4-25. 陽夏のアバター
「何だかここ、実験室みたいなところですね」
周囲には、何やら使い途の分からない道具が幾つも置いてある。
「そうですね。実際にここで実験をしたりもしますから、間違いとは言えないですね。今回のアバターの創造も実験のようなものですし」
藍寧さんからすれば実験感覚なのか。まあ、私はアバターが創れれば文句はない。
「それでどうやってアバターを創るのですか?」
「いつもは私がやるので簡単なのですが、今回は陽夏さんがやらないといけないので手順を説明します。その手順ですけど、大まかには、アバターの設計と組成の二つのステップになります」
「設計って、アバターの姿形を決めるってことですよね?」
「そうです。あと、各種能力値の調整などもできます」
「筋力などですよね?標準ではどんな設定にしてますか?」
「普通だと、能力値を五割増し程度にするのと、戦闘支援システムの実装でしょうか」
「戦闘支援システム?」
「慣れない武器など扱うときに、体の動きを補正してくれる機能ですね」
「それって慣れてくると却って邪魔になりませんか?」
「どう動くかが明確になっているときには、それを阻害しないようになっていますし、機能はオン・オフできるので、邪魔なら切れますよ」
「それなら付けても良いかなぁ」
便利そうだし、要らなければ、機能をオフにすれば良さそうだし。
「考えておいてくださいね。それで、設計が終われば、次は組成になります」
「アバターの身体を実際に創るのですよね?」
「そうです。設計に従って実体化するという感じでしょうか」
「それって難しいんですか?」
「やること自体は人形組成陣を組み込んだ魔道具を起動するだけなのですけど、注意することが一つあります」
「何を注意するんですか?」
「設計が終わってから、魔道具を起動するまでの間に雑念が入らないようにしないといけないのです」
「雑念が入るとどうなるのですか?」
「設計図の一部が書き換わるなどして、できたアバターに設計図通りではないところができてしまうことがあります」
「創り直しですか?」
「余程でなければ、修整できますよ」
「そうですか。少しホッとしました」
でも、雑念は入らないように注意しよう。
「手順の説明は以上ですけど、よろしいですか?」
「はい、分かったと思います」
「では、早速ですけどアバターの創造をしましょう。陽夏さん、こちらへ」
藍寧さんに付いていくとカプセルが二つ並んで置いてある場所に来た。
「ここのカプセルでアバターの創造をします。左がアバターを創ろうとする人が入るカプセルで、右がアバターを組成するカプセルです。でも、今回は、陽夏さんには設計が終わってすぐに組成に進んで貰わないといけないので、アバターを組成するカプセルの頭のところに座って貰います」
言われてみると、右側のカプセルのところに、肘掛け付きの椅子が二つ並んでいる。
「椅子が二つということは、藍寧さんと並んで座るってことですね」
「はい、陽夏さんのアシストのために私も陽夏さんと手を繋ぐ必要がありますので、隣に座ります。陽夏さんは椅子に座って、右手をカプセルの透明な石のところに置いて、左手は私と手を繋いで貰うことになります」
「分かりました。早速やってみましょう」
私はカプセルに近い方の椅子に座った。そして、右手をカプセルの頭に付いている透明な石のところに置いた。私に合わせて、藍寧さんも私の隣の席に座る。
「陽夏さんは、そのままの状態で目を瞑って、探知も切ってください。陽夏さんの左手に、私の手を重ねますね」
言われた通りに目を瞑る。すると、椅子の肘掛けに乗せていた左手の甲に、藍寧さんの手の感触が伝わってきた。
「陽夏さん、リラックスしてください。このままアバターの設計に入ります」
私は目を瞑っていたけど視界が白く変化した。
「アバターの姿はどうしますか?」
「ロゼマリのマリの姿にしてください」
すると、目の前にマリの姿が現れた。と言っても、バーチャルアイドルのモデルのままではなく、現実の人の形に合わせてある。それでも、見た目の第一印象はマリそのものだ。
