4-18. 灯里の来訪
「あれ、姫愛さんですよね?」
ロゼがいなくなってから、灯里ちゃんが私に詰めよってきた。
「ん、どうかなぁ」
私はすっ惚けるしかなかった。何で姫愛はああいうポカをやるのだろうか?ともかく、私は知らない、知らないんだぁ。
「だってロゼだし、あんな転け方するし」
「いやぁ、ビデオでも似たような転け方してなかったかなぁ。それ見て真似したんじゃない?」
「そうですかぁ?ああいう咄嗟のときって、大体その人の素が出ますよね。私には、あれは演技には見えなかったですけど。陽夏さん、何か隠してませんか?」
「な、何も隠してないって」
灯里ちゃんの目が据わっていた。これはなかなか手強そうな予感がする。ここはやはり、仕込んでおいたアリバイ工作に頼るしかないかな。
「じゃあさ、調べに行こうよ」
私は灯里ちゃんに提案した。
「何をです?」
うー、疑いの眼差しだよ。ともかく説得だ。
「ほらさ、姫愛が他の場所にいれば違うってことになるでしょ?今日はこれから秋葉原で仕事なんだけど、姫愛は結構仕事前にあそこら辺のお店巡りしてたりするから、もしお昼前からそうしたお店に行ってたら、こっちには居られないことになるよね?」
「まあ、それはそうですけど」
何か渋々という雰囲気だ。
「あれ?もしかして、灯里ちゃんは、ここに現れたロゼが姫愛だったら良いんじゃないかって思ってる?」
「そうですね。そうだったら楽しいかなって。姫愛さんて、いつもは、お茶目な感じですけど、いざとなれば強くて格好いいとか素敵じゃないですか」
心なしか、灯里ちゃんの目がハートマークになっているように見えるのは、気のせいだろうか。問題なさそうなら、放置しようかな。
「素敵、なのかな?」
「陽夏さんは、どう思っているんですか?」
「そうだね。姫愛は、前から戦うヒロインみたいなのに憧れていたみたいだから、実際にそうなれたら夢が叶ったような感じだよね。それって羨ましいかな」
「羨ましいんですか?陽夏さんもあんな風に戦ってみたいということですか?」
「そう、前に強くなりたいって思って頑張っていたことがあったんだけど、やり過ぎて体を壊しちゃったんだよね。周りからもそういう期待があったのにできなくなってしまって。それで故郷を飛び出してここに来たってことがあって。だから、念願叶ったのなら羨ましいなって、どうしても思っちゃう」
「そうだったんですね。陽夏さんの昔話を初めて聞きました」
「え、あ、ゴメン。こんな話、するつもりじゃなかったのに」
不味い、姫愛のことを誤魔化そうとして、ついつい自分の本音が出てしまった。
「大丈夫ですよ。誰にも言いませんから」
灯里ちゃんは私に向けて微笑みかけた。
「ありがとう。灯里ちゃんは優しいね。それで、灯里ちゃんも戦ってみたいの?」
「私は別に戦いたいってことじゃないですけど、人の役に立ちたいかなって思いますね」
「いまだって魔獣の出現が分かれば皆に教えていて役に立っているじゃない」
「それはそうですけど、何というか自分でやったって気がしないので。ただ分かったことを教えただけですから」
「何か人の役に立つための行動をしたいってことね」
「そうですね、そんな感じです」
「だから、あのロゼみたいなのにも憧れちゃう?」
「そう、しかも格好良かったじゃないですか。光の剣で魔獣を一刀両断しちゃうなんて」
あ、何か灯里ちゃんの熱が籠ってきた。どうやら、あのロゼの戦いっぷりが灯里ちゃんのツボに嵌ったみたいなんだけど。
「あんな風には戦えないけど、灯里ちゃんだって練習すればある程度は戦えるようにはなるよ」
「えー、私には無理ですよ」
「やってもいないのに、決めつける必要はないんじゃない?灯里ちゃんって、体を動かすのは苦手なの?」
「スポーツは一応、人並みにはできると思いますけど」
