4-27. アバターの能力
翌日の昼過ぎ、私は戸山ダンジョンに来ていた。今日はお昼を早めに食べて日比谷ダンジョンのダンジョン管理協会まで行って、藍寧さんからダンジョン探索ライセンスのライセンス証を受け取り、そのままここまで移動してきたのだ。それほど早く着いたわけでもなかったが、私以外まだだ。でも、探知によって、皆もう直ぐ来るのは分かっている。
そして姫愛がやってきた。私が手を振ると、姫愛は誰?という顔になったが、すぐに気が付いだようで、私のところに駆けて来た。
「え?あれ?マリ?」
「えへへ、そうなんだよね。吃驚した?」
「いや、吃驚したけど、サングラス外して顔を良く見せてよ」
そう、私はサングラスをしていた。自意識過剰かも知れないけど、マリによく似た顔を晒して歩く勇気が無くて、午前中にサングラスを買って、掛けていたのだった。
私はサングラスを外して、姫愛に見えるようにしてあげた。
「おお、マリだねぇ。雰囲気がそっくりだよ。写真撮ってもいい?」
言いながら、ウェストポーチからスマホを取り出していた。姫愛がミーハーなお姉さんみたくなっている。
「撮っていいよ。後で私にも写真送ってね」
「おっけー、任せといて」
姫愛が何枚も写真を撮っていた。そうしたところにもう一人が来た。
「あら?姫愛さんと一緒にいてマリに似ているようだから、もしかして陽夏さん?」
「あ、こんにちは、柚葉ちゃん。今日は来てくれてありがとう。付き合わせてしまって悪いんだけど」
「どういたしまして。まあ、私は夏休みですから問題ないです。それで、いまは何て呼べば良いんですか?」
「この姿の時は摩莉ね。夏川摩莉。字はこう書くの」
私はウェストポーチからライセンス証を出して見せた。
「摩莉さんですか。分かりました。それで、摩莉さんの名前でライセンス証作ったのですね?」
「そう、藍寧さんに相談したら、ライセンス証なら問題ないってことで、作って貰っちゃった」
「摩莉さんの実力ならA級でも良さそうですけど、B級なんですね」
「うん、いきなりA級で作っちゃうと目立つからB級にしたって、藍寧さんが言ってた」
「まあ、そうですね。B級があれば、困ることはないでしょうし」
「摩莉のライセンス証、良いなぁ。それがあれば摩莉のままダンジョンの出入りができるってことでしょ?私も愛花のライセンス証が欲しいなぁ」
「藍寧さんにお願いすれば、直ぐに作ってくれると思うよ」
「そうだね、今度お願いしてみる」
姫愛の目が輝いている。きっと近いうちに藍寧さんにお願いして愛花名義のライセンス証を手に入れることだろう。
「それで摩莉さん、今日はここのダンジョンの第五層に行くということで良いのですか?」
「そう。大型の魔獣で力試ししてみたいのと、あと、できれば柚葉ちゃんと手合わせもしたいのだけど、お願いできる?」
「ええ、良いですよ。大体一年振りですね」
「え?一年振りってどういうこと?」
姫愛が話に喰いついて来た。
「姫愛は気が付いていないかも知れないけど、去年ロケで行った沖縄の島って柚葉ちゃんが住んでいた島だったの」
「そうだったの?」
「そうなの。それで、柚葉ちゃんが私のことを見つけて手合わせしたのよ」
「それで、どっちが勝ったの?」
「まあ、私がギリギリ何とかね」
「柚葉ちゃんに勝ったんだ、凄いね」
「本当にギリギリだったから。まあ、ともかくダンジョンに行こう?」
私は話を切り上げてダンジョンに向かおうと二人を誘った。二人も頷いて一緒に歩き始めた。私は初めて摩莉名義のライセンス証を使って受付を通り、ダンジョンの中に入った。
ダンジョンに入ってから第一層の中をしばらく歩き、脇に逸れたところにある空洞で止まる。ここなら誰も来ないだろう。探知も、この辺りには誰もいないことを教えてくれている。
