4-29. 清華との勝負
「それでさ、柚葉ちゃん」
「何でしょう?」
戸山ダンジョンの第五層で魔獣相手にアバターの力試しをして、大体の感覚を掴んだ私は柚葉ちゃんに話を持ち掛けた。
「あのさ、さっきも言ったけど、一度柚葉ちゃんと打ち合いしたいんだけど」
私の言葉に柚葉ちゃんは、少し考える風になった。
「やっても良いのですけど、できればその前に摩莉さんには相手をして欲しい人がいます」
「え?誰なの?」
「行けば分かりますよ。一先ずダンジョンから出ましょう」
柚葉ちゃんは、ダンジョンを出るために一層の出口の方に転移していった。愛花と私も柚葉ちゃんの後を追いかけて転移した。
ダンジョンから出ると、柚葉ちゃんは先に一人で歩いていく。どこに行くのかと思いながら付いていくと、高校の門のところまで来た。
「ここって柚葉ちゃんの通っている高校?」
「そうです。顧問の先生がいれば摩莉さんにも挨拶して貰った方が良いのですけど、今日はいないみたいなので直接行きましょう」
「どこに?」
「こっちです」
柚葉ちゃんは学校の中に入っていった。ダンジョンを出る前に元の姿に戻っていた姫愛も平気な顔をして柚葉ちゃんと一緒に門を通り抜けていく。私は入って良いのだろうかとおっかなびっくり二人の後を追いかけた。
柚葉ちゃんと一緒に校舎を回り込んで裏手に行くと、体操着を着た女の子達が木剣を持って打ち合いをしている。
「この子達は?」
「私と同じ高校のミステリー研究部の部員達です。部活動でダンジョンに入るので、剣の訓練をしているんです」
私の通っていた高校にはダンジョンに潜る部活なんて無かったので、そういう高校もあるのかと驚いた。
「ダンジョンに潜り始めたのは今年になってからなので、まだまだこれからですけどね」
確かに木剣の振り方にしても、少しは慣れたかなという程度であることが見て取れる。
「だけど、夏休みなのに学校に集まって訓練しているなんで、やる気に満ちてるね」
「ええ、だから上達が早いんですよ」
今年まで剣の振り方も分からなかったのであれば、確かにそれなりには上達したと言えるのかも知れないと思った。まだまだ未熟だけど、一所懸命に剣を振っている姿には好感が持てる。一方、指導役をやっている生徒は上手そうだ。というか、この娘からは力の波動を感じるんだけど。
柚葉ちゃんは、つかつかとその娘のところまで歩いて行くと、声を掛けた。
「清華、ちょっと良いかな?」
「柚葉さん、どうしましたか?戸山ダンジョンに行くって言ってませんでした?」
「うん、もう行ってきた。それで清華にお願いがあるんだけど」
「何ですか?」
柚葉ちゃんは、離れて見ていた私達の方を向いて手招きした。その手招きに釣られるようにして柚葉ちゃんのところまで行くと、柚葉ちゃんが私を紹介してくれた。
「こちら本部の巫女の夏川摩莉さん。摩莉さん、こちらが私の同級生で春の巫女の東護院清華さんです」
「夏川摩莉です。よろしくお願いします」
「東護院清華です。こちらこそよろしくお願いします」
「それで清華、摩莉さんと打ち合いして欲しいんだ。やってくれる?」
「良いですよ」
え?と思った。清華ちゃんはどう見ても普通の封印の地の巫女だ。アバターの身体を使っている私相手にどこまで打ち合いができるのだろうか?
