4-13. 姫愛のアバター
姫愛から、アバターの容姿についての相談を受けて、私が提示した選択肢は二つだった。即ち、姫愛の姿かロゼの姿か。それ以外の姿も考えられなくはないが、想いを籠めるなら、日頃から馴染みのあるどちらかが最善だと思ったからだ。そのことについては、姫愛も異論は無いようだった。
翌日、仕事のために渋谷に行くと、スクランブル交差点の脇に姫愛が立っていることが探知によって知らされた。きっとアバターをどうするかを決めようとしているのだ。そう感じた私は、人ごみを避けながら姫愛の方に近づいていった。姫愛もきっと近づいている私のことを探知で感じている筈だ。見えてもいないのに近づいている私のことを不審に思われるかも知れないけど、巫女としての決意をしようとしている姫愛であれば、私が巫女であることを知られても構わないと思っていた。
「こんなところで何しているの、姫愛?」
私は姫愛の後ろから声を掛けた。そして返事を待たずに姫愛の隣に並んで立った。
「ん?あの日のことを思い出していたんだ」
姫愛の返事を聞きながら、私は姫愛と同じ交差点の光景を眺めていた。
「あの日って、ここに魔獣が現れた5月のこと?」
「そう」
「あの日のこと、姫愛はどう思っているの?」
「どうって?」
「私は少しの差で居合わせられなかったんだけど、姫愛の目の前で起きたんでしょ?」
「そうだよ」
「凄い出来過ぎじゃない?姫愛の目の前に魔獣が現れて、そこにアーネが来て魔獣を斃して去っていく。そして、アーネは姫愛と話をしたのでしょう?」
「そうだよね。私も出来過ぎだと思ってる。まあ、お師匠様もあの場所あの時間に魔獣とアーネが出てくることは予見していたし、私にもそう言っていたから、そんなもんだと思っていたけど」
「え?何?最初から分かっていたの?」
「私に話しかけてくることまでは予想できていなかったけど、あの日渋谷に現れることは、お師匠様は調べて分かっていたみたい」
「そうなんだ。ある意味納得ずくだったんだね」
「そうだね、そこは」
「でも、何故姫愛に話しかけて来たかは分からないんでしょ?」
「そうね、でも、お師匠様は何か予想しているかも」
「何だか凄そうね、あなたのお師匠様は」
「うん、私の見えていないところを見続けている気がする」
「どうしてそんなことができるんだろうね。まだ女子高生なんでしょ?」
「そうだよ。でも、何か纏っている雰囲気が違うよね。覚悟というか何か強いものを感じるんだ。そして同時に寂しさも」
「寂しさ?」
「うん、たまにふと寂しい顔をするんだよね。どうしてか分からないんだけど」
「そう」
しばらく二人で黙って並んで交差点の光景を眺めていた。姫愛は、お師匠様から覚悟のような強いものを感じると言った。そして、いま、私も覚悟のような強い意志が姫愛の中に芽生えているような感覚があった。姫愛はもう何かを決めている。だから、私の方から口を開いた。
「それで考えは決まったの?」
「うん、決まった。それをここで確認してた」
「ここで?何故?」
「あの日ね、魔獣が現れた時、逃げようとして転んじゃった女の子がいたんだ。そして女の子を助け起こそうとしていたお母さんも。それを見て、気が付いたらその子たちを庇うように魔獣の前に出ていたんだ。何の力も無かったのにね。でも、そのときの気持ちが私の出発点なんだな、って思ったの」
「そうなんだ。大事にしたいね、そのときの想い」
「そう」
再び二人の間に静寂が訪れた。今度は姫愛がその静寂を破った。
「陽夏はさ、私の親友だよね」
「そうだよ」
「これからも、ずっと一緒だよね」
「そうだね、一緒にいたいね」
「あのさ、お願いがあるんだけど」
「何?」
「私が間違った方に行きそうになったら、止めてね」
