4-17. 戦いの見物
日曜日の朝、朝食を食べてから少し休んだ後、庭に出て軽く体を動かした。いつもの日曜日の朝だと、美鈴さんも庭に出てくるのだけれど、今朝は不在のようで星華荘の中に美鈴さんの気配がしない。なので、私は一人体を動かして、一通りの型の練習をしたのち、家の中に戻った。汗をかいたので、部屋に着替えを取りに行ってから風呂場へいき、シャワーを浴びてから、着替えに袖を通す。
部屋に戻ってから、さて、と考えた。今日は、巫女ロゼのデビューの日だ。何も無ければ、魔獣とのデビュー戦を見に行く一択なのだけど、私は灯里ちゃんのことが気になっていた。昨日は何も言っていなかったけど、灯里ちゃん、今日は現場を見に行きそうな気がする。そしてロゼを見たら、きっと姫愛なんじゃないかって疑いそうなのだ。だったら、灯里ちゃんが上野に行かないように足止めしようか。
勿論、ロゼと姫愛を結び付けて考えるのは、灯里ちゃんだけではない。だから、昨日、姫愛は上野に行く前後は、秋葉原の行きつけのお店を回ると言っていた。そうしてアリバイを作っておいて魔獣と戦うときだけ上野に転移すれば、まさか秋葉原を歩き回っていた姫愛が、上野に現れたロゼと同じ人物である訳が無いと言えるだろうとの考えだ。私もそれは有効な方法だと思っている。でも、あの姫愛なので、とても不安だ。
アリバイ工作を信じて上野に見物に行くか、大事を取って灯里ちゃんの足止めをするか。一しきり悩んだが、やっぱり見物に行くことにした。灯里ちゃんは来るとも限らないし、アリバイ工作が役に立たないのなら、何とでもなれだ。
お昼にはまだ少し早い時間に着くように星華荘を出た私は、錦糸町の駅に行き、電車に乗る。そして秋葉原で乗り換え、上野に向かう。私の探知の中で、灯里ちゃんが同じように上野に向かっていることが視て取れた。灯里ちゃんや姫愛など、私が気になる人にはそれぞれ探知用のマーキングをしてあるので、ある程度離れていても、どこにいるかは分かる。とはいえ、他人のプライバシーを覗く趣味は無いので、いつもは探知しないようにしている。でも今日は特別だ。灯里ちゃんと私とでは、上野に着くのは私の方が先みたいだった。姫愛は、既に秋葉原の街中にいた。宣言していた通り、馴染みのお店を回っているようだ。
上野に着いた私は、改札を出て大通りの方に向かう。大きな横断歩道の位置を確認してからどこで見物しようか辺りを見回した。大通りの駅側には、邪魔にならずに居られそうな場所が見当たらなかったので、横断歩道を渡り、駅とは反対側の建物の壁沿いに、道行く人の邪魔にならないように佇んだ。
私が着いてからそれほど間を置かずに、灯里ちゃんがやってきた。大きな横断歩道のことを話したのを覚えていたのだろう。危ないからなるべく遠くに行って欲しいと思っていたけど、私と同じことを考えたのか、横断歩道を渡ってきた。そして、私と目が合った。
「陽夏さん、おはようございます」
「おはよう、灯里ちゃん。危ないから来ないかと思ってたよ。巫女様のことが気になったの?」
「それもありますけど、大型の魔獣が暴れて怪我する人が出ないか心配で、見に来ちゃいました」
そうか、野次馬というより、被害を心配して来たんだ。優しいなぁ。
「そう。分かったけど、ここだと危ないからもう少し離れていたら?」
「陽夏さんは、ここに居ても大丈夫なのですか?」
「私だって、危なかったら逃げるよ。これでも足の速さには自信があるんだから。灯里ちゃんは、早く走れる?」
「わ、私も早く走れますから、陽夏さんと一緒にいさせてください」
何か必死な灯里ちゃんを見ていると、突き放すのも可哀そうに思えてしまう。まあ、いざとなったら灯里ちゃんくらいなら護ってあげることができるかな。
「灯里ちゃん、分かったから、一緒にここにいよ」
「陽夏さん、ありがとうございます」
甘すぎたかなぁ、と少し後悔したが、一度決めたんだからと自分に言い聞かせた。