「摩莉さん?」
私が物思いに耽っていると思ったのか、柚葉ちゃんが私の顔を覗き込んできた。
「柚葉ちゃん、何?」
「摩莉さんは、手合わせのレベルは知っていますよね?」
「うん、レベル1が身体強化での打ち合い、とかそういうことだよね?」
「そうですけど、本部の巫女の場合はレベル1は身体強化は無しですよ」
そうか。アバターの身体能力なら、身体強化無しにしないと不釣り合いだ。
「そうだね、大丈夫」
「それで、本部の巫女も身体強化を使うのがレベル1.5です」
「レベル1.5?そんなのがあるの?」
「ありますよ。さらにその上も。まずは、清華とレベル1から始めてください。感覚を掴んだら1.5にアップで」
「私の方が身体強化して良いの?」
「まあ、やってみてください。清華は強いですよ」
柚葉ちゃんがそう言うのなら清華ちゃんは強いのかも知れないけど、私はまだ半信半疑だった。でも、打ち合いすることには異論は無く、他の生徒から木剣を借りると清華ちゃんの前に立った。
清華ちゃんも私を向いて木剣を構えた。
「摩莉さん、レベル1で行きます。良いですか?」
「清華ちゃん、良いよ。来て」
お互いに準備が出来たのを確認すると、清華ちゃんが私の方に打ち込んできた。清華ちゃんの打ち込みを私が受ける。身体強化をした清華ちゃんの打ち込みは、身体強化をしていない私と大体同じくらいの強さのようだった。これなら普通に打ち合える。
私は清華ちゃんの打ち込みを受け流し、反撃する。清華ちゃんも私の打ち込みを受けると、直ぐに打ち返してきた。互いに打ち込みを繰り返すことで段々と身体が温まってきた。
「清華ちゃん、次の段階に行っても良いかな?」
清華ちゃんの打ち込みを私が受けた状態のときに、私は清華ちゃんに聞いてみた。
「良いですよ。それではレベル1.5に行きましょう」
清華ちゃんは何かをしたのだと思う。それが何かは分からなかったけれど、清華ちゃんの打ち込みの速さも打撃の重さも増している。私も思わず身体強化をして受けた。そして反撃する。清華ちゃんは余裕で私の打撃を受けている。私の方は、身体強化で木剣を振る速度を上げたものの、清華ちゃんの打ち込みを受けるのは割りと精一杯だった。これまでの訓練の賜物か、何とか剣筋を見極められてはいたけれど、かなりギリギリだった。こちらの方が身体能力は上の筈なのにどうしてだろう?
「摩莉さん、辛くないですか?」
「どうして辛いって?これくらい問題ないから」
口では余裕を見せたが、心の中では焦りがあった。身体を動かすのは余裕だったけど、まさか動体視力が追い付かなくなるとは思わなかったのだ。しかし、清華ちゃんには限界に達したという兆しが見えない。一体どういうことなのだろう。
「それなら、私の渾身の技を受けてください」
清華ちゃんは私から離れて木剣を構え直した。
私も木剣を構えて清華ちゃんの攻撃に備える。清華ちゃんの一挙手一投足を見逃すまいと集中力を高める。
「良いですか?摩莉さん、行きます」
「おう」
私の応えをきっかけに、清華ちゃんが踏み込んできた。その先、清華ちゃんがどう動くのか見極めようと目を凝らす。次の瞬間、清華ちゃんが分身したように見えた。
「んなっ!」
私の目は清華ちゃんの剣筋を見失った。清華ちゃんは幾つもの残像を残しながら私の脇を通過し、同時に私の身体のあちこちに清華ちゃんの木剣が打ち込まれるのを感じた。そして、清華ちゃんが私の後ろに抜けたときには、私は木剣を地面に落としていた。
打ち合いの勝負が決まって、私は愕然としていた。もう少しまともに打ち合えると思っていたのに、最後の一撃には手も足も出なかった。こちらはアバターだから有利だと思っていたのに何てことだ。
「どうです、摩莉さん?清華も強いでしょう?」
柚葉ちゃんはいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。最初から私を吃驚させるつもりだったのだろう。私は気を取り直して木剣を拾って背を伸ばした。
「うん、見事にやられたね。完敗だよ」
清華ちゃんに負けて、アバターを得た時の浮かれた気分が吹き飛んだ。
「清華ちゃんの最後の技、技の名前ってあるの?」
「疾風迅雷幻影剣です」
「ホントにそうだね。風や雷のように速かった」
「ありがとうございます」
私の感想に清華ちゃんは嬉しそうに微笑み返してくれた。
それにしても、と思った。今回の清華ちゃんとの打ち合いで、これまでとは違う戦い方があることを知った。いままで星華荘でやっていた訓練は続けるにせよ、あちらではアバターの姿にはなれないしどうしたものだろうか。
「摩莉さん、どうかしましたか?」
「ん?ああ、柚葉ちゃん」
「何か考えていたんですか?」
「いや、今日みたいな打ち合いをまたやりたいんだけど、相手とか場所とかどうしたら良いのかなって」
「清華でも私でも相手をしますよ」
「摩莉さんは本部の巫女だから、有麗さんともできるのではないですか?」
「あ、有麗さんか、なるほど」
有麗さんとは私が本部の巫女登録をしたときに、初めて顔を合わせた。本部の巫女としての心構えや共用異空間のことなどを親切に教えてくれた。そういえば、あの異空間でなら訓練もできそうだ。
「あと、私の家の地下に道場がありますから、空いてれば使えますよ」
「ありがとう、清華ちゃん。打ち合いしたくなったら、相談させてね」
「はい、どうぞ」
アバターを使った打ち合い訓練も何とかなりそうだ。