「姫愛は強くなるんでしょ?私に止められるかなぁ」
「たぶん、陽夏なら止められるんじゃないかと思うから。陽夏に止めて欲しいと思うから」
姫愛は、私が巫女であることには気付いていないと思うのだけど、本能的なところでは分かっているのかも知れない。
「うん、分かった。全力で姫愛を止めるよ」
「ありがとう、陽夏」
姫愛が私の方を向いたのを探知で感じた。なので、私も姫愛の方を向いてニッコリと微笑んだ。姫愛も私に笑顔を向けてくれた。
そして前に向き直って、もう一度交差点の方を見た。
「私決めたんだ。今度ここに魔獣が現れたら、そのときには魔獣と戦って、必ず斃すって」
「うん、決めたんだね」
姫愛は決意した。そして私はまだ悩んでいる。私は故郷である封印の地に縛られているけど、姫愛は封印の地とは関係なく巫女としての未来を考えている。私は故郷を捨て、巫女であることも捨てようとしたけれど、巫女であることまでは捨てなくても良いのか。できることなら故郷とは関係なく、姫愛と一緒に戦えたらと思っている自分に気が付いた。
そしてすぐに姫愛は力の出せる身体、アバターを用意して貰ったようだ。翌日の金曜日の仕事のときに、アバターが出来たと喜んでいた。その日の仕事後、姫愛と新宿のフルーツパーラーに行ったときも姫愛は喜びで浮ついていた。
できれば、アバターの実物を見てみたかったけど、流石に他の人もいるお店の中では無理があるので、先ほど撮って貰ったという写真をスマホで見せて貰った。
「凄い、リアルロゼだね」
「ね、とても似てるでしょ」
「似てるし、可愛いよ。それで力は増えたの」
「まだ良く分からないんだよね。試せるのは、来週の月曜日かな?」
「そだね。この週末も仕事あるし」
私は、パフェのフルーツを頬張った。
「それでさぁ、姫愛。そのアバター使って公衆の面前で魔獣と戦うんでしょ?きっとお前じゃないかって事務所に言われるよ」
「そうかもだけど、私じゃないです、コスプレイヤーさんではないですか?ってシラをきってなんとかならないかなぁ?」
「うんまあ、普通にはあり得ない話だからそれで行けそうな気もするけど、疑う人も出てくるかもね」
「そかな?全然別人じゃん」
「そうなんだけど、最近の姫愛は色々やらかしているからね」
「まあ、一回くらいなら何とかなると思うけど、続けるならアリバイ作りも考えた方が良いと思うな」
「うん、陽夏、アドバイスありがとうね」
姫愛も私に負けじとフルーツを頬張ろうとしていた。
「え、いや、大した話じゃないと思うけど」
あまり大袈裟に言われても困ってしまう。
「それよりさぁ、アバターって髪の毛を光らせていないときは普通の人と見た目が変わらないから、街中にいても気が付かないよね」
「確かに見ただけだと区別が付かないんだけど、アバターだってことを確認する方法はあるよ」
「え?どんな方法?」
「アバターの胸元に手を当てて、力を流し込んでみるの。アバターだと、力を流し込むと胸元に創られし巫女の紋章とシリアルナンバーが表示されるようになってる。ロゼは、シリアルナンバーが56だよ」
「そんな簡単な方法で区別できちゃうの?どうしてなのだろう?」
「それが分からないんだよね。藍寧さんがアバターを作ると、自動的にそうなっちゃうらしいし」
「自動的にってことは、藍寧さんを創った存在が最初からそうしようと思っていたってことだよね」
「そう。分かっているのはそれだけで、理由は藍寧さんも知らないみたいだった」
「ふーん。まあ、理由はともかく、今度アバターを見せて貰うときに、そのシリアルナンバーの出し方も見せて貰っても良い?」
「うん、良いよ」
姫愛のアバターを見てみたいけど、他の人の目を気にせずに見せて貰えるような場所ってあったかな。




