愛の言う通りだったよ。それほど長い時間じゃなかったけど、正気に戻って良かった」
「心配させちゃってごめんなさい。いま、私、視えたんです」
「もしかして、魔獣の出現予測?」
「はい」
姫愛の予想があたった。しかし、いつにも増してどんよりしている雰囲気がある。
「灯里ちゃん、何か問題があったの?」
「ええ、陽夏さん。二つあるんですけど」
「好きな方から言ってくれて良いよ」
「一つ目なんですけど、距離がこれまでよりも離れているみたいです」
「え?上野の大型の時よりも?」
「はい、それよりもずっと離れていると思います」
「それでもう一つは?」
「分からない場所があるんです。秋田と酒田は分かったんですけど」
「分からない場所?えーと、そもそも場所ってどうやって分かるの?」
「地形が見えて、出現するかもってところが何か所か光るんです」
「ということは、地形から地名を判断しているんだ」
「はい、私、遺跡や世界遺産の場所を地図で確認するのが好きで、大体の都市なら分かるんですけど、多分、そこには都市は無いと思うんです。これまで出現予測地点が都市じゃないことなんて無かったのに」
「それって何処か教えて貰える?うーん、この辺りの地図があると良いんだけど」
「陽夏?地図ならここの玄関ホールのところに大きな東北地方の地図が張ってなかった?」
「あっ、姫愛偉い。良く覚えてたね。灯里ちゃん、玄関ホールに行ってみない?」
「はい、行きましょう」
私たちは玄関ホールに移動した。夜も遅くなって照明が間引きされ薄暗くなった玄関ホールには、私たちの他には誰もおらず、しんとしていた。
地図は、外から玄関に入った右側の壁に貼ってあった。東北地方を拡大したもので、高さが私たちの背丈くらいある。
「灯里ちゃんが視たのって、どこ?」
「えーと、ここの秋田と、酒田と」
灯里ちゃんは順番に指さしながら地名を挙げていく。
「そして三ヵ所目がここなんです」
地図上の一点を指していた。そこは山の麓で、一ノ関や平泉にほど近い場所だった。
「そこなんだ」
姫愛の呟きともとれる声を聞きながら、私は黙って指の先を見ていた。どうしてそこになったのか、何者かの恣意が働いているのだろうか。
「何も無さそうな場所だよね」
「そうなんですよ、姫愛さん。おかしいと思いません?」
「もしかしたら、何かあるかも。明日、帰るときに寄ってみようか?」
「そうですね、行ってみれば何か分かるかも知れないですし」
「いや、それは――」
止めておいた方が、と言い掛けて、思わず口走ってしまったことに気が付いた。
「ん?陽夏はそこに何があるか知っているの?」
私は何でもないと言おうかとも思ったら、そうしたらまた行こうという話にもなり兼ねない。行くことを止めさせようと思えば言うしかないが、言ったら言ったで問題があるので悩ましい。私は逡巡したが、今は止めさせる方が重要だと思うことにした。
「そこは、『迷いの森』あるいは『人嫌いの森』と呼ばれている地域なの」
「陽夏さん、それってどういう?」
「森の中に入っていこうとしても道に迷って奥に行けずに外に出てしまうことから付いた名前らしいよ」
「奥に行けないって、それって結界なんじゃないですか?」
「灯里ちゃん、良く分かったね。そうだよ」
「じゃあ、その奥にあるのは何ですか?」
「地名は蹟森、黎明殿の北御殿のあるところ、冬の巫女が護る北の封印の地」
灯里ちゃんと姫愛の息を呑む音が聞こえた。




