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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第4章 故郷を離れて (陽夏視点)
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4-15. 力の目覚め

水曜日、姫愛は仕事中は普通にしていた。ただ、いつもよりかは元気がなさそうな雰囲気ではあった。心配ではあったものの、仕事場では巫女の話はしないと決めているので、じっと我慢して凌いだ。

だけど、仕事が終わって姫愛と二人で食事に行ったときは、我慢しきれずに料理の注文をするとすぐに姫愛に聞いてしまった。すると、アバターを使っても、全然力を出せなかったことにショックを受けたらしい。柚葉ちゃんからは、巫女の力の本質を知るようにと言われたとのことだった。

「巫女の力の本質ね」

「正直どうしたら良いのか分からなくて、困ってる」

「そうなんだね」

巫女の力の本質は護りの力。姫愛はどうしても戦いの方に目が行っているようだから、本当の意味での護りというのを理解できていないのかも知れない。

「姫愛はさ、巫女の力が何かは聞いてないの?」

「護りの力だって聞いたことがあるけど」

「何を護るのかな?」

「それは、普通の人だと思うけど」

「じゃあ、何から護るんだろ?」

「魔獣から護るんだよね?」

「姫愛って、人を魔獣から護ったことあるの?」

「え?」

ここで戸惑ってしまうあたり、やはり姫愛は護りの力を経験したことがなさそうだ。

「無いような気がする」

「だったら、分からないんじゃない?」

「そ、そうかな?」

姫愛が話の流れに不安を抱いているだろうことは想像が付く。でも、ここで止まってしまったら、姫愛の成長も止まってしまう。私も思いきり力が使えないので、ダンジョンに潜るのには不安があるが、その方が姫愛には丁度良い。

「そうだよ。だからさ、私が一緒に行ってあげる」

「何処に?」

「勿論、ダンジョンにだよ」

「陽夏、ダンジョン探索ライセンス持ってないって、言ってなかった?」

「うん、まあ、そうは言ったんだけど、実は持っているんだよね。ダンジョンに行きたくなかったから、持ってないって言ってたけど、姫愛のためなら行くよ」

「そんな無理して行って貰うわけにはいかないよ」

「良いの、大丈夫。もう決めたから。明日の仕事前だとあまり時間がないから、明後日の朝ね。姫愛が良く行ってる戸山ダンジョンで。良い?」

「わ、分かった」

姫愛の返事には躊躇いを感じたけど、何としてでも、姫愛には巫女の力の本質を体で感じて理解して欲しいと思う。



金曜日の朝、私は約束の時間より30分早く戸山ダンジョンに行って、受付を済ませた。それというのも、私のダンジョン探索ライセンスのライセンス証を姫愛には見て欲しくなかったからだ。

姫愛は、約束の時間の10分前くらいにやってきた。Tシャツにデニムの短パンという軽装だ。巫女は防御障壁を使うし、怪我をしても治癒をするから軽装で構わない。考えてみると、私もいつものノリで、随分と軽装で来てしまった。姫愛は気にしていないみたいなので、大丈夫だろう。

「おはよう、陽夏。早いね」

「うん、まあ、ちょっと興奮していたのか、早くに目が覚めてしまって」

考えていた言い訳を口にしてみた。もっとも、久しぶりのダンジョン探索で、若干興奮気味だったのは本当だ。

姫愛は柚葉ちゃんにダンジョンに行くことを報告したらしく、課題を与えられてきた。柚葉ちゃんの課題は、私を連れて第五層まで行って大型の魔獣を一体斃せ、というものだった。先日柚葉ちゃんと第五層に行ったときは、姫愛は手も足も出なかったらしいけど、巫女なら普通は問題の無い相手だ。と言っても、いまの私では難しいので、姫愛が負けてしまったら一連托生となる。いや、姫愛ならきっと大丈夫だ。私は姫愛と一緒にダンジョンに入っていった。


第一層は特に問題なしとして、第二層に入り、一度に複数の魔獣の相手をするようになってから、早速駄目出しすることになってしまった。

「ねえ、姫愛、あなた魔獣の群れを避けようとしていない?」

「え?そ、そんなことは無いと思うけど、どうして?」

「魔獣の群れに出会うことがほとんど無いから、何となくそう思っただけだけど、合ってるんでしょ?」

勿論、建前上姫愛にそう言っただけで、実際には探知して確認しているので間違えようもない。私のことが心配なのは分かるけど、逃げ腰では何にもならないし、後になって危険性が増すだけだ。なので、浅い層から順番に慣らしていかなければならないことを、姫愛に良く言い聞かせた。

