4-12. 姫愛の成長
翌週から、姫愛は力の使い方を教えて貰い始めたようだった。治癒や身体強化や探知を覚えたのか、周りが随分と見えるようになったし、コンタクトをするのも止めていた。ドジっぽいところや、ホラーが苦手なところ、元気の良さは変わっていないので、怪しまれてはいないと思うけど、そろそろ注意が必要なところに来ているような気がする。
水曜日の夜、姫愛と食事をしながら、姫愛の変化について話をしていた。周りの動きへの感覚が鋭くなったことで、姫愛の雰囲気に剣呑さが混じってきていることを、どう緩和すれば良いかを話題にしていた。
「姫愛はさ、とても強くなったと思うから、少しくらい何かされても問題ないんじゃない?だから、日ごろはあまり構えてなくても大丈夫だよ。そうやって余裕持っていれば、雰囲気も自然と柔らかくなるだろうし、良いと思うんだ」
「分かった、やってみるよ。でも良く思い付くね。私には考え付かなかったよ」
実は、周囲への当たりを柔らかくすることは、私が以前に事務所の社長に言われたことだった。当時は食べるのにも苦労して、かなり殺気立っていたから、なおさら注意するように言われてたっけ。
「まあ、ちょっと想像しただけだよ。でも、そう言う振る舞いをする話と、周りを警戒するのは別だからね」
「え?緩く振る舞うだけじゃ駄目なの?」
「当たり前じゃない。何が起きるか分からないもの。例えば、建物に何かが爆発するような仕掛けがしてあるとか。自分はともかく、周りの人達が巻き込まれないかとか、気にしないといけないことはあると思うけど」
そう、当たりを柔らかくしたって、必要な警戒はしないといけない。姫愛は、警戒心が薄いように思えるので心配だ。
「それは分かったけど、警戒しているのに、その素振りを見せないとか、私には高度すぎるよ」
「日ごろから意識して訓練するしかないんじゃない?」
「うー、訓練することが多すぎるよ」
「だってあなたがそうなることを選んだんでしょ?」
姫愛の生まれながらの性格故か、巫女として過ごした時間の短さからか、考えに甘さが見え隠れするのがもどかしい。でも一方で、そういう姫愛の緩さが失われてしまうと姫愛らしくなくなってしまいそうな気がして、悩ましいところではある。
「まあ、そうだけどさ」
少し姫愛にきつく言い過ぎたかな。姫愛が少し拗ねた様子になってしまった。不味ったかなぁ。
「じゃあ、それで怪しい人とか見つけたらどうしたら良いかな?」
「マーキングじゃないかな?」
「マーキング?」
あ、しまった。姫愛の様子に気を取られていて、巫女として返事しちゃったよ。姫愛はそんなに違和感を覚えていないみたいだから、誤魔化しちゃえ。
「あ、いやぁ、何と言うか、目印かな。怪しい人には目印を付けておいた方が良いじゃない?あとで見つけられるように」
「目印が付けられるの?」
「うーん、付けられそうな気がするかなぁって」
「え?どうやって?」
「それはぁ、姫愛に力の使い方を教えてくれる人に聞いてみるとか?」
「あ、藍寧さんに聞いてみるってことだね」
「そ、そうそう、そうだよ」
私は取り繕った返事をしながら、姫愛の言葉に違和感を覚えた。
「ん?藍寧さん?」
「そう、藍寧さん。あ、藍寧さんってアーネのことだよ。いつもは藍寧って名乗っているって言っていたから藍寧さんて呼ぶことにしたの」
「ああ、そうだったんだ。誰かと思ったよ」
「説明してなくてごめん」
「いや、良いんだけど。ともかく、その藍寧さんに聞いてみたらと思うよ」
「そうだね、きっと藍寧さんなら知っているよね。お師匠様も、藍寧さんに探知陣のことを聞いてみてって言ってたし」
何とか誤魔化せたかな、と思ったところでお師匠様?誰?
「お師匠様?探知陣?」
「ああ、お師匠様って、前に話したと思うけど私にダンジョンのこと教えてくれた女子高生ことなんだ。私に色々力の使い方を教えてくれるんで、お師匠様って呼んでるの」
「え?ちょっと待ってよ。その女子高生って力が使えるってこと?」
このお師匠様って限りなく柚葉ちゃんみたいなんだけど、いつの間にか姫愛とも知り合いになっていたってこと?
