4-20. 対美鈴戦
私は一合、二合と美鈴さんに打ち込んでいくが、美鈴さんの動きに違和感を覚えた。いつもと何かが違う。心なしか動きが早いような気がする。その感じが顕著になったのが、美鈴さんが受けから打ち込みに入ったときだった。剣の振りが速く重いので、受けるのが格段に大変になった。まともに受けられないので、相手の打ち込みを逸らすような形で対処するしかなかった。
「美鈴さん、いつもより早いんですけど。というか、いままで手を抜いてやっていたってことですか?」
剣と剣の鍔迫り合いになったときに、私は思わず美鈴さんに聞いてしまった。
「うーん、そうね、これまでは人並みに合わせてたんだけど、陽夏ちゃんも他人に教えるようになったし、ステップアップしても良いかなって。大体、陽夏ちゃんだってまだ本気じゃないでしょ?」
「えっ」
しまった、動揺してしまった。確かに身体強化を使えばまだまだ早くなるけど、それは使わないことにしていたのだ。力のことは美鈴さんには知られていない筈だけど、どうして分かったんだろう。
と、そこで、美鈴さんは一瞬木剣を押し込んできて、即、後ろに飛び下がって私との距離を取って立った。
「ねぇ、分からないとでも思ったの?体の動かし方は普通でも、目の動きが普通じゃないのよ。今だってそう。別に私が速く打ち込んでもちゃんと追うことができているから、体の動きが遅くても対処できているでしょ。それだけの目の動きができる人なら、本来は体の動きもそれに合わせた形でできる筈だもの。私に手を抜いていたって言ってたけど、陽夏ちゃんだって手を抜いていたんじゃないの?」
反論できなかった。実のところ、一人だけでの練習のときは、身体強化してやっていることもあったのだ。それをやるときは、美鈴さんが星華荘にいないことを確認していたのだけど、目の動きだけで分かってしまうとは思っていなかった。
「どうする、陽夏ちゃん。私相手じゃ本気になれない?」
心なしか、美鈴さんがいつもより挑発的だ。この誘いに乗ったものか逡巡したが、どんどん強くなっていってしまう姫愛のことを思うと、私も高みを目指したいと考えてしまう。
「美鈴さん、怪我をしても知らないですよ」
「私は大丈夫よ、スペックが高いから」
美鈴さんは微笑んでみせた。それを見て、私も腹を決めた。力を体中に巡らせて、美鈴さんの速度に合わせて軽く身体強化を掛ける。
「行きます」
私は宣言すると、美鈴さんの方に踏み込んでいった。普通だったらまず受けに回る美鈴さんが私の踏み込みを迎え撃つように打ち込みの姿勢をみせた。そして互いに打ち込もうとした木剣がぶつかり合う。美鈴さんの重い一撃だったが、私も身体強化しているので打ち負けたりしない。しかし、打ち合っているだけでは埒が開かないので、私は美鈴さんの木剣を一回受け流して、即、次の一撃を打ち込んだ。美鈴さんは受けは間に合わせたが反撃の余裕はなかった。そのまま私が何度か打ち込む機会を得たが、甘い打ち込みの際に反撃を許してそのまま反対に私が受けに回る。打ち合いの流れそのものは、これまでとそう大きな差はなかったけど、いつもと違うスピード感とパワーが私に充足感をもたらしてくれていた。今日、こうして打ち合ってみて初めて、身体強化まで駆使した打ち合いを望んでいたのだということを自覚した。
「陽夏ちゃん、楽しそうね」
打ち合いの末に間を取って向き合うと、美鈴さんも私に笑顔を向けた。
「そうですね。自分でも吃驚です」
「でも、このままだと終わらなさそうだけど」
「大丈夫です。次で決めます」
美鈴さんの持久力も驚きだ。私は体に力を巡らせているので回復も自動で掛かり、疲れることはないのだけど、美鈴さんも疲れた様子がないのだ。でも、次の一撃で終わりにする。