それで魔獣の群れと戦うようになったのは良かったんだけど、そこでもう一つ問題が起きた。戦っている最中に、私の前に張った防御障壁を破られてしまったのだ。私は剣も盾も持っているから、防御障壁を破られたって問題ないのだけど、後ろに護っている人たちがいつも剣や盾を持っているとは限らない。なので、防御障壁を破られないように戦って貰わないと困る。それもまた姫愛に言い聞かせた。

それでようやく巫女らしく戦えるようになった。そこからは順調に相手の魔獣の数を増やし、リーダーのいる群れでも問題なく戦えるようになり、第三層から第四層に進んだ。そして第四層でも多少危なっかしさはあったものの問題なく戦えたので、私たちは第五層に足を踏み入れたのだった。

第五層からは、大型の魔獣もいるようになる。柚葉ちゃんの課題も第五層での大型の魔獣を斃すことだ。姫愛は近くにいる大型の魔獣を相手にすることを決めたようだった。その魔獣のところに行ってみると、それはクマみたいな魔獣だった。クマみたいな魔獣はパワーファイターなので、いまの姫愛だと少し心配だったが、ここで口出しをするのも変だし、姫愛を信じることにした。

しかし残念ながら、魔獣と姫愛の戦いが始まると、私の懸念が現実になってしまった。姫愛の攻撃はこの魔獣にはまだ弱いようで、姫愛は攻撃するもののジリジリと押されていた。あと少しで私が魔獣の攻撃圏内に入ると言うところで、姫愛は何とか魔獣を止めようとしてくれていた。しかし、そんな姫愛の動きを見咎めたのか、魔獣は体を起こし両手を上げ、その両手を同時に姫愛に向かって振り下ろした。姫愛は咄嗟に剣で受けきれないと判断して剣を捨て、防御障壁を張り両手を構えた。魔獣の攻撃は姫愛の防御障壁を易々と破り、姫愛の両手の上に魔獣が覆いかぶさる形になった。その一撃で姫愛が潰れずとも、姫愛が圧し潰されるのは時間の問題だと魔獣も考えたに違いない。

そのとき、姫愛の中から大きな力の波動を感じた。姫愛が本当の意味で、巫女の力の本質に触れたのだと感じた。そう、その力をぶつければ、その魔獣は斃せる。私は姫愛の勝利を確信したが、次の瞬間に聞こえたのは姫愛の悲鳴だった。

「うがあああああっ」

迂闊だった。大型の魔獣くらい、力が出せれば負けることは無いと考えていた。でも、姫愛は元々は巫女ではなかったのだ。力への耐性が私たちより低くても当たり前だったし、だからこそ、最初からアバターの身体に切り替えて臨むべきだったのだ。

「姫愛っ、姫愛っ」

しかも、いま姫愛の中に感じる力は、私が普段使っていた力よりも強い。このままでは私の二の舞いだ。

「駄目だよ、姫愛っ。そのままでは姫愛の体が壊れちゃう。早くアバターに切り替えて」

そうは言ったものの、魔獣に圧し潰されまいとしているこの状況下でアバターに切り替えるのは難しいだろうことは私も薄々感じていた。

「この、まま、じゃ、無理」

ある意味想定通りの、しかし、私にとっては絶望的な返事が、姫愛の口から発せられた。嫌だ、姫愛を失うのは絶対に嫌だ。

「姫愛、いやぁ。このままじゃ死んじゃうから、お願いだからアバターに」

私はもう泣き叫ぶしか術が無かった。

「陽夏、逃げ、て、お、願い」

何を、何を言っているの、姫愛。貴方が私の犠牲になって良い訳がない。犠牲になるべきは、寧ろ巫女の役目を捨てた私の方なのに。

「姫愛を置いて逃げられるわけが無いでしょう、馬鹿」

そうだ、私が何とかするしかない。例え再び力によって体が焼かれることになったとしても、姫愛がアバターの身体に切り替えられる隙を作るのだ。私は最低限に抑えこんでいた自分の中の力を解放し、体の中に巡らせる。