「そうだよ。だからお師匠様なんだし」
「そうじゃなくて、あなたが力を貰う前から知り合いだったんじゃないの?」
「そういえば、そうだね。でも、お師匠様は先を良く見ているから、こうなるって分かっていたのかも知れない」
「どういうこと?」
「どうやってか知らないけど、お師匠様は、私が藍寧さんから力を貰うことになるって予測していたみたいなんだよね。それに、これからどうなるかも分かっているみたいだし」
「どうなるって?」
「成長の壁にぶつかるだろうって。体と力の相性が悪くて、力が余り出せないかもって」
「そうなんだ」
体と力の相性が悪いって、それって私にも当てはまることだよね。確かに、後から力を得た姫愛の体が、強い力に耐えられない可能性はそれなりにありそうな気がする。
「それでそうなったときは、どうしたら良いかお師匠様はアドバイスしてくれたの?」
「うん、藍寧さんに相談しろって」
「藍寧さんに?」
「そう、藍寧さんならその問題を解決してくれるだろうって。でも、どうやってかは教えてもらえなかった」
「姫愛は、お師匠様が方法まで知っていると思ったの?」
「何となくだけど、お師匠様はそこも予想が付いているんじゃないかと思ってる」
「そう」
姫愛のお師匠様が柚葉ちゃんかは分からないけど、その人は、体が力に耐えられないことを解決する術を知っているってこと?もしかしたら、私の問題も解決するのだろうか。
「陽夏、どうしたの?」
「いや、何でもない。それでさ、探知陣って何?」
「探知をするための作動陣だって言ってた。お師匠様も知らないけど、きっとあるだろうって。それで、それを使う方が効率的だろうからって」
「効率的?」
「そう。体との相性で力が出なくても、効率良く力を使えば良いだろうからって。ただ力で探知を使うより、探知陣を使った方が効率が良いだろうって」
「それって、効率が良ければ、同じ強さの力でもより多くのことができるってことだよね?」
「うん、そういう風に言われた」
「そうなんだ。それで探知陣はあったの?」
「まだ聞いてない。藍寧さんに会って欲しいってお願いはしてあるの。だから今度藍寧さんに会ったときに探知陣を教えてってお願いしようと思ってる。それから、目印の付け方も教えてもらえるようにお願いするつもり」
「藍寧さんに教えてもらえると良いね」
お師匠様と藍寧さんに導かれて、姫愛はどんどん先に進んでいく。姫愛が遠い存在になってしまいそうで、少し寂しい気持ちになってしまった。でもそれは、私が巫女であることを捨てようとしたからだ。姫愛のせいではない。
「あのさ、陽夏」
「何?」
「言いたくなければ言わなくて良いんだけど。陽夏、何か悩んでいない?」
「え?別に悩んではいないよ?」
「そう?さっきから何か考え込んでいる風だったからさぁ」
「そうかな?何も問題ないよ?」
不味った。気持ちが顔に出てしまったのだろうか。姫愛に見咎められてしまった。
「それなら良いんだけど」
ごめんね、姫愛。まだこのことは話せないよ。
その日以降、姫愛は段々と力の使い方に慣れていったが、それと同時に一般人の目から見た奇行も増えていった。VRゴーグルで目隠し状態なのに、まったく苦にすることなく歩き回ったり、建物内のどこに誰がいるか分かっていたり、後ろから近づいて来たスタジオのオーナーを投げ飛ばしたり。私は必死にフォローしようとしていたのだけど、フォローし切れない状況になってしまった。事あるごとに姫愛には言い聞かせていて、それを聞いた時は分かったように言うのに、その後の行動が全然伴わない。
しかし、そんな姫愛も、力の強さは思ったほど大きくならず、力の出せる身体であるアバターを用意しようという話になったらしい。力の出せる身体ってどんなものなのか、とても興味を覚える一方で、巫女の役目は捨てたのではと問いかける自分もいて、心の中でどう折り合いを付けたら良いのか悩みながら、姫愛の話を聞いていた。