「じゃあ、試しに少し練習してみようよ。明日とか空いてる?」
「明日は四限に大学の講義がありますけど、その前なら」
「分かった。朝の10時ころに私の住んでいるところまで来て貰っても良い?」
「良いですよ」
私は灯里ちゃんに星華荘の場所を教えてから、秋葉原の仕事場に向かった。
翌日の月曜日、約束通りの10時に灯里ちゃんは星華荘に来た。
「こんにちは。向陽灯里と言いますが、西神陽夏さん、いらっしゃいますか?」
部屋にいた私は、呼び鈴が鳴って部屋を出たところで、玄関で挨拶している灯里ちゃんの声を聞いた。妙子さんが応対しているのだろう。妙子さんには昨日の夜に灯里ちゃんの来訪は伝えてあったから問題はない筈だ。
私が階段を下りて行くと、灯里ちゃんが玄関から上がってリビングに通されようとしているところだった。
「灯里ちゃん、おはよう」
「陽夏さん、おはようございます。お邪魔してます」
私たちは一緒にリビングに入った。
リビングのソファに座ると、妙子さんがお茶とお菓子を出してくれた。
「妙子さん、ありがとうございます」
「どういたしまして。陽夏ちゃんにお客様なんて珍しいじゃない」
「そうですね。話の流れでそうなりましたけど、自分で招いたお客様は初めてかも」
「え?姫愛さんも来たことが無いんですか?」
「うん、最近までプライベートでは深い付き合いはしていなかったから」
そう、この前までは、ここに人を呼ぼうなんて考えなかっただろう。私の中で何かが変わりつつあるのだと思う。
「そうだったんですね。初めて呼んでもらえたのが私で嬉しいです」
「どうせだから、私の部屋も見ていく?何も無くて殺風景だけど」
「はい、是非見せてください」
灯里ちゃんの要望を受けて、私は灯里ちゃんを伴ってリビングを出て階段を上ろうとした。そのとき、二階から人が下りてくる音がした。私は探知でそれが舞依ちゃんだと分かっていた。階段の上の方を見ると、舞依ちゃんが外出の装いで下りて来た。
「舞依ちゃん、おはよう。これから大学?」
「あ、陽夏さん、おはようございます。はい、大学の研究室に行ってきます」
「そう、気を付けて行ってらっしゃい」
舞依ちゃんと私が挨拶していると、後ろで息を呑む音がした。
「え?舞依さんですか?」
灯里ちゃんが驚いた様子で舞依ちゃんを見ていた。
「あら、灯里ちゃん。どうしてここに?」
「陽夏さんに呼んでいただいたのですけど、舞依さんもここに住んでいるのですか?」
「ええ、そう。灯里ちゃん、陽夏さんと知り合いだったのね」
「はい。でも、吃驚しました」
「そうね。人と人との繋がりは面白いわね」
舞依ちゃんは微笑むと、どうぞごゆっくり、と言ってリビングに入っていった。
「灯里ちゃんは、どうして舞依ちゃんのことを知っているの?」
二階への階段を上りながら、灯里ちゃんに尋ねてみた。
「舞依さんは、同じ大学のテニスサークルの先輩なんです。たまにサークルで一緒になったりして」
なるほど、大学繋がりだったのか。理由が分かり、世間は狭いなと感じた。
私は二階の廊下から自分の部屋の扉を開け、灯里ちゃんを招き入れた。最初のころは本当に生活が苦しくて、布団で寝起きしていた。ロゼマリの人気が出てきてようやくベッドになったが、それ以外のものはほぼ必要最低限のものしかなく、殺風景な部屋だった。
「ね、何も無いでしょ?」
「そうですね。でも、見られて良かったです。何か、陽夏さんの心に触れられた気がして」
そうだ、確かに言われてみれば、何もないと言うのも私の意思ゆえだ。以前はともかく、いまはそこまで生活が苦しいというのでもない。物が増えないのは、私が増やしたいと思わなかった故の結果なのだ。
「そうだね。今度は灯里ちゃんの家に招待してもらおうかな」
「はい、是非」
私は灯里ちゃんと顔を見合わせて笑った。