「さて、このまま第五層に転移しましょうか」
柚葉ちゃんは、中型の魔獣を相手にするのは時間の無駄と考えたようだ。確かに、いつも斃せていたものが、アバターの姿で斃せない筈がない。アバターの姿でどれだけの力が使えるのか試しておきたい気持ちはあったが、第五層にも中型の魔獣はいるので問題ないと考えた。
「うん、柚葉ちゃん、第五層に行こう」
姫愛も異論なさそうに頷いている。
「では、私が最初に行くので付いてきてくださいね。あ、その前に、愛子さん、アバターの姿に切り替えてください」
「はい、お師匠様」
姫愛のお師匠様呼びは健在のようだ。姫愛は返事をすると直にアバターの姿に切り替えていた。姫愛がアバターの姿になったのを確認すると、柚葉ちゃんは満足そうに微笑んだ。
「愛子さん、ありがとうございます。それでは、第五層に行きますね。なるべく魔獣から離れた場所を選びますけど、十分注意してください」
柚葉ちゃんが転移して消えた。第五層を探知して、柚葉ちゃんがいるところを見つける。確かに、魔獣からある程度離れた場所だ。
「姫愛、じゃなくて愛花は柚葉ちゃんの場所は分かった?」
「大丈夫、見つけられたよ」
「だったら次に転移して。私は最後に行くから」
「分かった」
愛花も転移していった。柚葉ちゃんの傍に愛花の反応が確認できたので、私もその傍に転移する。
「さて、まずは私の力試しで良い?」
柚葉ちゃんと愛花に呼び掛ける。
「はい。こちらの方に行った先にいる大型の魔獣を相手にするのはどうですか?」
柚葉ちゃんが、右手で魔獣のいる方向を指していた。確かにいる。
「分かった、それにする」
私は指定された魔獣のいる方に向かう。十分もかからず、魔獣のところに辿り着けた。
そこに居たのはトラのような魔獣だ。大きい割りにはすばしこい動きをするので、注意が必要だった筈だ。
「それじゃ、まずは足止めかな」
私は剣を呼び出すと両手で構えた。そして剣に力を乗せる。上野のときには、愛花は剣の長さよりも長く力の刃が伸びていたっけ。同じことができるか試しに力を込めてみると、刀身よりも長く力の刃が伸びた。やった、私にもできるんだ。そうであれば、間合いを心配する必要はない。私は剣を構えたまま、魔獣の方に駆けていく。魔獣を見て左側、つまり魔獣から見ると右側から魔獣に近づく。すると、魔獣は左前脚を上げて私に攻撃しようとしてきた。私は身体強化で加速し、振り下ろされる左前脚を避けてそのまま後ろへ進む。そして、左後脚を狙って、力を籠めて剣を横に振りながら駆け抜ける。
狙い通り左後脚を斬ることができた。いや、力の刃が伸びすぎて、ダンジョンの地面や壁も抉ってしまった。力を籠めすぎたらしい。動けなくなった魔獣は、それでも攻撃を試みてきたので、さっさと剣で止めを刺した。
それにしても、ここまで力が出てしまうとは思っていなかった。いまはダンジョンの中だから問題にはならないが、街中で間違って建物を壊してしまったら、非難されるに決まっている。きちんと加減を覚えないといけない。
後ろを振り返ると、二人は私がやらかしたことをきっちり目撃していたようで、ジト目になっていた。私はすごすごと二人のところに戻る。
「斃せたのは良いのだけど、やり過ぎちゃったみたい」
言われる前に、自分から言ってしまった。
「そうみたいですね。摩莉さんは巫女の力が強いだろうとは思っていましたけど、力の制御を覚えないと街中で戦うのは危なそうですね」
「ですよねぇ」
「でも、私の時みたいに力が出なくて苦労するよりも、力を抑えるのに苦労する方が簡単じゃない?」
愛花は自分のときの苦労を思い出しているようだった。
「愛花さんも、これからは摩莉さんと同じことになるかも知れませんからね。他人事ではないですよ」
柚葉ちゃんの言う通りだ。私ばかりの問題ではないのだ。