私は美鈴さんの方に踏み込んでいきながら、美鈴さんの剣筋を見極める。そして身体強化で自分の軌道を左にずらして、剣筋から逸れたところから美鈴さんの身体に木剣の打ち込みを狙う。だが、私の木剣がもう少しで美鈴さんの体に届くというところで美鈴さんの姿が視界から消え、お腹に鈍痛を覚えた。
「陽夏ちゃんの動きは、素直で分かり易いね。いくら速くても、次の動きが分かっちゃうと、対処されちゃうよ」
美鈴さんは木剣を下ろしながら、私の方に振り返った。私も木剣を下ろし、姿勢を正して美鈴さんの方を向いた。
「美鈴さん、ありがとうございました」
私たちは互いに礼をした。そして再度美鈴さんに向き合う。
「私はまだまだですね」
「経験の差だと思うから、仕方ないんじゃないかな」
美鈴さんが過去どんな経験をしたのか聞いてみたかったが、きっと答えてはくれないだろうと思うと、尋ねる気にもなれない。
「それでさ、陽夏ちゃんは何のために強くなろうとしているのかな?」
改めて問われると、答えに困る。強くなるための努力は子供の頃から続けていたから、最早習慣になっていた。その習慣は、体を壊して強い力が使えなくなっても続けたし、東京に出てきて星華荘に入っても続けていたこと。とは言え、最近、自分の中で何かが変わったように思うこともある。姫愛が力を得て、強くなったのを微笑ましく見ている一方で、姫愛に置いていかれたくないという想いも芽生えているのだ。でも、何のためにと思う。姫愛は巫女としての役目を果たそうと強くなっている。私は巫女の役目を捨てたつもりだったのに。心の中で矛盾する二つの想いがせめぎ合っている。
「私、迷っているみたいです」
「何を?」
一瞬、美鈴さんに話してしまおうかと思った。でも、止めた。これは私の心の中の問題だ。
「これからどうしたいのかを。でも、それは自分で考えないといけないんだって思います」
「うん、そうかも知れないね。良く考えると良いよ。まあ、アドバイスになるか分からないけど、陽夏ちゃんのやりたいようにやるのが一番じゃないかな」
「はい」
私は昔のことに縛られ過ぎているのだろうか。いや、いまは悩む時間じゃないので、あとにしよう。
再び思考に耽りそうになる頭を切り替えて周りを見渡すと、灯里ちゃんと目が合った。あ、打ち合いに夢中になり過ぎて、灯里ちゃんに見られていることをすっかり忘れていた。灯里ちゃんは、目を輝かせながら私の方に近づいて来た。
「陽夏さん、凄かったです。いやもう無茶苦茶強いんじゃないですか。吃驚しました」
「強いのは私じゃなくて、美鈴さんだよ」
「美鈴さんも強いですけど、陽夏さんも同じくらい強いんですよ。もう、本当に凄い打ち合いで、私、興奮しちゃいましたよ。どうやったら陽夏さんみたく速く剣を振ったり、体を動かしたりできるんですか?」
「そ、そうね、昔から長いこと繰り返しやっていた練習の賜物かなぁ」
巫女の力を使いましたなんて言えないし、とてつもなく苦しい言い訳だけど、それくらいしか言えそうなことを思いつけなかった。
「そうなんですね。私も陽夏さんや美鈴さんみたくなれたらと思いますけど、とてもじゃないけどできそうな気がしなかったです。陽夏さんは美鈴さんの剣筋からいきなり体を逸らして剣を打ち込んで、美鈴さんはその陽夏さんの剣よりも速く動いて陽夏さんのお腹に一撃を入れて、どちらの動きも素晴らしかったです」
「え?灯里ちゃん、最後の美鈴さんの動きも見えてたの?」
「はい、速かったですけど、見て追いかけることは何とかできました」
「灯里ちゃん、それはそれで凄いことだと思うよ」
灯里ちゃんは、体の動かし方さえ覚えれば、相当強くなるのではないだろうか。
「だけど、今日のことはできれば他の人には内緒でお願いできるかな」
私は小心者です。