「凄い、良く似てますね」
「ロゼマリのロゼとマリはよく似ているので、顔はアバターのロゼを参考にして目元などを少し柔らかい感じにしてみました。体格や口の中の形などは、陽夏さんのものをベースにしていますので、顎のあたりはロゼと少し違います。それだけでも随分とロゼから印象が変わりました」
「あまりいじるところがないですね」
「はい。陽夏さんは、良く体も動かしているみたいで、体つきも引き締まっていますしね」
あー、姫愛が何をいじったのか想像がついてしまった。
「姿形については、このままで良さそうに思いますけど」
「そうですね。いまは化粧した状態なので、化粧を取った状態も確認してください」
最初に現れた時は、いつものマリの化粧をして、頭もポニーテールになっていたが、髪が解かれ、化粧も消された姿に変わる。そして、髪と目もダークブラウンになっていた。
「日常は、愛花さんと同じように髪と目をダークブラウンにしてはと思います。力を流し込めば、銀色に輝きますので」
「ロゼの目と髪の色は、力を流し込んでいるんですね」
「そうです。そうしておけば、日常の中でも活動できますから」
「分かりました。そうします。姿形はこれで良いです」
「能力値や、実装機能についてはどうしますか?」
「標準的なものに合わせるので良いかな、と。能力値は五割増し、戦闘支援システム付きで」
「分かりました。設計はこれで確定としましょう。それで、このまま組成に移りますけど、目を開けないままで、あとなるべく今の視界を保ったまま、右手の掌の中にある透明な石の感触を感じることができますか?」
「ええ、大丈夫と思います」
「では、そこに少し力を流し込んでみてください」
言われた通りに力を流し込んでみる。
「良さそうですね。そのまま、少しずつ流し込む量を増やしてみて貰えますか。無理しない範囲で大丈夫です」
私は問題ないと思える範囲で少しずつ流し込む力の量を増やしてみた。
「これでどうですか?」
「心配しないでリラックスした状態を保つようにしてください、本当に大丈夫ですから」
「はい」
それからしばらく、心を無にした状態で、ひたすら力を流し込み続けた。どれだけ時間が経ったか分からなかったが、藍寧さんから声が掛かった。
「陽夏さん、力を止めて良いです。お疲れ様でした。もう目を開けてみて良いですよ」
力を止めて目を開け、カプセルの方を見た。すると、そこには設計した通りのマリの姿をしたアバターが横たわっていた。
「おお」
私はアバターを見て、思わず感嘆の声を上げてしまった。
「陽夏さん、胸元にある透明な石に力を流し込んで利用者登録してください。そうすれば、アバターを使えるようになります」
言われた通りに、透明な石に力を流し込む。石が光り輝いて、利用者登録が完了した。すると、透明な石がアバターの体に吸い込まれるように消えていった。
「これで操作できる体が増えたと思います。それで意識的に操作する体を切り替えればアバターの身体が動かせますけど、それをするときは隣のカプセルに横たわらせるなりして、元の身体を制御しなくても怪我をしないようにしておいてくださいね」
「姫愛みたく、自分の体と入れ替えるようにするにはどうしたら?」
「アバターが横たわっているカプセルの脚の方の端に描いてある転移陣を使って、体の入れ替えを行うんです」
「なるほど。体の入れ替えと、制御の切り替えを同時にやるんですね?」
「ええ、やってみますか?」
「はい、早速」
と言っても、まずは転移陣だ。私はカプセルの内側に描いてある転移陣を確認した。
「じゃあ、やります」
転移陣を発動してアバターと位置を入れ替え、更に意識を切り替えた。アバターがいたカプセルの中を見ると、自分の体が横たわっているのが見えて、不思議な気分になった。
「アバターとの入れ替わりはできたみたいですね」
「ええ、藍寧さん。ちゃんと体を動かせます」
私は手を握ったり開いたり、振り回したりして見せた。
「それは良かったです。でも、まずは服を着ませんか?」
ああ、そうだった。いそいそと手提げ袋のところに行くと、服を取り出して着込んだ。