そして、二人で横断歩道を眺めながら、魔獣が出てくるのを待っていた。しばらくすると、近くの建物の上で転移の兆しが感じられ、次の瞬間、姫愛が転移してきた。そして何やら建物の上で準備をしているようだった。
「もうそろそろ来そうな時間だね」
一応、それとなく灯里ちゃんに注意を促した。
「はい。大型の魔獣は見るのが初めてなので、緊張します」
姫愛が建物の端まで移動したのを感じた。きっともうすぐだ。
信号機の色が変わって、横断歩道の上から人がいなくなったところで、横断歩道の真ん中に小さな竜巻のようなものが発生した。そして、その竜巻が消えた跡に魔獣が現れた。普通のゴリラの二倍以上ある、大きなゴリラのような魔獣だった。
魔獣が出現すると同時に、横断歩道の周りにいた人たちは一斉に逃げ出した。これだけ大きいと、何かされれば即死だと誰もが思うだろうから、当然だ。私も灯里ちゃんを避難させるために移動しようかと思ったが、灯里ちゃんは座り込んでいた。
「灯里ちゃん、どうしたの?」
「陽夏さん、ごめんなさい。怖くて腰が抜けちゃって」
まあ、それもそうだろう。目の前でこんな大きな魔獣を見たら、誰だって怖くなる。ただ運悪く、魔獣がこちらを見て近づいて来ようとしていた。私はすぐ力を発動できるように、体中に力を巡らせる。
「灯里ちゃん、大丈夫。動かなくても」
気休めでしかないだろうけど、声を掛ける。
姫愛が、いや、いまはロゼが建物から降りて来た。魔獣に向けて光弾を放ちながら、私たちの方にやってきた。
「ロゼ?」
ロゼは、私たちの前に防御障壁を張ってくれた。ロゼの防御障壁の耐久性には疑問があるが、これがあれば、私が防御障壁を重ね張りしてもバレない。魔獣が足下のアスファルトを剥がしてロゼに投げ出したので、早速私はロゼの防御障壁に自分の防御障壁を重ね張りした。
「あれ、ロゼですよね?髪型はいつもと違いますけど」
灯里ちゃんが、ロゼから目を離さずに、私に問い掛けて来た。
「そうだね、ロゼそっくりだね」
一応、私はロゼのそっくりさん説で押してみた。というか、そもそもロゼはバーチャルアイドルなのであって、リアルなロゼはどれもそっくりさんでしかないのだ。とはいえ、灯里ちゃん相手には、そう言わないと不味そうな雰囲気が漂っていた。いや、それは私が勝手にそう思っただけで、実際、灯里ちゃんが私の発言をまともに聞いていたかも分からない。
私が頭の中でそんな葛藤をしている間に、ロゼは二度続けてのタックルで魔獣に尻餅をつかせていた。そして、右手に剣を呼び出し、剣からはみ出るくらいに力を乗せて、上段から剣を振り下ろして一撃で魔獣を両断した。
「ロゼ、凄い、強い」
「うん」
灯里ちゃんは、魔獣を一撃で斃したロゼに感激しているらしい。ロゼは剣を送り返して私たちの方を向いて、張ってあった防御障壁を解除した。私の張った防御障壁もタイミングを合わせて一緒に解除する。私たちが無事なのを確認したロゼは、ニッコリと微笑んだ。
そして、180度反転して去ろうとしたところで、倒れた魔獣の腕に足を引っ掛けて転びそうになる。
「おっとっと」
両手を広げてバランスを取り、転ばずに耐えたようだったけど、この光景は昨日見たばかりのものだった。
「え?姫愛さん?」
そうだよね、そうなるよね。ロゼの耳にも灯里ちゃんの呟きが届いていたようで、一瞬硬直していた。そして、両手を広げ片足立ちしたままの状態で首を灯里ちゃんの方に向けて、灯里ちゃんと目を合わせている。
「あのトンマは」
私は思わず呟いてしまった。
「え?陽夏さん、何か言いましたか?」
私が灯里ちゃんの後ろに位置していたので、私の呟きは灯里ちゃんには良く聞こえなかったようだ。危なかった。
「いや、何も。あ、行っちゃうよ」
ロゼはジャンプして近くのビルの上に登っていた。そして、そのまま向こう側へ行き、見えなくなってしまった。そして間を置かずに秋葉原に転移したことが、探知によって知れた。