「いい、姫愛。私が魔獣の隙を作るから、その瞬間にアバターに切り替えてよ」

「え?」

私は魔獣に攻撃するために姫愛の右側に出た。攻撃の邪魔になるので、姫愛の張った防御障壁を蹴り破った。それにしても、姫愛の防御障壁は脆い。後でお説教だなと思いながら、次の行動に移る。私は魔獣を睨みながら、体を右に向けて足を開き、弓を射るかのように左手を伸ばして、右手を右耳の前方に出した。そして、右手のところに光星陣を、左手のところに集束陣を出した。いまの私の力では、光星陣だけでは碌なダメージを与えられない。かと言って、複数の光星陣を集束陣に通すのは、体を焼いたときのトラウマで出来なかった。光星砲一つを集束陣に通すのが、いまの私の精一杯だ。それをするにも、相当の決意がいる。しかし、姫愛のピンチで躊躇している暇は無かった。私は祈る、姫愛の体にダメージが残らないこと、私の攻撃で魔獣に隙が出来て姫愛が身体を切り替える時間ができるように、姫愛は私が護らないと。祈りと共に力が湧き上がる感覚があったが、私は体に力を通したくなくて一所懸命に抑え込もうとした。光星陣に力を籠めすぎると怖かったので、私は直ぐに右手の光星陣から光星砲を放出し、左手側にある集束陣に当てた。光星砲の力を得た集束陣は、その力を凝縮し細いが強力な光線を放ち、魔獣の顔に突き刺した。

決死の祈りが通じたのか、私の攻撃で魔獣が一瞬怯んだ。それによって、姫愛が魔獣の前足を押し返し、離脱することができた。

「姫愛、今よ。アバターに」

私が声を掛けるか掛けないかのうちに、姫愛はアバターの姿になった。良かった、これで大丈夫だ。

「はい、あなたの剣。ここからはあなたは本当の全力が使える筈だから、思いっきりやってね」

私は自分の役目を果たせたことに安堵しながら、アバター姿の姫愛に剣を差し出した。姫愛は私の言葉に頷いて、剣を受け取った。

「じゃあ、やりましょうか」

姫愛が再び力を呼び起こす。とても大きな力だ。力が大き過ぎて体の中に納まりきれていないのか、体から放出されている。そのため、アバターの髪は白く銀色に輝き、目は黒に近い濃い銀色になっている。以前に見た柚葉ちゃんの力の放出のときとまったく同じだった。姫愛は剣に力を乗せていった。剣に乗せられた力の輝きはどんどん強くなっていき、ついには、輝きは剣の長さでは収まり切らずに、剣の先に伸びていった。そして姫愛が剣を頭の上に振りかぶり、両手で持って一気に振り下ろすと、魔獣は真っ二つになった。

「陽夏、斃せたよ」

剣に乗せた力を解放し、姫愛は私の方に向き直った。

「うん、斃せたね、姫愛」

姫愛は気が付いていないだろうが、私は、これほど強い巫女の力を使ったことがない。姫愛は、私では辿り着けなかった巫女の力の頂に到達したのだ。でも、そのために私は姫愛に酷いことをしてしまった。私は姫愛に抱き付いて謝った。

「ごめんね。私のために姫愛に痛い思いをさせちゃって」

「大丈夫だって、陽夏」

姫愛は左手で私の頭を撫でていた。

「それから、もう一つごめんね、姫愛に黙ってて」

「陽夏が黎明殿の巫女だってこと?」

「そう。まあ、正確には、巫女だった、かな。私ね、前に強い力を使おうとして体を壊してしまって、戦えなくなってしまっていたの」

「でも、さっきは攻撃していたじゃない?」

「あれは、姫愛が死んじゃいそうだったから、必死で。でも、また体を痛めるんじゃないかと思って、全然強い力は出せていないよ」

「でも、陽夏の攻撃で私は助かったんだ。ありがとうね」

「姫愛、良かった、本当に」

そう、本当に良かった。ごめんね、姫愛。そしておめでとう。正に今、本当の意味で、新しい黎明殿の巫女が誕生したのだ。


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